帰宅
エリアーヌは木箱に並べられた貝殻を眺めている。本邸に戻って来てから毎日眺めている。毎日が楽しかった。毎日わくわくした。初めての町で大きな声で叫んだりもした。毎日笑ってたと思う。クリストフが海に向かうとエリアーヌも後ろから付いて行った。砂浜で貝殻を探していると、いつの間にかクリストフが手伝ってくれた。いろいろおしゃべりした。
今日は贈り物が届いた。細かな金細工が施された華やかな小物入れだった。添えられた手紙には綺麗なユリウスの文字で“クリストフがエリアーヌに”と書いてある。その下に大きな力強い文字で“貝殻入れに”と書いてある。クリストフの字だ。その下には癖のあるフリージアの文字で“寄り道する”と書いてあった。エリアーヌは笑った。
本邸に戻ってくると静けさに驚く。この静けさを好んでいたはずなのに、今は別邸での日々が懐かしい。毎日、賑やかだった。キャロラインは一緒に町に行ったわけではない。海で過ごしていたわけではない。はしゃぐ姿や、笑い声や話を聞いているだけで、キャロラインも楽しかった。気の置けない雰囲気に心が解放された。だがいつまでも妹達と一緒になって遊んでいるわけにはいかない。家を守ること、領地を守ることは自分の役目だ。未来の領主である夫に協力できるのなら嬉しい。
キャロラインはペンを手に取り手紙を書き始める。だから歩みを進めようと思っている。
爽やかな朝だ。倦怠感は残っているが充実した気分だ。クリストフに強引に連れ出された時はどうなるかと思ったが、学びのある日々だったと思う。そして予感めいたものを感じている。そうなれば必然的に自分も無関係ではいられなくなる。別れ際、エリアーヌには引き続き勉学に励むこと、寒くなるから身体を労ること等、言い残してきた。色気がないのは自分も同じだが、笑ってもらえるならそれでいい。
ふと、フリージアはどうするだろうと思った。その時は苦手なワインを一緒に飲んでもいいと思う。
騎士団の屯所に久しぶりに顔を出すと、ブルーノが直ぐにまとわりついた。
「婚約者様はどうでした?婚約者様はどうでしたか?婚約者様はどうでした?」
「三回もいらん」
「正確には二回と一回です」
「そうか」とだけ答えさっさと離れようとしたがブルーノは追い縋る。
「いいじゃないですかあ。冷めた目で見られました?」
「いつの話だ」
「見られた事があるんですね!?ずるい!!」
通り掛かったホルストに「早く支度しろ」と呆れた声で注意を受け、クリストフはブルーノを引き剥がした。それにクリストフは海での滞在についてあまり話したくなかった。
馬車の窓の外には見慣れた風景が広がっている。しかしジェラルドは気が重い。適齢期の女性をずっと待たせているのだ。領主邸に帰ったらさすがに家族から何か言われるだろう。
婚約が決まった当初は、早々に破談になるだろうと思っていた。自分の浮き名が流れているのは知っている。商売の為に派手な言動をすることもある。だが、キャロラインは待ち続けている。それならばと侯爵の眼鏡にかなう人物を探したが、その男は既に他の令嬢と婚約していた。やはり一度きちんと話をすべきだろう。
珍しく父に誘われフリージアは馬で駆けている。
本邸に帰ってきて真っ直ぐに父の書斎に向かい、クリストフとユリウスを案内した事を報告した。それからクリストフとは男女の仲に発展しない事も伝えた。父は何も言わなかった。うむと喉を鳴らし、指先で自分の顎を撫でていた。
コーナーの出口で父が隣に並び、そして追い越してゆく。相変わらず上手い。フリージアは父の背中を追い掛けた。




