13.公爵家へ5. コンラートの事情4.
「しかし、ジャレッドのおかげで事態は一変した。もうコルネリアの影に怯えずともよい。無論、今はおとなしくしている側室たちがコンラートのことを知ればどう動くのか判断できないゆえ、未だ発表することはできないが、それでもオリヴィエとジャレッドには知っていてほしかった」
ハーラルトの信頼の証なのだろうが、ジャレッドとしては大きすぎる秘密を抱えてしまい心臓が止まりそうだ。
「……お父さま、このことは他に誰がご存知ですか?」
「先日、トビアスとハンネローネに伝えてある。当事者のコンラートはもちろん、テレーゼにも一切伝えていない」
「お母さまもご存知だったのですかっ!?」
「すまない。だが、事情が事情ゆえ、慎重に進めたかったのだよ」
「いいえ、驚きこそしましたが、理解はできるのでお父さまを責めたりはしません。謝罪もいりません。かわいい弟がわたくしたちのように命を狙われることなどあってはならないのですから」
それに、とオリヴィエは婚約者に視線を向けて微笑んだ。
「わたくしたちには守ってくださる方がいました。ですが、コンラートたちにはいません」
「……私のわがままですまない」
ジャレッドは思う。コンラートがローザに告白したときのトビアスの驚き様や、公爵の今までの反応が少し大げさだと感じていた。今ならわかる。後継者だと本人に知らせていなかったとはいえ、その後継者が知らないところで恋をしてしまったのだ。それは焦るだろう。
当のコンラートは、後継者に選ばれていることなどつゆ知らず、後継ぎ争いをする気もないのだ。テレーゼも後継者になることではなく、息子の幸せを優先している。間違いなくハーラルトとトビアスは頭を抱えたはずだ。
「正直に言ってしまうと、なにもはじめからコンラートを後継者にしたかったわけではないのだよ」
ハーラルトは打ち明ける。
「子供たちの誰もが領地運営を学び、それこそが後継者として信じて疑っていなかった。私がどれだけ剣術を学べと言っても、将来に必要がない、私の跡を継ぐために勉強したいと口をそろえて言われてしまった。純粋に跡継ぎになりたいと望んでくれるのは嬉しい、だが、領地運営だけを学んでなにになる?」
「あの、公爵は領地をご自身ではなく、他の方にお任せになっていますよね?」
先の竜種騒動の一件のように有事の際はともなく、普段は公爵家の本家に彼はいる。少なくとも、アルウェイ公爵領で生活はしていないことをジャレッドは知っている。
「その通りだよ。伯父上は武芸が苦手だが、領地運営を任せるならこれほど適任の方はいない。当主でなければ下せない判断はもちろん私がしており、領主は私だが、普段は伯父上任せになっている」
アルウェイ公爵家の役目――王都守護を担っているのだから、他の貴族のように自分の領地だけを守っていればいいというわけではいかない。
王都守護の責任者が王都を離れてしまえば意味がないのだ。そして、守護をするには武芸に秀でる必要はないが、剣を振ったこともないのでは話にならない。
ハーラルトのように騎士団に所属した経歴を持つ人間だからこそ、いざというときに王立騎士団を動かすことができるし、信頼関係もある。
対し、息子たちはコンラートをのぞき、領地運営ばかりを気にかけ公爵家の王都守護を気にした様子がないという。
「わかるだろう、ジャレッド。少なくとも我がアルウェイ公爵家の当主に必要なものは領地運営ではない。無論、できるに越したことはないのだが、他に大事なことがあるのだ」
「わかります、わかるのですが……その、失礼を承知でお聞きしますが、なぜ誰もそのことに気づかないのですか?」
問うと、大きくため息を吐かれてしまった。
「私が訊きたいくらいだよ。はじめは自分たちで気づいてほしく見守っていたが、あまりにも変わらないため助言をしても理解してもらえない。妻たちも、コルネリアさえも当主は領地を運営することが最優先であると思い込んでしまっているのだ」
「わたくしでさえ王都守護の任の重要性は理解できているのに、助言をされてもだめだったとは呆れるほかないわね」
「アルウェイ公爵家を正しく理解できていたのはハンネローネだけだ。いや、テレーゼも同じだな。しかし、彼女の場合は息子を跡目争いに関わらせないため気づかないふりをしている」
皮肉なものだ。王都守護の重要性を理解する妻たちは我が子を当主にする気はなく、子供たちも当主になるつもりがないのだ。当主を願う者は、公爵家の担うものを理解できていない。
はっきりいってハーラルトが不憫に思えた。
「このままコンラートが成長すれば、騎士団か魔術師団に入るだろう。魔術に関しては私にはなんとも言えないが、そちらが駄目でも騎士団入団は確実だ。コンラートだけが私の望む後継者としてすべきことをしているのだよ」
話を聞く限りコンラート以外の兄弟が当主になった場合、アルウェイ公爵家は困ることになるはずだ。
トビアスに関しては、王都守護の重要性は理解しているようだが、母の一件の責任を取るため後継者候補から外れている。
――確かにコンラートさま以外は無理かもしれないなぁ。
他の姉弟のことはオリヴィエから話も聞かないため断言することはできないが、公爵の口からも他の子供の名前がでない以上、間違っていないと思う。
「コンラートには幼いころから剣を教えてきた。他の子供たちは戦いに興味がないどころか、まともに剣さえ握ったことがない。トビアスは昔こそ剣を習っていたが、体を動かすことそのものが得意ではない。魔力を持ち、争うことを嫌い、前向きで向上心があるコンラートだからこそ――当主に相応しい」
ジャレッドにはアルウェイ公爵家の王都守護の重要性こそわかっても、その重みを背負っているハーラルトのことを理解することはできない。
しかし、代々続くアルウェイ公爵家の当主である彼がコンラートを相応しいと後継者に選ぶのなら、間違いなくその通りなのだろう。
「お父さま、ではコンラートとローザのことはどうするおつもりですか?」
「少し考えたい。コンラートの年齢を考えれば猶予はあるだろう。どうしてもワハシュ殿のご息女と結婚したいというのなら、彼女には申し訳ないがヴァールトイフェルの後継者だけにはならないでほしい」
「難しいと思います。ローザは、ヴァールトイフェルの後継者であることに誇りを持っていますもの」
「……そうか。後継者にさえならなければ、私の信頼する一族の養女とし、コンラートの妻にすることも不可能ではないのだが」
ハーラルトとしても息子の恋心をただ切って捨てることはしたくないようだ。
ローザには悪いが仮に相思相愛になったとしても、彼女が正室である必要はない。最悪の場合は、ヴァールトイフェルの後継者として活動しつつ、側室になることができれば素性が明らかになったとしても公爵家に与える痛手は少ない――はずだ。
「ローザがいないここでどれだけ話しあってもしかたがありませんわ」
「そ、そうだな。今は急いてもしかたがない。オリヴィエ、すまないがローザ殿と話をしてみてくれ。可能であれば私自身も話がしたい」
「かしこまりました」
「そしてジャレッド――できることならワハシュ殿にも話をしておきたいのだが、連絡は取れるかな?」
問われ首を横に振る。
先日の母の死にまつわる一件が片づいて以来、ジャレッドはワハシュと会っていない。連絡を取る手段もなく、取りたいとも思っていなかった。
ローザやプファイル、もしくは祖父であればなにかしらの連絡方法があるのかもしれないが、少なくともジャレッドにはなにもない。
「申し訳ありませんが、ワハシュと連絡を取りたいのであれば祖父に尋ねられたほうが早いかと思います」
「わかった。そうしてみよう。すまないがしばらく力を貸してほしい。とくに、ジャレッド――できることなら息子のよき相談相手と、いや、兄として接してやってくれれば嬉しい」
「俺が兄なんて――ですが、承りました。コンラートさまのことは個人的にも気にかけていますので、可能な限りお力になりたいと思います」
ジャレッドの色よい返答に、
「ありがとう」
ハーラルトは父親として感謝した。苦労を抱えているゆえに、信頼できる人間の協力はありがたいのだろう。
とはいえ、今まで戦闘ばかりで、恋愛ごとには疎いジャレッドがどこまで力になれるのか不安に思う。それはオリヴィエも同様のようで、二人は目をあわせると困ったような笑みを浮かべた。




