14.秘書官アリー・フェル1.
コンラート・アルウェイが次期アルウェイ公爵家の当主だと知った三日後、魔術師協会から秘書候補たちの面談の準備が整ったと連絡がきた。
魔術師協会の一室を借りられることになり、すぐに面談をする運びとなった。
いくら協会のほうで厳選した人間であったとしても、アルウェイ公爵家別邸である住まいに不用意に招きたくない。そんなジャレッドの想いを察してか、面談場所を都合してくれた協会に感謝したのは言うまでもなかった。
ジャレッドはすでに三人の秘書候補と面談を終えていた。
そろって絵にかいたような真面目な人物であり、優秀なのかもしれないが、どこまで融通を利かせることができるのか、柔軟性があるのかと疑問に思い、残念だが協会のほうに断りをいれた。
秘書官とはいえ仕事だけのつきあいだけでは収まらない。宮廷魔術師トレス・ブラウエルの助言から私的な面を知られても構わない人物を極力選びたいと考えている。なにせ、生活をともにしている面子が面子なのだ。知られて面倒事になることだけは避けたい。
ヴァールトイフェルはもとより、公爵家の関わる話などおいしれと他人にできないことばかりなのだ。
もうすぐ昼となるが、残り二人の面談もしてしまう旨をデニスに伝えると、すぐにひとりの女性が部屋に現れた。
立ち上がり手を差しだして出迎える。軽く握手を交わすと、ジャレッドは彼女に座るように促した。
女性の名は――アリー・フェル。二十二歳。魔術師ではないが、王立学園を首席で卒業した経歴を持ち、同じ学園に通っている後輩としては彼女がいかに優秀かそれだけでわかる。
ただし、デニスからはっきりとではないが訳ありであることは伝えられていた。同時に、断れない相手であることも察していた。
優秀であることはすでにわかっている。あとは融通が利く人物かどうかで対応がかわるだろう。
無下にはできないし、協会にいくつか借りもある。しかし、信頼できない人間をそばに置いておくのも考えものだ。
「お初にお目にかかります、ジャレッド・マーフィーさま。わたしはアリー・フェルと申します」
ジャレッドが思考にとらわれている間に、アリーが自己紹介をはじめた。
亜麻色の髪をショートボブに揃えた、快活な印象を与えてくれる女性が惹きこむような笑みを浮かべる。ひとつひとつの仕草は、自身をどうすれば印象深く相手に残すことができるのかわかっている人間の行動だった。
部屋の中に入ってからソファーに腰かけるまでの動きは優雅であると同時に、体を動かすことを好む人間のものだ。
迷いなく歩く様は自信に満ち、大きく胸を張る姿は堂々かつ凛としている。女性にしては少し高めの背丈が、アリーの態度ひとつでより大きく見えた。
「はじめまして、ジャレッド・マーフィーです」
アリーの青く大きな瞳が興味深くジャレッドを覗く。
「あなたは魔術師ではないと伺っています。どうして俺の秘書官に?」
「確かにわたしは魔術師ではありませんが、魔術に興味を持っています。使えない人間がないものねだりをしているとよく周囲から言われることがありますが、魔術が好きなのです。魔力という理解できない力から様々なものを生みだすことができる魔術に憧れ、魔術師の方々に尊敬の念を抱いています」
高めの声が耳に心地よく届く。
まるで好きな人の話でもしているようにアリーの頬は興奮から紅潮していた。
「ですから、最短で宮廷魔術師となることが決まったジャレッドさまのそばで、あなたの魔術を見ていたい。あなたのために役に立ちたい――そう思い、秘書官に応募させてもらいました」
「つまりご自身の魔術への欲求を満たしたいのですか?」
「そう聞こえたのならその通りです。わたし、魔術が使えないなりに魔術に関わりたいのです。そのためにジャレッドさまを――、ええ、利用したいと思います」
はっきりと『利用』と言い切ったアリーにジャレッドはつい笑みがこぼれた。
こうもはっきり、それも本人を前にしてよく言えたものだと感心させしてしまう。それ以上に、魔術師ではないが魔術師のように魔術に貪欲な姿勢は好感を持てる。
なによりも、利用しようと企みながら陰でこそこそする輩よりもずっといい。
「はっきり言いますね」
「長いつきあいになるのですから、隠し事はしません。気に入らないのでしたら、どうぞ断ってください」
笑みを絶やすことなく平然とそんなことを言うアリー。
堂々とした態度は様になっていて、普段から同じなのだとわかる。
「そうそう、きっとジャレッドさまが懸念しているはずの公爵家うんぬんの話にも理解があります。一応、貴族の出身ですから。この際だからすべて打ち明けてしまいますが――実は、ジャレッドさま自身にも興味がありました」
「俺に?」
トレスやデニスから聞いた、宮廷魔術師と縁を結ぼうとする人間がいると思いだす。しかし、アリーが最初に語った魔術への思いは嘘ではないはずだ。
しかし、判断する材料が足りない。
「そんなに警戒しないでください。と、言っても、手元になる資料だけでは無理でしょうね」
ジャレッドの心中を見抜いたように、アリーが笑みを深くした。
そう。ジャレッドが事前に渡されているアリーの資料には、彼女の名と、歳、経歴以外すべて不明となっている。さらに言えば、資料がすべて正しいという保証さえない。
「正直に言うと、あなたには好感を抱きました。ですが、信頼できるのかわかりません。理由はあなた自身がよくわかっているはずだ」
「もちろんです。王立学園首席卒業以外、はっきりした経歴はないのですから、わたしもすぐに信頼してもらおうとは思っていません」
彼女は自分のことを貴族の生まれと言ったが、フェル家という貴族は存在しない。片親が貴族なだけかもしれないが、同じく資料にはなにもなかった。秘書候補の五人の中で唯一不鮮明な人間がアリー・フェルという女性なのだ。
ゆえに――興味深い。
「……経歴や出身を隠しているあなたが、そのことを隠す気がないことは理解できました。だからこそ、ひとつだけ聞かせてください」
「構いません、どうぞお聞きください」
「どうして秘密を抱えてまで俺の秘書官になりたいんですか?」
改めて問うたジャレッドに、アリーは幼い少女が待っていたとばかりの表情を浮かべた。
「きっと楽しいと思ったからです」
まるで太陽のようだと印象に残るアリーの返事は、魔術に関する熱意でも、ジャレッドに対する興味でもなく――ただ、楽しそう、それだけだった。




