45.愚か者たちの最期1.
それは一方的な殺戮だった。
五十人を超える騎士たちが、次々と鮮血をまき散らして倒れていく。
鎧を装備した騎士たちの動きは悪くないが、軽装であるジャレッドたちに比べ遅い。アネットが用意した騎士であればパッジ子爵家の私兵だろうが、実力は悪くない。
しかし――足りなかった。
人数も、戦力も、なにもかもたった三人を相手にするには、足りていなかったのだ。
「うぁっ、ああああああああっ」
絶叫が響く。
鎧の隙間に短剣を突き立て、喉を掻き切られた騎士が鉄色の鎧を赤く染めていく。その無残な光景に、ひとりの騎士が叫んだのだ。
ワハシュは実に戦い方が上手かった。鎧には必ずつなぎ目がある。その隙間に短剣の刃を差し込むことで、機動力を奪い、動けなくなったところを確実に仕留めていく。それも、目にも止まらぬ速さで。
ヨハンは同じ騎士として斬りあうも、剛腕から繰りだされる一撃によって相手の得物を弾き飛ばし、容赦なくつなぎ目に刃を叩きこんだ。
腕を切り落とされ、悲鳴をあげる騎士を足蹴にし、とどめとばかりに鎧ごと剣を垂直に突き立てる。
単調ではあるが、戦場で培った戦闘技術で確実に敵を殺していった。
祖父と父に続くジャレッドは、ナイフこそ構えているが魔術を使って次々と騎士を屠っていく。無詠唱で精製した黒曜石の槍が、騎士の鎧など眼中にないかのごとく次々と突き刺さり絶命させていく。
精霊の力を借り、隆起した地面によって圧迫された騎士が、耳障りな悲鳴をあげて助けを請うが大切な人を殺しにきた相手に慈悲など与えられるはずもなく、鎧をひしゃげさせて圧死した。
ものの数分で、半数の騎士が倒れた。残った騎士たちは理解しかねる光景にただ動きを止めて棒立ちとなる。
「なにをやっているかっ! 人数で押せっ、押し殺せっ!」
騎士たちの背後から怒声が響いた。ジャレッドたち三人の視線が向くと、唾を飛ばしていた男がより大きな声を荒らげる。
「たかが男爵家の人間に遅れを取るなど、パッジ子爵家の恥と思えっ、殺せっ、早く殺せぇっ!」
茶色い髪を後ろに流しまとめた、神経質に見える男に見覚えがあった。アネットの父親であるパッジ子爵だ。
貴族であることを誇りに持ち、いや――貴族であることしかとりえのない男だ。そういう印象をジャレッドはパッジ子爵に抱いていた。
かつて男爵家を継がせないと父親に言われて以来、あの男がジャレッドを見る目は、蔑んだものだったことをよく覚えている。
アネットにダウム男爵家を乗っ取るための指示をだし、挙句の果てに母リズを殺すきっかけを作った――元凶。さらに、侯爵家も関わっているようだが、偉そうにしている人間はパッジ子爵のみだ。この場にきていないことが残念だ。いや、わざわざこの場に出向いているパッジ子爵が間抜けなのだと思い直す。
これは殺人だ。私兵を使い、ダウム男爵家の人間を、公爵家令嬢を含めて殺そうとしているのだ。こうもはっきりと姿を現し、指示している姿を見せるなど、よほど自信があるか、馬鹿かのどちらかだ。きっと後者だろう。
ジャレッドたちを殺すことができなければ、間違いなく死罪である。向こうにしてみれば、殺せると思ったからこそ姿を見せているのだろうが、あまりにも愚かとしか思えない。
仮に、ジャレッドとヨハンがいなくとも、ヴァールトイフェルの長であるワハシュだけで五十人の騎士は片づいたはずだ。
娘の悪行が明らかとなり焦ったのか、それとも驕っていたのか。こちらの戦力を確認せず、たった五十程度の戦力で片づけられると思われているのなら――甘く見られたものだ。
ジャレッドは精製した黒曜石の槍を勢いよく投げつけた。まっすぐに飛んだ槍は、パッジ子爵の隣に立つ騎士の頭を射抜き、鮮血をまき散らした。
「ひ――っ、ひぃぃいいいいいいいっ!?」
血を浴びて衣服と体を赤く染めたパッジ子爵が情けない声をあげて、尻餅をつく。もうこれでまともに指示できる人間はいない。騎士たちも怯え、動きを止めていく。ならば、あとは駆逐するだけだ。
「畳みかけるぞ、ヨハン、ジャレッド!」
「応っ」
「俺に命令するな」
口でこそ反抗するが、ワハシュの声に従い行動する。
騎士たちが子供のように悲鳴をあげる。逃げようとする者、我武者羅に襲いかかってくる者と、統率などもうない。
パッジ子爵が呆然と尻餅をついている以上、騎士をまとめる役目もいるはずなのだが――誰もがジャレッドたちに怯え、それどころではなかった。
「助け、助けてください――私は、嫌々従った――がぁっ……ああぁっ?」
赦しを請おうと膝をつき懇願した騎士だったが、ワハシュによって兜と鎧の隙間に短剣を入れられ、哀れにも首を掻き切られた。必死で兜を外し、喉を押えるも流れる血は止まらない。呼吸ができないのか、顔色を青くして口を開いては閉じることを繰り返す騎士の姿は、周囲の騎士たちに投降することもできないと知らしめるには十分すぎた。
半狂乱となった騎士が数人、死にたくないから殺すという単純な思考のもと襲いかかってくる。恐怖によって歪んだ太刀筋は脅威ではなく、攻撃と言えるのかさえ怪しい。
ヨハンは長剣を薙ぎ、剣とともに騎士たちの両腕を斬り落とした。再び絶叫が木霊する。
ジャレッドも黒曜石の槍を放ち、ひとりひとり確実に射殺していった。
誰かが動けば鮮血が舞い、死者がでる。そんな地獄のような光景を前に、アネットたちは絶句するほかなかった。
まさか今まで馬鹿にしていたジャレッドが、こうも強いなどと誰が思ったか。死んだ女をいつまでも想い続ける女々しい夫がこれほど残酷に敵を殺すなど予想さえできなかった。リズの父親が、死神のごとく命を刈り取っていく光景には、恐怖を通り越し吐き気を覚えた。
実際、レックスとクレールは、地面に膝と手をつき嘔吐を繰り返している。精神的に未熟であり、年齢的にも子供と言える二人には、眼前に広がる光景を受け入れることができなかったのだ。その拒絶反応として、嘔吐していた。いっそ気を失うことができれば楽だったのかもしれないが、意識を失くせば命まで失うかもしれないという恐怖のせいで失神すらできない。
現状を打破する案が浮かぶはずもなく、アネットはただ広がる地獄が終わることを願った。そして、短い悲鳴が聞こえ、騎士がまたひとり倒れていく。気づけば、もう誰も立っていない。ダウム男爵家にいる人間を皆殺しにするために用意した、過剰と思えた五十人の騎士は――ひとり残らず殺されてしまった。
――残っているのは、自分たちと父だけ。
まさか半数の兵を貸してくれた侯爵も、全員が無残に殺されるなどと思ってもいないだろう。
「――ひぃっ」
騎士を皆殺しにした三人がそろって顔を向けた。アネットには、悪鬼にしか見えず、短い悲鳴をあげ、尻餅をつく。
なんとかして逃げださなければ殺される――。
しかし、体が恐怖のせいでまともに動いてくれない。
どこへ逃げていいのかすら思い浮かぶことなく、結局アネットはただ怯えることしかできなかった。
そうこうしているうちに、悪鬼が三人近づいてくる。
「さて、再び名乗らせてもらう。我が娘を奪った元凶よ――私がヴァールトイフェルの長、ワハシュだ」
鋭い眼光と殺気を受け、アネットは失禁した。




