I wish their happiness
ベットダイブしたことないけどしてみたい。ロマンだからね。
ル○ンダイブ…流石にあの勢いはなしで。
夕日が窓から差し込み、家に帰る時間を伝えてくる。
「さて、日も暮れてきたし、そろそろ迎えが来るだろうねぇ」
お婆さんが言った直後に、家の外からノックする音が聞こえた。
「フィーネ、アリア、フリューゲル。そろそろ帰る時間だぞ」
「ほーら、すっかり牙の抜けた狼が迎えに来た」
私が扉を開けると、目の前には屈強な肉体と精悍な顔立ちをした短髪の男が立っていた。
「父さん……またお肉なの?」
父はその肩にイノシシを括り付けた棒を背負っている。私の言葉に、父は自慢げにそれを見せた。
「おう、お前ら好きだろ? もしかして別の方が良かったか……」
私は未だに熟睡しているアリアの方を一瞥して、
「流石に毎回肉を食べると太ってしまうわ。あっ、別に要らないって訳じゃ……だから、そんな顔しないで」
父は、その肉体に見合わぬナイーブさを兼ね備えている。咄嗟にフォローしようとしたけど、口から出た言葉は取り消せない。
「お父さんが食料を用意してくれるから、お母さんも料理を作れるし…………でも、栄養が偏ってしまうから、次は魚とか、木の実をお願いしたくて……」
ああ、私は私の意見しか言うことが出来ないのか。私の言葉も正しくはあると思うが、でも父の行動も嬉しいものだと伝える事が出来なかった。
「そうか……、じゃあ次は魚だな」
落ち込んだ様子の父を、慰める事は私には出来ない。どう接すれば良いのか分からない。
「父さん、僕はお肉も好きだよ」
フリューゲルの言葉に父が暫く沈黙した後、
「すまねぇ、さっきのは情けなかったな。気にするな、年頃の子に対する配慮が足らなかっただけだしな」
にかっと、笑う父の姿に私は……
「ごめん、父さん。折角用意してくれたのに、ケチ付けて。今日も獲ってきてくれて……その、ありがと」
父を真っ直ぐ見れず俯く私を、父は頭を撫でるだけだった。
「ノーラの姉さん、うちの子を見てくれてありがとな」
「いいさ、あのちんちくりんが立派になった姿を見せてくれるだけでねぇ。相変わらず、頼りないところもあるけどね」
そんな会話が終わった後、お婆さんに見送られながら家路に着く。
「……」
何も言いたくない、話したくない。暫く一人でいたい。
父が許してくれても、この痛みは拭えないから。
暫くの無言が辺りを支配する。父は寝ているフィーネを抱えて、先頭を歩いている。さっきはフォローしてくれたフリューゲルも、今はカーメルの背で寝てしまっていた。
無防備な表情を晒すアリアの顔を、父の背越しに見る。稀に、能天気な彼女が羨ましく感じる時がある。きっと私には出来ない事だから。
「疲れてないか、フィーネ」
「別に……」
ぼーっとする意識の中で、ただ夕焼けに染められた美しい景色を眺める。帰り道の村は、行きと違って活気こそないものの家の一つ一つに火が灯る。
一つ一つにぎゅっと詰まった何かがある気がする。それはもう、例えようのないほどの何かだろうが。
「ったく、素直じゃないな」
父が私を拾い上げるように抱え上げ、胸元に引き寄せる。
「ひゃぁっ?! 父さん下ろしてっ!? まだ歩けるから!」
余りにも唐突な事に、私はジタバタと暴れてしまう。
「ダメだ。そんなに抜けたいなら、俺の腕から抜け出してみろ」
はっはっはと、父はいつものように笑う。
「わふっ!」
父の言葉に同調するかのように、カーメルは父の背に飛び付いた。
「おい、お前は歩けるだろ! はぁ、貸し一つだぞ」
カーメルに抱きついているフリューゲルに手を回し、父は仕方ないとため息をつく。
「大丈夫?」
「ふっ、父さんはこの程度で根を上げることはしないさ」
父の腕の中は安定していて、暖かい。父の腕力なら、私などそこらで自生する木の実を幾つか摘んで、抱えるのと同じ。この揺籠は……きっと……
*
「寝ちまったか……」
すやすやと眠るフィーネの顔を見ると、この子が年相応の子どもだと実感できる。
「ったく、誰に似たんだかな」
顔を隠すように垂れた髪を分け、その下にあった無防備に眠るフィーネの横顔……見たのはいつぶりだったか。
この子は人に頼ろうとしないから、きっと大人になるまでのあっという間の時間には、たった数度しか見せてくれないのだろう。
それは寂しい。凄く寂しいことだ。嬉しくもあるが、親の手から離れるということは、こちらから手を貸せないという事だから。
この子は俺が居なくても、無事に世界を渡り歩けるくらいの力を身に付ける。……もしかしたら、もうその立ち振る舞いを出来てしまうくらいに。
いずれその足で赴くままに大地を踏み締め、見聞きしたものに心を躍らせて、自由に、自由に生きていくのだろう。
しかし、フィーネはまだ子どもだ。その身体は未熟で、野良犬一匹でも生命を脅かされてしまう。
……父親として、俺がフィーネに教えてやれるのは武術だとか、生存術を教えることくらいだ。世渡りの仕方など、アイツが意気揚々と話す様しか思い浮かばない。
精々、その程度しか施してやれない父親だが、それでも父親としての誇りくらいは持っている。アイツの言葉を借りるのは癪だが、
『小鳥が羽ばたくのを止めてはいけないよ。そこで、あれやこれや施すのは小鳥の為ではない。私たちに出来るのは、困り事を持って帰った小鳥が再び私たちの下に来た時に手を貸すことくらいさ。どうだ、これは私の名言辞典に記しても良い。そうだ、君が使用するなら……』
余計な記憶も思い出す所だった。アイツの話は長い。口から出る言葉の殆どに意味なんてない。
「はぁ……親父もこんな気持ちだったのか?」
散々親不孝をしてきた俺からしたら、もっとやんちゃしてくれて構わない。俺に比べれば、この子たちは可愛らしいものだ。何せ、悪ノリで壺を叩き割ったり、窓を壊したのも何度のことだったか。これすらも、悪行の中ではまともな部類だ。
静まり返った夕日は美しく、追憶が途切れる事はない。過去の思い出は美しく見えてしまうものだ。いつだって、今を生きている時が一番辛いのだから。
「せめて、この子らに幸多からんことを」
だが、触れられるのも今だけなのだと、少しでも幸せな未来をこの子らに祈る。
風はただ静かに俺たちを過ぎてゆくだけだった。
お婆さんの本名はヘクセノーラ。だから、ノーラ婆さん。
……設定って、話したくなっちゃうよね、仕方ないね。
それにしても、父親は随分とフィーネについて心配してるなと。ま、他の二人の方が遠慮なく頼ってくれるからね。父さんは寂しいのですよ。…子離れは出来るけど、溺愛するタイプ