46.愚か者たちの最期2.
「ひぃいいいいっっ」
ドレスを無様に濡らすアネットから視線を外し、彼女の父親パッジ子爵を引きずってくる孫に問う。
「ジャレッド、今もまだ殺すなと言うのか?」
「その通りだ。もう散々殺したんだ。気が晴れただろ」
「晴れるわけがあるまい。お前は強い、ジャレッドよ。それは認めよう。アルメイダの指導があったとしても、たった二年でこうも強くなっているとは思っていなかった。しかし、私にはまだ届いていない」
「まだやるか?」
血に染まり放心しているパッジ子爵を地面に放りジャレッドは身構える。騎士を相手にしたことで魔力もずいぶん消費してしまった。一度は敗北したことも認めよう。しかし、ジャレッドにとってもアネットを殺して楽にさせてやるつもりはない。
こうも自分たちで、男爵家と公爵家令嬢の殺害という言い逃れのできない悪事をお膳立てしてくれたのだから、司法によって裁きたい。どうせ待っているのは死罪だ。
ただし、貴族の死刑は簡単に行われない。中には反対する者もいるからだ。その間、牢に繋がれ、アネットたちは死ぬか生きるか不安と戦わなければならない。地位に甘えていた貴族の人間が、粗末な牢で心が折れることはよくある話だ。
公爵家のオリヴィエが巻き込まれている以上、アネットたちを救おうとする貴族も少ないはずだ。それでも、なんとかなるかもしれないと一抹の希望を抱かずにはいられないだろう。そして、その希望が砕かれた瞬間こそ――生かした甲斐があったといえる。
ゆえに、ワハシュのようにただ殺して終わりという、楽な結末は許さない。安易な死は救いとなってしまうのだ。認められるはずがない。
「いや、もういい。お前のその強い意志に免じて、私が引こう。残念なことに、アルウェイ公爵家の面々が現れてしまった。さすがにお前の婚約者の家族を殺すことなどできないからな。それに、あの剣鬼もいる」
ワハシュの言葉の意味は、すぐにわかった。
「パッジ子爵、およびアネット・ダウム、レックス・ダウム、クレール・ダウム、お前たちにはダウム男爵家関係者の殺害未遂容疑がかかっている。同時に、ダウム男爵家の乗っ取りを企てていたことも明らかとなった。背後にいたスキナー侯爵とその関係者もすべて捕縛した――抵抗するならば斬る。おとなしく、縄につけ」
百を超える騎士たちを引き連れて登場したのは、ジャレッドの祖父であるニクラス・ダウム男爵。そして、祖父のかたわらにはオリヴィエの父、ハーラルト・アルウェイ公爵もいた。
祖父だけならまだしも、まさか公爵までが乗りだしてくるとは思わずジャレッドだけではなく、ヨハンもまた驚きを禁じ得なかった。
「父上……アルウェイ公爵……まさか」
「助けが遅れてすまないと言いたいが、その必要はなかったようだな」
騎士たちに待機の指示をだし、公爵とともに近づいてくる祖父が苦笑する。
すると、二人に気づいたパッジ子爵が、手足を使い駆け寄った。
「お助けください、アルウェイ公爵様っ、私はなにもしていませんっ、娘も、その子供たちも、すべてあの男たちによってはめられたのです!」
まさか「なにもしていない」などと言うとは思わず、ジャレッドは呆れた。見れば、ヨハンとワハシュでさえなんとも言えない表情を浮かべている。
公爵の足に縋りつき、助けを請う姿はあまりにも惨めで見ていられなかった。
「パッジ子爵、あなたの裏切りはすべてわかっている。すでにあなたと共謀していたスキナー侯爵とその仲間も捕らえている。王宮からも厳しい処罰が下ることも決まっている。覚悟するといい」
「――そ、そんなっ。どうか、お慈悲をっ!」
「すまないが、私の娘まで殺そうとしたあなたにくれてやる慈悲はない。助けなど期待するだけ無駄だ。私の持てるすべての力を投じてでも、あなたたちを潰してみせよう」
娘まで狙われたハーラルトの静かな怒りを前に、取り返しのつかないことをしたのだとパッジ子爵はようやく自覚し、嗚咽をこぼしはじめた。
公爵はニクラスに頷き、捕縛を促す。細く頑丈な拘束紐で手を縛られていくが、パッジ子爵はただ泣くだけで抵抗さえしなかった。
「お待ちくださいっ、お義父さまっ! お助けくださらないのですかっ、あなたの孫もここにいるのですよっ!」
父親が使えないとわかると、怯えていたはずのアネットが金切り声をあげる。しかし、ニクラスはわずかに表情を曇らせると、
「クレールは確かに私の孫かもしれない。だが、レックスと血の繋がりがないことはわかっている」
「そ、そんな――、なぜ」
「愚かな女だ。私が、掴んだ情報を遊ばせておくとでも思ったか?」
レックスが不義の子であると知られていたことに、顔色を変えるアネット。彼女は証拠としてワハシュが連れてきた元ダウム男爵家の家人が、すべて明らかにしたことを知らない。
しかし、彼女の態度からレックスがダウム男爵家の血を引いていない証拠となるほど、見るからに動揺していた。
「正直なことを言ってしまうと、クレールのことすら怪しく思えてならない」
「違います。いいえ、違います、お義父さま。クレールだけは、間違いなく旦那さまの子です」
「母、上?」
母の言葉に、姉とともに言葉なく地面に座り込んでいたレックスが反応する。アネットがしまったと思うも、もう遅い。
「嘘だと言ってください、母上――俺が、父上の子ではないなど、嘘だと言ってくださいっ!」
願うように声をあげたレックスに対し、アネットは顔を背けるだけ。
それが答えだとばかりにショックを受けるレックス。
「幼い子供たちは真実を知らず、被害者であることは承知している。だが、それは出生に関わることだけだ。よく聞け、クレール、レックス。お前たちは父親を含め、家族を殺そうとした。どのような理由があったにしろ、あまりにも短絡的であり、人として行ってはいけないことをしようとしたのだ。相応の覚悟をしなさい」
すべてが終わったと泣き崩れるアネット、そして呆然とするレックス。そんな二人につられるように泣きだしたクレール。
「パッジ子爵、あなたとご息女には他にも元宮廷魔術師リズ・マーフィーの殺害容疑がかかっている。この罪はあまりにも重い」
「……違う、私は、こんなはずではなかったのにっ、違う、すべてスキナー侯爵が、そうだ、私は、なにも悪くない」
小さな声で自分を擁護する言葉を発し続けるパッジ子爵になにを言っても無駄だと悟ったのか、伝えるべきことは伝えたと配下に四人を連れていくよう指示した。
「お祖父様っ、俺は悪くないっ、全部、母上が悪いんですっ! 母上がっ、僕を当主にしてくれると、そう約束したからっ」
騎士に引きずられていきながらも自棄になったのか自分は悪くないと言い続けるレックスに、ニクラスはなにかを言おうとしたが、結局なにも言わぬまま見送った。
捕縛され、移送用の馬車に押し込められた四人は、そのまま連れていかれる。未だ、レックスの叫び声が聞こえるが、もう誰も気にしていない。
事の成り行きを見守っていたジャレッドは、アネットたちが殺されることなく捕縛されたことに安堵の息を吐く。すると、
「ジャレッド!」
屋敷の中からオリヴィエが駆けてくる。父親には目もくれず一直線に婚約者に向かい、力いっぱい抱きしめてくるオリヴィエを抱きしめながら、ようやくすべてが終わったと、ジャレッドは重く圧しかかっていたなにかが軽くなった気がしたのだった。




