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この度、公爵家の令嬢の婚約者となりました。しかし、噂では性格が悪く、十歳も年上です。  作者: 飯田栄静@市村鉄之助
五章

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49.Epilogue2. レナ・ダウム 初恋の終わり.




「こちらで姉がお待ちしています、お兄さま」

「ジャレッド――優しい言葉をかけてあげてください」


 イェニーと祖母マルテに連れられてジャレッドは、従姉妹であるレナ・ダウムの部屋の前にいた。

 部屋には見張りと思われる騎士がひとり立っていて、マルテたちに気づくと小さく会釈をする。

 レナは現在謹慎とされている。理由は言うまでもない。知らずとはいえアネットのたくらみに関わってしまったせいだ。ただし、逃げ場がなかったクレールとは違い、レナには頼れる祖父母や父がいた。アネットの企みを打ち明け、関わりたくないと願ったのだ。


 すでにワハシュから情報を得ていたニクラスは、レナからの言葉を裏づけに使うことで、情報の真偽を確かめたのだ。

 祖父母にしてみれば、レナがレックスの婚約したことは、ジャレッドと婚約したイェニーへの嫉妬と想い人を振り向かせたいという感情からであることを知っていたこともあり、謹慎で済ませることにしたのだ。仮に、アネットの企みに便乗するようであれば処罰は違っていただろう。


「久しぶりね、ジャレッド」

「そうでもないだろ」


 ひとりで部屋に入ったジャレッドに、窓際に立っていたレナが振り向き小さく微笑む。

 いつも勝気で口を開けば悪態ばかりつく従姉妹はここにはいなかった。


「そうね。伯父さまのお屋敷であなたと会っていたわね。あのあと、なにがあったのか全部聞いたわ」

「俺も、レナが無関係だったことは聞いたよ。正直、ほっとしている」

「ジャレッドが巻き込まれていた私を助けようとしてくれたことも聞いたわ。ありがとう」


 元気のかけらも見えないレナにいささか心配になるも、彼女は話を続けていく。


「ついさっき、イェニーとオリヴィエさまにそれぞれ話をしたわ。私、馬鹿だったわね。もっと早く、素直になっていれば、こんなことにはならなかったのに。違う未来があったかもしれないのに」


 自嘲する言葉とともにレナの表情が歪む。ジャレッドはかける言葉が見つからなかった。


「あなたと伯父さまがあの日に現れた時点で、私はアネットおばさまの企みを知っている限りすべてお祖父さまに伝えて、止めてほしい、助けてほしいと願ったわ。もっとも、私が言うまでもなくとっくに知っていたみたいだけど。私はその行動によって、巻き込まれたのだと判断してもらい謹慎程度で済まされたのよ」

「実際巻き込まれたんだろ?」

「本当にそうなのかしら?」

「レナ?」

「私はね、アネットおばさまがレックスを当主に企んでいることは知っていたわ。無理だと思っていたけれど、知っていて放置したわ。くだらないことに関わりたくなかったというのが正直なところだけど、知っていながら知らぬ存ぜぬを通したことで状況が悪化したのかもしれないわ」


 彼女の言うとおりかもしれないが、この世の中に「もし」はない。レナがアネットの企みを祖父にもっと早く伝えていたら、どうなっていたかなどジャレッドには想像できないし、する必要もないのだ。

 しかし、レナにとっては違う。レナは、悪事を知りながら放置していたことを後悔しているのだ。


「レナ――お前が悪いわけじゃないよ」

「あなたにそう言ってもらえると少しだけ救われた気になるわ」

「これからレナはどうするんだ?」

「わからないわ。私は関わりこそほとんどなかったかもしれないけれど、レックスの婚約者だったのよ。まあ勝手にそう言っていただけだったのだけど、だからこそこうして許されているわ。だけど、もちろん罰は受けるつもりよ。でも、オリヴィエさまとイェニーが嘆願してくださったそうなの、だから事実上罰はないに等しくなるでしょうね」


 まさかイェニーだけではなくオリヴィエまでがレナを気にかけているとは思わなかった。自分との婚約のせいで姉妹仲が悪くなったと聞くイェニーと少しでも昔に戻れるように願いながら、レナの罰が軽いことに安心する。

 ジャレッドはアネットたちに罰を求めた。それは、罪を犯したからだ。しかし、レナは違う。クレールとレックスだって、母親のせいで間違いは犯したが、ジャレッドは罰を求めたことはない。同じくレナにもジャレッドは罰など求めていなかった。

 無論、罰を受けなければならない立場であることを承知している。甘いと承知しながら、幼いころから見知った従姉妹が罰に問われないことを素直に喜んだ。


「しばらくは謹慎が続くでしょうね。そのあとは――きっとどこかに嫁がされるわ」

「……そう、なのか。残念だよ」

「あのね、ジャレッド――私、私ね、ずっとあなたのことが好きだったの」

「知っていたよ」

「――え?」


 突然の告白に驚くことなく冷静に返したジャレッドに、逆にレナが驚くこととなった。


「嘘――、どうして?」

「まあ、気づいたのは最近なんだけど」


 オリヴィエと婚約してからレナの態度の変化は顕著だった。イェニーが側室に決まると姉妹仲が悪くなり、自分への悪態も顔をあわすたびに強くなっていく。次第に、もしかしたら――と思うようになっていった。

 確信がなかったことから気づかぬふりをしていたが、今回の一件を経てようやくジャレッドはレナの想いが自分にあるのだと知ったのだ。


「なら――」

「自分で言うのもなんだけど俺は恋愛に対して経験があるわけじゃない。今までそんな余裕なんてなかったんだ。だから、隠された感情を読み取るなんて器用なことはできなかった。そのせいで傷つけていたなら謝る。だけど、俺は――オリヴィエさまを愛している」


 婚約者を愛しているとはっきりと言い放ったジャレッドに、レナはショックを受けた。

 泣きだしたいのを堪え、震える声で問う。


「イェニーのことは?」

「大切に思ってる。ずっと慕ってくれていたかわいい妹だ、幸せになってほしい。俺が幸せにできるのならしてあげたい。だけど、一番はオリヴィエさまだ」

「それでも大切に思われているイェニーが心底羨ましいわ」


 嘘偽りのない事実だ。レナは思う。どうして今まで素直になれなかったのか、と。

 今、こうして心を偽ることなく感情を吐きだすことができるのに、なぜ今までは無理だったのかと思わずにいられない。

 自業自得であることを承知しながら、過去の自分を殺したいほど憎む。幼稚であった。わがままで自己中心的だった。そんな自分が許せなかった。


「大好きだったわ、ジャレッド――そして、ごめんなさい」


 涙を流したら恥となると思い、必死に耐えた。

 実は、オリヴィエからジャレッドが受け入れさえすれば側室として迎えてもいいという話があった。

 愛情をこじらせてしまったレナへの同情か、それともオリヴィエなりになにか考えがあったのかもしれない。なぜかと訪ねても、祖母と妹から願われたことが大きな理由だと言っていたが、それだけではないとわかっている。


 今でも渋々と言葉を発していたオリヴィエの顔をよく覚えていた。彼女はレナではなく、ジャレッドが悲しまない選択を選んだのだ。

 だが、レナはこの提案をジャレッドに伝える気はない。言ってしまえば、きっと同情して受け入れてしまうかもしれないから。


 同情で側室にはなりたくないし、それはあまりにも惨めだ。将来、ジャレッドの周囲を歪ませる恐れだってある。

 これが罰だと言い聞かせ、捨てられない想いを胸に無理やり微笑む。張り裂けそうなほど胸が痛いが、この痛みが受けるべき罰であるというのなら当然の結末だった。


「これからは家族として仲よくしてくれるかしら?」

「わざわざ聞くなよ。俺とレナは今までもこれからも家族だ」


 胸の痛みと戦いながらレナは必死に笑顔を崩さず手を差しだす。ジャレッドの手が、自分の手を握っただけで、心が温かくなると同時に痛みが増した。


「気持ちに応えられなくてごめん。あと、好きになってくれてありがとう」

「いいの、いいのよ、私が悪かったんだから。でも――」


 ――せめて恋心だけは胸に秘めたままでいたい。捨てることはしたくない。


「いいえ、なんでもないわ。イェニーとオリヴィエさまのことを幸せにしてね。じゃないと、許さないから」


 こうしてレナ・ダウムの長い初恋は終わったのだった。



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