32.ひたすらしりとり
ダリアの発熱は数日で落ち着いた。
彼女の熱が下がるまでの間は私が店番をこなしたが、彼女が復活したので、店番を彼女に戻すことに。数日やってきた仕事がなくなるのは少し寂しくもあったが、それと同じくらい、ダリアが健康になったことへの安堵もあった。
「……退屈、そうだな」
「ひゃ!」
一人ぼんやりしていると、シュヴェーアがいきなり背後から話しかけてきた。
「……すまん。驚かせたか」
「い、いえ。大丈夫。気にしないで」
あれ以来、妙に意識してしまう。
彼に話しかけられるのは、他の人に話しかけられるのとは話が違う。
向こうが私を何とも思っていないことは分かっている。それでも、他の人と接するのと同じように接することは難しい。一度特別な想いらしきものが発生してしまうと、もう自然な関係には戻れないのだ。
……私が切り替えられない質なだけかもしれないけれど。
「それで、何か用?」
「いや……特に、これといった……用はない。ただ……退屈そうだと、思っただけだ」
何かを話そうとして話しかけてきたわけではないようだ。
彼が声をかけてきたのは、「私が暇そうにしていたから」という理由だけのようである。
「そ、そう。私、そんなに暇そうだったかしら」
「……そんな、気は……したが」
私は別段退屈な顔をしているつもりはなかった。が、シュヴェーアの目にそう映ったのならば、そんな顔つきになってしまっていたのかもしれない。
「……何か、するか」
シュヴェーアは私をじっと見つめながら言ってくる。
暇潰しは嫌いではない。だが、良い案を思いつく自信はなかった。暇を潰すというのは案外難しいものだ、即座に良い案を出すことはできそうにない。
何か考え出そうと思いながらも案を出せないでいると、シュヴェーアが提案してくる。
「……しりとり」
「え?」
「しり、とり……あれは、どう……だろう?」
聞いたことのない名称に戸惑っていると、シュヴェーアは、その『しりとり』なるものについて説明を始める。
しりとりとは、言葉を使う遊びの一種だそうだ。
一人目が何か言葉を言う。そして、二人目は、その言葉の最後の文字から始まる言葉を述べる。それを繰り返し、繋げていく。その中で、最後の文字が『ん』の言葉を言ってしまった者が負け。そういった遊びだとか。
説明を受けた私は「その程度ならできるかもしれない」と思う。
共通の言語を使える者が二人揃えば、物はなくても始められる遊び。素朴だがどこでもできて楽しげだ。
「良いわね!」
「……そ、そうか」
「じゃ! それをやってみましょっか!」
「あぁ……そうだな」
何事も、考えるより試してみた方が理解できるというもの。
早速始めることにした。
「にんじん! ……あ」
やる気満々で一発目を述べたのだが、うっかりでいきなり終わらせてしまった。
これでは駄目だ、しりとりが先に進まない。
「……いきなり、終わったな」
「ごめんなさい……」
「いや……気に、するな。……もう一度、言う、か?」
「えっと、できればそちらからでお願いしたいです」
またうっかりミスをやらかしてしまいそうで怖いから、シュヴェーアからのしりとり開始を希望してみる。すると彼は「……よし」と呟いて、数秒間を空け、再び口を開いた。
「……肉」
良かった、パンでなくて。
「くるみ!」
「……水」
「頭痛!」
どういった類の言葉までが使って良いものなのか、そこがはっきりしないため、いちいち迷ってしまう。
もっとも、その迷いも一つの楽しみではあるのだけれど。
「う、か……。ウサギ」
「疑心暗鬼」
「……金色」
「ロバ?」
テンポに乗り始めるとよく進む。段々楽しくなってきた。
「……博打」
「諜報」
「……雨季」
「き、ね! えーっと……貴公子、とか」
「死神」
いきなり怖い!
「未来」
「……そう、だな……稲妻」
しりとりは時間が経つにつれて盛り上がる。今の私のような何もすることがない人にもってこいの遊びだ。そこそこな時間続いても飽きないところも魅力だろうか。
「枕」
「……落書き」
「菊!」
「……空気」
「えっ。また『き』なの!? ……まぁいいや。規律」
「月」
三回連続で『き』から始まる言葉を求められた。
これはさすがに偶然ではないだろう。
「また『き』なの!? 意図的!?」
「……ふ」
「笑ってる! やっぱりわざとなのね!?」
「……どう、だろうな」
シュヴェーアの楽しげな顔を見れば確信できる。三連続は間違いなく意図的だと。
そもそも、三回も続けて同じ文字で終わるなんてことは、滅多に起こらないだろう。それは、意図して考えて初めて起こることだ。どう考えてもわざとやったとしか思えない。
「き……き、よね……えっと……き……」
しりとりには慣れてきたが、慣れたからといって毎回スムーズに答えられるというわけではない。同じ文字ばかりが続いている今のような状況下でなら、なおさら。思考する時間はどうしても必要となってきてしまう。なるべく早く答えたいと思いはするが、思うのは簡単でも言葉を見つけるのは容易ではない。
「金魚!」
「……よ、か、ぎょ、か……どちらだ」
「どっちでも良いわよ」
シュヴェーアに言われて「確かに」と思った。
二文字で一つのような扱いの文字だってある。その際には、本当の最後の一文字を最後の文字と考えるのか否か。そこは、さりげなく分かりづらいところだ。
「……では、ぎょ、としよう。……行事」
「じ、ね! 地獄!」
「……栗」
「利益!」
「そう、だな……記入」
「海!」
いつか海に行ってみたい。
絵本で見たことはあるけれど、実際には訪れたことのない場所。それが海だ。
「……ミンチ」
「地球!」
すぐに思いついたので、勢いよく言ってみる。
「……壮大、だな」
「でしょ? ふふふ」
「……もう、慣れたか。さすがに……頭が、良い……」
シュヴェーアに褒められると、ますますやる気が湧いてくる。
「では……牛」
「色彩!」
「……胃薬」
「リス」
個人的な感想だが、リスは可愛い。
「……墨」
「三日月!」
「刻みネギ」
「えっとね、じゃあー……銀河!」
言葉を交互に言っていくだけの遊びだが、楽しさはなかなかのもの。
シンプルでも味わい深く、飽きが来ない。
私とシュヴェーアはそれからもずっとしりとりを継続した。
両者がルールを守りさえすれば、しりとりに終わりはない。そのため、時間がある限り、いつまでも続けることが可能だ。




