流民の村と片腕の冒険者
時間が空いてしまったので、1話投稿します。
本格再開はもう少々お待ちください。
風を裂くように、セリアが先頭を駆ける。
「サンヴォーラ王国は南西だな!」
「速度を落としてください。索敵範囲に入ります」
マーレが静かに告げた。
その横で、ミュリアが記録結晶を抱えながら眉をひそめる。
「魔力波形、複数です……でも変ですね」
「何が?」
佐和子が尋ねる。
「統率がありません。魔物同士が争っているような……」
丘を越えた瞬間、その意味が分かった。
小さな集落だった。
木と石を積み上げただけの粗末な家々。
散乱した荷車。
消えかけた焚き火。
国家の庇護を受けない流民の村。
そして、その中で魔物たちが暴れていた。
大モグラ《ケイブ・ノッカー》。
《ゴウロウ猿》。
《ブレード飛蝗バッタ》。
本来なら同じ場所に群れない魔物が入り乱れている。
「普通、こうなる前に食い合うだろ」
セリアが顔をしかめた。
マーレはしばらく魔物たちを見つめた。
そして表情を曇らせる。
「……気持ち悪いですわね」
「何が?」
「これは、暴走ではありません。
煩悩因子の混濁反応ですわ」
「暴れているけど?」
「いえ、何かに怯えているのでしょう」
佐和子が視線を向ける。
マーレは小さく首を振った。
「理由までは分かりません。
ですが、この魔力の乱れ方には見覚えがありますの」
元・煩悩断章兵器。
その言葉には重みがあった。
その時だった。
「下がれぇっ!」
村の前で、一人の男が叫んだ。
片腕だった。
擦り切れた防具に欠けた剣。
それでも子供たちを庇うように立っている。
大モグラを斬り伏せる。
だが次の瞬間、《ゴウロウ猿》が群がった。
投石が残った片腕に直撃した。
男はそれでも剣を離さなかったが、間合いが絶望的に詰まる。
だが、黒い閃光が走り、轟音と共に猿たちが吹き飛ぶ。
黒槍が地面へ突き刺さっていた。
「大丈夫?」
風に髪を揺らしながら、佐和子が歩いてくる。
だが戦いは終わらない。
地面が隆起した。
《ケイブ・ノッカー》が村人の真下から飛び出す。
子供の悲鳴が上がる。
間に合わない。
右から、銀の閃光が走る。
「失礼」
マーレの細剣が一閃する。
大モグラの首が宙を舞った。
巨体が崩れ落ちる。
流れるような剣筋。
かつて高位貴族として鍛えられた技だった。
「相変わらず綺麗に斬るな」
セリアが笑う。
「褒めても何も出ませんわ」
マーレは涼しい顔で答えた。
直後。
「セリア」
「おう!」
一閃。
冥斧が走り、《ブレード飛蝗バッタ》がまとめて吹き飛ぶ。
ミュリアの式符が空中に展開される。
「右側二体拘束しました!」
佐和子は前へ出た。
神力は使わない。
ただ、一歩踏み込む。
「これで終わり」
黒槍が閃く。
最後の魔物が霧散した。
静寂が訪れる。
土煙の向こうで、片腕の男が深く頭を下げた。
「……助かった」
擦れた声だった。
「礼を言う。もう少しで全滅だった」
家々から人が出てくる。
思ったよりも多い。
老人、怪我人、痩せた子供たち。
そして粗末な荷車。
その荷台にはダンジョン素材が積まれていた。
命懸けで集めたのだろう。
佐和子は荷車を見つめる。
「探索してるんだね」
男は苦笑した。
「ああ、やらなきゃ食えない」
「名前は?」
「ガイだ」
「ガイさん」
佐和子は村を見回した。
粗末な寝床、足りない薬。
それでも積み上げられた素材。
「辺境では、探索以外に生きる道がない?」
「そうだ」
ガイは空を見上げた。
「王国から追い出され、帝国からも逃げてきた奴。
まあ、俺みたいにダンジョンで体を壊した奴もいるが」
血に濡れた片手を握りしめる。
「要するに、どこにも売れなくなった人間の吹き溜まりさ」
自嘲だった。
だが、その時。
「違いますわ」
マーレが静かに言った。
ガイが驚いて振り向く。
「価値がない人間などおりません。
今の仕組みが間違えていますの」
元貴族らしい真っ直ぐな言葉だった。
ガイは返す言葉を失う。
マーレは村を見渡した。
「ギルドを首になってもダンジョンに潜る。
魔物に襲われても、誰かを守ろうとする」
「――それだけで十分価値がありますわ」
ガイはしばらく黙って、やがて視線を逸らした。
「……そんなこと言われたのは初めてだ」
風が吹く。
セリアが佐和子を見る。
「どうする?」
辺りを見回し、佐和子は少し考えた。
そして、ぽつりと言った。
「やっぱり必要だ」
「何が?」
「冒険者が安心してダンジョン探索できる町」
村人たちが顔を上げる。
「元冒険者も、逃げてきた人も
失敗した人も」
黒槍を地面に立てる。
「ちゃんと、生き直せる場所」
老人が煙管をくゆらせる。
「……ほう」
「面白いことを言う娘だな」
しかしマーレは苦笑した。
「理想としては素晴らしいですわ。
ですが国はそんなことしません」
佐和子が振り向く。
「利益になりませんもの」
静かな現実だった。
「怪我人を受け入れ、
失敗した冒険者を保護し、流民を住まわせる――そんな国は滅びます」
何故滅ぶのか?流民たちには理解できない。
見捨てられた人々は、マーレに反論できず沈黙する。
荒れ果てた廃村。
けれど、そこには灯が見えた。
傷だらけの冒険者が帰ってくる場所。
失敗した人が笑い直せる場所。
命からがら生き延びた人が、もう一度明日を目指せる場所。
「なら」
佐和子は場の空気を戻すように、小さく笑う。
「ここに、作ろう」
誰も答えない。
けれど、その場にいた全員が、ほんの少しだけ未来を見た。
――生きて帰ってこられる場所を作りたい。
その願いが、初めて世界に灯った夜だった。




