Let me stay like this
純粋な身体能力勝負は大抵勝ち筋がないよ、作者は。
球技なら、誤魔化せるからまあまあだけど……
木から生じた打撃の音色は、打ち付けられる度に小気味良い音を響かせる。
「はぁっ、せっ!」
アリアが地を踏み締めて、縦横無尽に駆け回りながら、その手に持つ木刀を振り回している。調子が上がってきたのか、その頰は紅潮して、目は燦然と煌めいている。
その未熟な身体からは想像もできない力で振るわれた木刀の風を切る音がこちらまで聞こえてくる。
要するに、相手に当たらなかった訳だが。
「てやぁっ!」
勢いのまま木刀は地に叩きつけられ、砂埃が舞い上がる……アリアと一緒に。反動で宙に浮かんだアリアは蝶が舞うように自然な動きで、回し蹴りを相手に見舞う。
——が、次には枝に尻尾でぶら下がった猿のような姿勢で宙にぶら下がっていた。
「ああっ! あと少しだったのに!」
その姿勢で言っても、負け惜しみでしかないが、それくらい悔しかったのだろう。丁寧に下ろされた後も、珍しく不満そうな顔のままだ。
「そうだな、さっきのは結構惜しかったぞ。だが、途中で諦めるのはいけないな」
アリアの相手をしていた父が、そんな大人気ないことは言っている。大人の力で掴まれたら、私たちに逃げる術などないのに。
「うー、何も思い付かなかったから……」
「それは父さんだからな、はっはは!」
そもそも父の手から逃れる手段など、私たちにあるのだろうか。手加減しているとはいえ、それでもなお翻弄するのは大人気ないと思う。
「どうだ、フィーネ。お前もやるか?」
「アリアが出来ないなら、私にできる訳ないじゃない……いやよ」
無理難題を進んでするほど、私は素直ではないから。
「“首に木刀を当てる“だけで良いんだぞ? まあ、それが出来るかよりも俺の動きを間近で見る事が大事だがな」
先程アリアがやっていたのと同じ、ある種のゲームだ。ただその難易度が高すぎるから、やる気も削がれる訳で。……勿論、ゲームの体での鍛錬だから、強くなる事が目的だけれど。
「……分かったわよ。アリア、木刀貸して」
「うん、頑張ってねっ!」
元気一杯の応援に、少しだけ力が入る。
アリアに期待されているようだから……せめて、アリアと同じくらいには善戦しないとな。
*
木刀の重みを手に収めながら、父の前に立つ。ルール的に、相手から仕掛けることはない。だから、攻め手の方が有利ではある……散々言ったが、父でなければ。
どんな手を使ってでも、父の首に木刀を突きつければ勝ちである。故に、
「はあっ!」
——腰に付けていた砂袋を父目掛けて投げ付ける。
何故持っていたか? どうせ誘われたら、断れないからだ。
砂煙の中で父の背後を取り、腕を首に向けて振り抜く……が一体どうやったのか、しゃがんで回避された。
腕を振り抜いて無防備な私に、父の狙い澄ました一撃が木刀を狙う。私はそれを——
「待ってたのよっ!」
木刀と反対側の手に持っていた杭、それを父の手……から伸びた影に食い込ませる。
「……やるな」
父が驚いて、腕の拘束が解かれぬ隙に首筋に向けて再度振った。
「やっ、……え?」
これならば、例え相手の拘束が解けても、手では止められないと——そう考えていた予想は簡単に裏切られた。
木刀が父の首筋にあと数ミリで止められていたのだ。まるで、父の腕と同じように……慌てて私の影を見ると、父の足が私の木刀の影を踏んでいたのだ。
「そんな……」
そんな馬鹿げた使い方あるか、そう言いたくなった。縫い止められる力は道具の耐久力に依存する。それを足で……
私の刺した杭が抜かれて、呆然としている私の頭を父は撫でた。
「惜しかったな、だが戦闘では予想外のことが当然に起こる。誰もが生きたいからな……最後まで慢心してはだめだぞ」
何が予想外か……私の愚痴は喉から溢れることはなかった。確かに、勝利を確信した瞬間に慢心はあっただろう……けど。
「フィーちゃん、フィーちゃん。すごかったよ!」
「うん……」
それは父があそこから挽回をする力があったからではないのか……言い訳だって分かってる。でも、……この気持ちは整理がつかない。
「フィーちゃんっ!」
「へっ?! なにっ?」
とんっ、と肩に手を置かれて驚いた。目の前にはアリアが頬を膨らませて、私の目を射抜いている。
「やっぱり上の空だった。悔しいのは分かるけど、ほわーっとしてちゃだめだよ!」
「ほ、ほわーっと?」
何の話だろうか、というかどんな擬態語だろうか。
「私はフィーちゃんすごいって言ったんだよ。お父さん、そういうところ下手だから伝えてないけど」
「そう……別に私は卑怯な手も使って、負けただけだと思うけど」
私は何かが突出するような人ではない。何処では、誰にも勝らないから……器用貧乏という奴だ。褒められるような人間でも、ましてや凄いと言われる筋合いはないと思う。
「違うよ! 砂袋とか、事前に用意するなんて凄いよ。私は思い付かなかったから、剣で戦ってたし。何っていうか、その卑怯さ? が、凄いと思うよ!」
「……もしかして、貶してる?」
実直に言われたから、一瞬頷きそうになったが、卑怯と言われて良い気になるだろうか。
いや、当人にその気がないのは分かるけれど、つい確認してしまった。
「貶してはないんだけど……うー、あっ! そう、あれだよ! 精一杯頑張ってたから、それが凄いってこと」
「それは……当たり前よね?」
そんな会話の中で、私の心は凪いでいた。周囲に緊張した人がいると、ざわざわしてた心が落ち着く。今が、まさにその状況なのかもしれない。
あわあわとするアリアに、父が手を置いて落ち着かせる。
「アリア、ありがとな。俺が伝えなければいけない事を任せちまった」
未だに気が動転しているアリアに父は苦笑して、次に私を見詰めた。
「慢心について、今は忘れてくれ。あれは一人前の騎士でもそうそう出来るものじゃない。……お前の長所だが、最後までやり抜こうとする意志だ。あらゆる手段を用いて、目的を達成しようとする。準備を念入りに済ませることもそう簡単じゃない。どんな奴でも何処かを欠いてしまうからな」
「最後までやり抜く意志なんて……そんな立派なもの、私は持ってないわ」
もし持っていたら、今の私はないはずだから。
「あー、やっぱり人に物を教えるってのは難しいな。なあ、フィーネ……何故俺はお前たちを鍛えてると思う?」
「それは……強くならなければならない理由なんて解らないわよ」
平穏な時代を前世は生きてきた。今世よりも命の危険が少なくて、病院に行けば大抵の病気は治るし、生命の安全が保障されていた。……鍛える理由なんて、強くなって欲しい以外に理由なんてない。
でも、強くなる必要なんて……果たしてあるのだろうか? 命の危機に脅かされない場所に居れば……
「自分の身を守る為だ、フィーネ。戦いというのは、最後まで力を入れないと、ふとした瞬間には流れが変わってしまう。お前は最後まで手を緩めなかった……それはなかなか出来ることじゃない。だから、その才能は認識しろ。己を信じられん奴は、戦わなければいけない戦いに上がらないからな」
父の大きな手が私の頭に置かれ、離れた後もその名残りを追って手が頭に触れた。
現代であっても、危険な場所がないなんて事あり得ないと作者は思ってる。そこら辺の雑菌ですら、下手したら重傷を負う可能性があるから……危険を取り除く事は誰もが考えるよりも難しいと思う。
極小な確率でも、あるということに変わりないから。
手を引かれて、光のある方へ
決して一人では届かない高さ
その手は何時迄引いてくれる?
離された私は落ちるだけだから




