10.公爵家へ2. コンラートの事情1.
「コンラートなら訓練所だ。毎日欠かさず魔術と剣術双方の訓練を行っているよ。テレーゼはそんな息子を見守ることが楽しいようだ。ジャレッドには感謝している。息子の才能を見いだしてくれた。おかげでコンラートたちは充実した日々を送っている」
「もったいないお言葉です」
先日の一件に関する話を終えたジャレッドたちは、コンラートに会うために訓練所に移動した。
コンラートは日課となっている訓練を天候問わず訓練所で継続し、素人ながら成長しているとハーラルトも喜んでいる。同じく息子を見守るテレーゼも、成長に喜ぶひとりであり、訓練時には必ず付き添っているらしい。ときにはトビアスも弟の様子をうかがっているらしく、関係も良好なものとなっていると聞く。
十四歳という伸び盛りに、向上心を抱き、努力し続ければ少なからず報われることをジャレッドはよく知っていた。ぜひともコンラートにも報われてほしいと願う。
「あら、旦那さま。オリヴィエさまとジャレッドさんまで」
「今日も様子を見させてもらうよ」
「ご無沙汰しています、テレーゼさま。今日は、昨日の一件でお話をしたくて、ジャレッドと一緒に会いにきました」
軽く手を振るハーラルトに対し、オリヴィエとジャレッドは小さく頭を下げる。
テレーゼはオリヴィエの言葉に少し困った顔をした。
「トビアスさまから聞いています。まさかあのとき私たちを助けてくださった女性にコンラートが想いを寄せてしまうとは、正直思ってもいませんでした」
無理もない、と誰もが苦笑いとなる。
コンラートの目にローザがどのように映ったのかジャレッドたちには知る由もないが、少なからず恋心を抱くには十分すぎるほどのなにかがあったのだ。
口頭では聞いているものの、いまいち理解に及ばない。ジャレッドはもちろん、オリヴィエも一目惚れなどしたことがないのだから。
「とにかくお座りください。立っていると日に当たってしまいます」
木陰に設置されたテーブルにそれぞれが腰を下ろす。コンラートは未だ素振りを続けており、こちらに気づいていない。それほど真剣に行っているのだとわかる。今はこのままいいが、いずれは気配に気を配るようにもなってもらいたいと思いながら、ジャレッドは彼を観察する。
今は魔術を使っていないが、ジャレッドの目にはコンラートの体内に巡る魔力が力強くなっているように見えた。はっきりと視認できるわけではないが、精霊に干渉することができるジャレッドは、人間の瞳を持ちながら精霊たちのように世界を見ることができもする。
彼らとまったく同じようにすべてを視認できるわけではないが、魔力を知覚することくらいは可能だ。とくに、封じられていた魔力が解放されてからは、少し意識するだけ切り替えができるようになった。
「どうかしたの、ジャレッド?」
「ええ、コンラートさまはずいぶん成長しているなと感心しました。いくら俺が手伝ったとはいえ、毎日につきっきりではいられません。にも関わらず素晴らしい成長速度です。俺よりも早いですね」
オリヴィエを含め、公爵家の面々が息を飲む。
一年以上前に魔術師協会に所属し、数々の実績を上げ、宮廷魔術師候補から最短で宮廷魔術師になることが決まったジャレッドよりも成長が早いと本人が認めたのだから、驚くのも無理はない。
ジャレッドがコンラートと出会ってからまだ二ヶ月ほど。たったそれだけの間に、彼は目に見えて成長している。思い返せば、炎属性魔術師として、素晴らしい才能をはじめから持っていた。
アルメイダというすぐれた魔術師に鍛えられたジャレッドよりも、独学のコンラートでは技量に差がでている。しかし、単純な成長速度であれば彼のほうが上だ。もしも、アルメイダがコンラートを鍛えたとしたら、どうなるのだろうかと興味が湧く。が――あの地獄のようなしごきを公爵家のご子息に経験させるわけはいかないので口にしはしない。
もっと効率がよく、コンラートの助けとなるすべがないものかとジャレッドは考えると、やはり実戦しか思い浮かばない。訓練は大事だ。コンラートのように魔力に慣れようと反復して自己訓練を行う姿勢は素晴らしい。だがやはり、実戦で得ることができる経験はあまりにも大きいのだ。
ときに、戦えば戦うほど強くなるという人間がいるが、間違っていない。必ずしも強くなれるとは限らないが、経験を糧にすることができるのならば得るものが大きい。それが実践だ。ただし、危険が伴うため本当に魔術師として将来を覚悟しているのでなければお勧めしない。
いずれ王立学園などに入学すれば、実戦形式の訓練だってある。ときには魔獣討伐にも向かうことになるので、それから経験を積んでもいい。だが、それまで自己訓練を続けるだけではもったいないと思う。
ジャレッドが相手をすることもあるが、どうしても訓練における対人戦が苦手なため、コンラートの成長につながるか怪しいところがある。
手加減と、手を抜くことは違うのだが、ジャレッドはその加減がうまくできない。今まで相手を倒すことしか考えていなかったことや、相手が強者である場合が多かったため、実力差がある相手を成長させるためにギリギリのところで戦うということがどうしても難しい。
魔術を使わなかったとしても、ジャレッドであれば実戦経験のないコンラートを素手で殺してしまうことができる。現時点では、それほど実力差があるのだ。
「皆様、お待たせしました」
ジャレッドの思考がコンラートに集中していると茶器を持ったトビアスが現れた。思考を切り替え、未だ素振りを続ける少年から彼の家族へと向く。
「父上、姉上、テレーゼさま、どうかしましたか?」
驚いた顔をして硬直している彼らにトビアスとジャレッドが顔を見あわせる。
「い、いや、なんでもない。すまないな、トビアス。お前に給仕を頼んでしまい」
「構いません。あまり家人をここに近づけるとよくない顔をする人間もいますので、私が適任でしょう」
「どういうことですか、お父さま、トビアス?」
父と子の会話に疑問を挟んだのはオリヴィエだ。
「実はだな……」
「旦那さま、私が――実は、コンラートに魔力があることを妬む方々がいることはすでにお伝えしてあると思いますが、最近では旦那さまやトビアスさまが息子の訓練の様子を見にきてくださることを邪推する者がいるのです」
「邪推? ――つまり、気にかけられているコンラートが跡継ぎになるのではないかと、危惧しているのですね?」
「はい。私にもコンラートにもそのつもりはありませんのに、困ったものです。旦那さまとトビアスさまにもご迷惑をおかけしてしまい、申し訳なく思っています」
目を伏せるテレーゼを気づかうオリヴィエ。
ハーラルトとトビアスはなぜか困った顔をしているようにジャレッドには見えた。
「その話はいいだろう。では、そろそろコンラートの想い人に関して聞かせてもらおうかな」
すると、話題を変えるようにハーラルトがジャレッドとオリヴィエに問うた。
オリヴィエと目をあわせて、どちらが話すべきかと押しつけあおうとするが、彼女の眼光に負けてジャレッドが口を開く。
「彼女の名前はローザ・ローエン。年齢は十九歳です。ヴァールトイフェルの長ワハシュの娘であり、ヴァールトイフェルの後継者のひとりです」
テレーゼが息を飲んだのがわかった。彼女もまた大陸最強の暗殺組織ヴァールトイフェルを知っているのだろう。
「そして、俺の母親であるリズ・マーフィーの妹でもあります。えっと、つまり……俺の叔母にあたるのがローザなのです」




