6.トビアス来訪とコンラートの初恋1.
翌日、トビアス・アルウェイがジャレッドを訪ねてきた。
丁寧に土産まで持って現れたトビアスは、ジャレッドとイェニーを前に膝をつき深々と頭を下げ、
「ジャレッド・マーフィー殿、イェニー・ダウム殿、ご挨拶が遅れてしまい大変申し訳ございませんでした。この度は、母コルネリアがしでかしたハンネローネ様と姉上への悪事に巻き込んでしまったどころか、お二人を助け、果てには母の所業を止めてくださったこと感謝しております」
感謝と謝罪の言葉を口にした。
謝罪せずに挨拶だけにしておくようにと口を酸っぱくするほどオリヴィエに言われながらも、トビアスはそうしなければ気が済まなかった。
オリヴィエは謝罪することは予想できていたとはいえ、まさか膝をつくとは思っていなかった。それほど、母親の一件はトビアスにとって堪えるものであったのだろう。
慌てたのはジャレッドとイェニーだ。公爵家の、それも長男が膝をつき頭を下げている現状を、夢かと逃避しかけたが、すぐに正気を取り戻すと二人がかりでなんとか立ち上がらせようとするも、彼は動かない。
見かねたオリヴィエが「ジャレッドたちが困っているわ」と言ってくれたことで、ようやくトビアスは姿勢を戻してくれた。
ほっと安堵するジャレッドとイェニー。男爵家の人間にとって公爵家の長男の行動はいささか心臓に悪かった。
トビアスが次に顔を向けたのは、ことの成り行きを見守っていたハンネローネだ。
「エミーリアを受け入れてくださったこと心から感謝いたします」
膝こそつかなかったが、やはり深く首を垂れるトビアスにハンネローネも笑みこそ浮かべているが、困った様子だ。
「トビアス……お母さままで困らせないで。顔を上げなさい」
「はい、姉上。皆さますみません。けじめとして謝罪させていただきました。自己満足におつきあいくださり、申し訳ございません」
するべきことをしたトビアスは姉に注意され、再び姿勢を正す。
それぞれがようやくほっと息を吐き、椅子に座りなおすとハンネローネが口を開く。
「エミーリアさんのことを任せてくださいね。わたくしはあの子を娘として愛すると決めました。ならば一緒に暮らすことが当たり前だと思っています。本家に比べると不便かもしれませんが、居心地は決して悪くないでしょう」
「ありがとう、ございます」
トビアスは心からハンネローネに感謝する。
母が起こした事件のせいでトビアスとエミーリアへの風あたりは強かった。他の側室や、姉弟からもそうだが、見せしめとして重い処罰を受けた母の話はあっという間に他に家にも伝わり、離れていった友人知人も多い。
幸いトビアスの婚約者とその一族は、彼のことを切り捨てるようなことはしなかった。代わりに、トビアスはいずれ婿として婚約者の一族に加わることが決まっている。
エミーリアも同様に風当たりが強い。トビアスの場合は長男であり、今までが真面目で悪いところがない人間だったからまだよかったのだが、兄と違い妹は母に加担していた。すべてに関わっていたわけではなく、部屋への軟禁と監視つきで学園に通うことを許された程度の処罰ではあったが、罪が消えたわけではない。
家人の多くは、コルネリアに対し悪感情を抱いており、与していた者たちはすべて首を切られて公爵家から追いだされている。そのため、味方などいない。ハンネローネを慕う人間が多く残った形となり、結果として家族だけではなく家人からも冷たい目で見られているのがエミーリアの現状だった。
直接的な暴挙をされていないのは、ひとえにハンネローネが娘として迎え入れると言ったから。
ハンネローネを慕う家人はそれだけでエミーリアを無下にはできない。態度の改善は難しいが、なにかされるということはなくなった。同時に、側室たちもエミーリアに対しなにもできなかった。
もしもコルネリアがいなくなったからといってエミーリアを害せば、ハンネローネが黙っていない。ハンネローネが動けば、オリヴィエが、そして宮廷魔術師になることが決まっているジャレッドも動くことになる。
間違いなくコルネリアの二の舞になるだろう。側室たちはそれが怖かった。それゆえに、心無い言葉を発し、侮蔑の視線を向けることはあっても、直接害することはない。
すでにエミーリアも、もちろんトビアスもハンネローネによって守られているのだ。
「トビアスさん」
「はい」
「わたくしはあなたが生まれたときから成長を見ています。ですからエミーリアと同じように息子のように思っていますよ。これからはわたくしのことをもうひとりの母と思ってください」
コルネリアを忘れろと言うのではなく、あくまでも二人目の母としてあろうとしてくれるハンネローネの気づかいに涙がこぼれそうになる。
「本当に、ありがとうっ、ございますっ」
改めてハンネローネが自分たち兄妹を受け入れてくれているのだと知り、心から感謝するトビアスだった。
涙を堪えるトビアスに気づくも、誰もが見ぬふりをしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「トレーネです。お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
オリヴィエが席を立ち、応接室の扉を開けるとメイド服に身を包み、薄く長い青髪をポニーテールにしたトレーネ・グラスナーがお茶の支度を整えて入ってきた。
彼女はトビアスの来訪の理由を酌み、席を外していたのだ。彼女の隣には、アルウェイ公爵家の末息子であるコンラート・アルウェイがいる。彼もまた兄が謝罪すると気づき席を外していたのだ。
すでにコンラートとは挨拶を交わしているが、トビアスと一緒に屋敷を訪れた理由までは知らない。
「そういえば、お手紙で伺っていましたが、コンラートさまもご用があると」
給仕はトレーネに任せてコンラートを椅子に座らせると、ジャレッドが訪ねる。
「はい! ジャレッドお兄さまにご相談したいことがあるんです」
「相談、ですか?」
「その、実は――」
もじもじし始めるコンラートは、まだ幼さを残す少女のような容姿と相まってかわいらしい。特殊な趣味のある人間であれば、理性を失ってしまうかもしれない。
どのような相談事なのかと身構えるジャレッドに、意を決意したコンラートがはっきりと言った。
「僕、恋をしてしまったのです!」
「――え?」




