48.Epilogue1. 一週間後.
ヴァールトイフェルの長ワハシュと戦い、母の死の元凶となったアネットとパッジ子爵家。さらには、パッジ子爵を操りアルウェイ公爵家を潰そうと企んでいたスキナー侯爵家が揃って捕縛されてから一週間が経った。
七の月に入り、夏らしい太陽が照りつける暑い日中、ジャレッドはオリヴィエとイェニーを伴い、祖父ニクラス・ダウムの屋敷に足を運んでいた。
応接室に通されるとすでに先客がいた。父ヨハンと義母カリーナ、弟ロイク。オリヴィエの父ハーラルト・アルウェイ公爵、そして――ジャレッドの母リズ・マーフィーの父親であるワハシュと一週間前の事件に関わった者が勢ぞろいしていた。
本来なら最も地位が上であるアルウェイ公爵家に集まるべきだったのだが、仮にも大陸最強を誇る暗殺組織の長が面子に含まれている以上、おいそれと公爵家に招くわけにはいかない。ワハシュにとって公爵家の警備などあってないようなものだが、侵入するのと招待されるのでは違う。結果、ワハシュとは知己であるニクラスの屋敷が選ばれたのだ。
「全員が集まったので、今回の一件の結末を伝えさせていただく」
面子が揃ったことを確認したニクラスが静かに口を開いた。
「元宮廷魔術師リズ・マーフィーに直接手を下してなかったとはいえ、殺害を命令したこと、自殺するまで追い込んだこと。ジャレッド・マーフィーの誘拐。さらには、ダウム男爵家の乗っ取りを企み、宮廷魔術師になることが決まっているジャレッド、そしてその婚約者でありアルウェイ公爵家長女であるオリヴィエ・アルウェイさまの殺害しようとしたことはあまりにも罪が重いと判断された。結果――パッジ子爵は死罪が決まった」
――死罪。
ジャレッドが予想していたように、ワハシュが直接手を下さずとも死を迎えることになったパッジ子爵。数回しか顔をあわせたことはないため、とくに思うことはない。強いて言うなら残された時間を使い、罪を自覚し後悔してほしい。
「続けて、アネット・パッジに関しては投獄が決まった。功績を残した元宮廷魔術師を殺害しようとしたことなどから死罪という声もあったが、子供を二人残して母を死なせるのは忍びないという擁護もでた。そのため、結論こそいまだはっきりとしていないが、死ぬまで投獄という辛い目に遭うと思われている」
捕縛されたばかりのアネットは、自分は悪くないと言い続けていたそうだ。しかし、死罪の可能性があるとわかると、態度を一変。口を開くまいとしていた父親の代わりに知っているすべてを吐くことで減刑を求めたという理由もあった。その過程で、レックスの父親がヨハンではないことをはっきりさせ、本当の父親でもある不義の相手も明かした。その人物も複数の罪に関わっていたことがわかり、すでに捕縛され投獄されている。
――だが、いっそ死罪であったほうが楽になれたはずだ。
先日、拘束されたコルネリア・アルウェイのことを思いだす。彼女は公爵家が内々に処理したことにより、一族内で軟禁という刑となっている。部屋の一室からでることができない以上、投獄と変わらないが、牢に入れられるより待遇はいい。
アネットの場合は違う。騎士団に捕縛され裁判を受ける以上、投獄先は牢獄だ。そこには貴族も平民もない。いや、貴族であれば平民たちから酷いいじめを受けると聞く。特に女性は顕著だということも耳にしている。今まで子爵家の娘として、他者の命を奪うことを平然と考えてもなお自らの待遇をよくしようと考えていたアネットにとって、牢獄は生き地獄となるに違いない。
「本当の意味での元凶と言えるスキナー侯爵もまた、王都の守護防衛を担っている公爵家を潰そうなどと考えたこと、その過程でいくつもの悪事が明るみにでたことにより、死罪が決った。同じく、パッジ子爵家とともにスキナー侯爵家も取り潰しとなる」
ワハシュ、ハーラルトを除き誰もが息を飲んだ。
子爵家ならまだしも、侯爵家までもが取り潰しとは王宮も思い切った決断をすると思わずにはいられない。
無論、騎士団長ともあるスキナー侯爵が公爵家を潰そうとしたのだから、反乱とも見ることができることもわかる。当主の首だけでは収まらず、侯爵家まで取り潰すことを決めたのは事態を重く見たことと、二度とこのような愚かなことが起きないよう見せしめもあるのかもしれない。
「父上、その、レックスとクレールはどうなったのでしょうか?」
「二人は投獄されることはない。まず、パッジ子爵家が取り潰されたことで、アネットの母親はレックスとクレールを連れて実家に戻ることとなった」
ヨハンがわずかに安心した顔をする。いくらレックスが自分の子でなかったとしても、十二年の間、息子と思いともに暮らしていたのだ。クレールに至っては不義の子ではなく実の子だ。悪い結末になってほしくないと思うのは親心として当然だった。
それでも、ヨハンは二人を引き取るとは言えなかった。ヨハン自身のせいもないわけではないが、長年に渡りアネットを中心にレックスとクレールは、カリーナとロイクを虐げていたのだ。アネットに至ってはロイクを殺すとさえ脅したこともある。
カリーナが復讐を考えていないことは承知しているし、そのようなことができる人間ではないとわかってもいるが、他ならぬヨハンが二人の子供を受け入れ屋敷に置くことを考えられなかったのだ。
カリーナはリズの死後ヨハンを慰め支えた。対し、アネットはなにもしなかった。この差は大きい。決定打は、一週間前の決別だ。アネットの悪事を子供たちは知った。その上で、ヨハンを含めた全員を殺すつもりでいたのだから、いくら父親といえ受け入れることはあまりにも難しい。
「二人とも成人後は貴族を名乗ることを許されない。クレールは誰かに嫁げば状況は変わるかもしれない。あの子は深く反省を見せている。母の罪を知ったことで混乱し、なにもできなかったと涙ながらに語った。それゆえの温情だ。ただし、レックスに至っては貴族との婚姻も禁止された。同時に、国に関わる職にも就くことができず、破った場合は投獄となる」
妹と弟の結末に、ジャレッドはなんとも言えない気分となる。それはジャレッドだけではない。ヨハンと、カリーナとロイクも同じだった。
クレールに関しては妥当だと思う。彼女次第では、いくらでもやり直すことができる。祖父曰く、修道院に送るという話もあったそうだが、アネットの母――つまりクレールの祖母が責任をもって面倒を見ることを誓ったため、重い処罰になることはなかった。母親の一件にも関与しているように見えたが、母の事実を知り、誰に助けを求めていいのかわからず混乱した結果、つき従う他選択肢はなかったという。
ただしレックスの場合は違う。彼は母の事実を知ったところで、兄弟を見下し、自分が当主になれることを信じて疑っていなかった。さすがに不義の子であったことは知らなかったようでショックを受けたようだが、それは関係ない。彼は彼の意思で、父と信じていたヨハンを殺そうとしたのだ。罪は重すぎた。それでもまだ子供であることを考慮されている。
現在は精神的に不安定らしく、最悪の場合は貴族の子女のための収容施設に送られることも選択肢とあるらしい。どちらにせよ成人すれば貴族ではなくなることは決まっている。成人後も祖母が面倒を見てくれるのかどうかまではジャレッドの知るところではない。クレールと同じように、今後の人生はレックス次第だった。
アネットたちの結末を聞き終えたジャレッドは、改めてすべてが終わったと実感していると、
「ワハシュよ、アネットを殺すなよ」
「どうした、急にそのようなことを?」
ニクラスがワハシュに釘を刺した。
「アネットが生きていることを不満に思っているのではないかと危惧しているのだ」
「そのことなら心配する必要はない。あのような女は、投獄され生きていたまま苦しませていたほうが罰となる。なによりも――」
ワハシュは一度言葉を止め、ジャレッドを見ると、
「孫に私の負けだと認めたのだ。これでアネットを殺しでもしたら、約束を違えることとなってしまう」
「ならば信じよう」
納得するニクラスが頷くのを確認してからジャレッドが口を挟んだ。
「で、結局はどこまでが台本通りだったんだ?」
「お前の実力以外がすべてだ」
「――この野郎」
平然としているワハシュに対し、つい拳を握りしめてしまう。
「落ち着け。私はヴァールトイフェルを総動員し、細かい情報を調べ上げ、そして繋ぎあわせた。すべてはドルフ・エインがいなくなったからこそ可能だった。あの男を倒すきっかけを作ってくれたこと――礼を言う。お前のおかげでリズの仇がとれた」
組織の長としてではなく、ひとりの父親として感謝の言葉を述べたワハシュにジャレッドは握っていた拳を解き、不貞腐れたように腕を組む。
珍しく年相応な態度を取るジャレッドを、隣に座るオリヴィエが微笑ましく見守っていた。その視線に気づいているため、ジャレッドは少し居心地が悪い。どうも、ワハシュを前にするともともと得意ではない感情のコントロールが、より不安になってしまう。
「さて、今後のことを話したい。ハーラルトさまには、そのためにお越しいただいている」
事後報告が終わると、ニクラスが改めて話を進めていく。
「まず、ダウム男爵家――私の跡継ぎは、ヨハン、お前だ」
「ち、父上?」
「さらに、ヨハンの後継者をロイクと定める。これはすでに決定事項だ。他の親族も認めている。異論は許さない」
驚いたのはヨハンだけではない。カリーナとロイクもまさか後継者に選ばれるなどと思ってもいなかったようで、目を丸くしていた。
「ヨハンよ、私はお前を愚かな人間だと思い込んでいた。子供を愛さず、妻をないがしろにし、家庭を顧みない姿に失望していたと言ってもいい。だが、本心を見抜くことができなかった。私は父親として失格だ。お前の悲しみ、リズへの愛、ジャレッドへの想い、すべてを知った今なら安心して任せられる」
「僕――いいえ、私でいいのですか?」
「お前だからこそ、だ。私が現役を退くまでは今まで通りであることには変わりない。ただし、できることなら本家へ戻ってこい。そして、ロイク、カリーナ」
「は、はい!」
「お義父さま」
緊張する二人に、ニクラスは静かに頭を下げた。
「いくらヨハンと距離があったとはいえ、今まで二人に対しよくしてやれなかったことは詫びるしかない。すまなかった。できるなら、これから今までの償いをさせてほしい。そして、どうか私たちの跡継ぎとなってもらいたい」
「頭をお上げください、お義父さま。お心遣いいただきありがとうございます。しかし、本当にロイクが旦那さまの後継者でよろしいですか?」
「無論。ジャレッドのことを気にしているのかもしれないが、この子は宮廷魔術師となり伯爵位を得る。カリーナ、ジャレッドを息子同然に愛し、気にかけてくれることは祖父として心から感謝している。しかし、今はロイクを一番に考えてやってほしい」
「わかりました。そのお話し、謹んでお受けさせていただきます。どうか、ロイクをダウム男爵家の当主に相応しくご指導ください」
カリーナは涙を浮かべ、頭を下げた。ロイクも慌てて続く。
彼女にとって、息子が当主になることはないと思われていた。ジャレッドが当主にならない以上、順番的にはロイクなのだが、アネットがいる限り難しい。そう思っていたのだ。せめてもの抵抗として正当な後継者であるジャレッドにダウム男爵家を継いでほしかったのだが――まさか、巡り巡ってロイクが夫の跡継ぎに選ばれるとは思っていなかった。
恐る恐るもうひとりの愛しい息子に視線を向けると、彼は自分のことのように喜んでくれている。婚約者も一緒だ。
瞳に溜まっていた涙が自然とこぼれていく。カリーナは、この場にいる人々と、そしてここにはいない姉のように慕っていたリズに感謝するのだった。
こうして長きにわたり苦しんでいたカリーナは、ようやく解放されたのだった。




