33.農家の手伝い
今日は近所の農家にお手伝いをしに行くことになった——シュヴェーアが。
けれども、食べ物絡みの手伝いに彼を一人で行かせるわけにはいかない。いきなり食べ出したりしたら大変だ。なので、私も付き添うこととなった。
農家の手伝いなんて経験がないけれど、シュヴェーアと一緒なら行ける気がする。
「よく来てくれたねぇ」
私とシュヴェーアを迎えてくれたのは、農家のおばあさん。
人生の苦難を彫刻で描き出したような顔。黄ばんだ白色のよれた布を被った頭部。渓谷のような喉もとに、小人にも似た細く小ぶりな体。苦労してきたことがよく伝わってくる容姿だ。腕は骨と皮しかないほど華奢で、小枝のよう。しかしながら、要所には隆起した筋があり、筋肉がそこそこ発達しているのだと想像がつく。
「今日は色々頼むことになるけど、許してねぇ」
どのようなことを頼まれるのか、そこが気になって仕方ない。が、シュヴェーアならばどんな仕事もこなすだろう。彼は運動神経が良いし、戦闘能力も高い。少々天然気味であることを除けば、文句なく優秀だ。おばあさんもきっと喜んでくれるはず。
「ええと、しゅうたろうさんだったかね?」
「……シュヴェーア」
「おぉ、そうだそうだ。そしたらしゅうたろうさん、まずは、雑草抜きを頼んでもいいかねぇ」
なぜ『しゅうたろうさん』なのかが謎過ぎる。
しかも、シュヴェーアが改めて名乗ったにもかかわらずしゅうたろうさん呼び。それはつまり、勘違いではなかったということを意味しているのだろう。
もはや、奇妙としか言い様がない。
突っ込む気も湧かないほどの奇妙さである。
「……雑草、抜き?」
聞き慣れない言葉にシュヴェーアは戸惑った顔。
「そうだよ。この辺りの雑草を抜いていってほしいんだよ」
「……承知」
私は付き添いなので、仕事は与えられない。だが、付き添いだからといって何もせず立っているのも退屈で。そこで私は、自分にできる範囲の手伝いをすることにした。立っている地点の近くの地面から生えてる草をたまに抜く程度だけ、手伝うことに決めたのだ。
◆
おばあさんは意外にも人使いの荒い人で、シュヴェーアはひたすら働かされていた。
雑草抜きから始まり、水やりやら虫の駆除やら本当に色々なことを手伝わされていた。……いや、『手伝わされていた』なんて言い方は良くないかもしれないけれど。でも、思わずそんな言い方をしたくなるほどの仕事量だったのだ。
だが、シュヴェーアはそこまでダメージを受けていない様子。
彼は頼まれたことを黙々とこなしていっていた。
「今日は本当に助かった。二人とも、本当にありがとうねぇ。ありがたかったよぉ」
帰りしな、おばあさんは笑顔でそんな言葉をかけてくれた。
私はほとんど何もしていない。気が向いた時に多少協力したりはしたけれど、それはあくまで私の意思。頼まれたからではない。
「お姉ちゃんもありがとうねぇ」
「い、いえ……。私は何もしていません」
直接礼を述べられると何だか恥ずかしくって、つい視線を逸らしてしまった。
「ふぉ、ふ、ふぉ。慎ましいところも良いねぇ。好みだよ」
「あ、ありがとうございます……」
おばあさんからこんな風に褒められることはちっとも想像していなかったから、驚いてしまった。
驚き、恥じらい、照れ——色々な感情が混ざり合って、上手く反応できない。
◆
「はぁーっ。手伝い、やっと終わったわね」
シュヴェーアと共に家へ帰る。
おばあさんは人使いが荒かったが、代わりに、お礼としていくつかの野菜を持ち帰らせてくれた。それらの野菜は紙袋に入っていて、今はシュヴェーアが抱えてくれている。
「……そうだな」
「大丈夫? 疲れてない?」
「……あぁ」
「ならいいけど」
ほんの少ししか手伝っていない私は疲れているのに、かなり働かされていたシュヴェーアは文句の一つも言わない。
私が文句垂れなだけだろうか……。
「……それより、野菜だ」
「え?」
「……腹が、減った。早く……食いたい」
貰った野菜を早く食べたい、ということだろうか。
シュヴェーアらしい意見ではあるが。
「そうね! 帰ったらきっと、野菜パーティーができるわね」
「……楽しみ、だ……」
シュヴェーアは、働いて疲れたことよりも貰った野菜を食べることに意識を向けているようだ。
だから愚痴を漏らさずにいられるのかもしれない。
「そうだ。帰るまでしりとりしない?」
ふと思いついて提案してみると。
「……野菜」
予想外の言葉が返ってきた。
「ちょ、聞いてる? シュヴェーアさん?」
「……しりとり、は、もう……始まって、いる」
「え! そ、そうなの?」
野菜を食べたいから野菜と言ったわけではなく、しりとりの一番最初の言葉として野菜と言ったようだ。私そこを勘違いしてしまっていた。迷いなく、前者なのだと捉えてしまっていた。だが、実際には後者が正しかったようだ。
「じゃあ……石ころ!」
「……炉」
そのまま『ろ』を返されてしまった。
一文字の単語を言うという発想が私にはなくて、だから、非常に戸惑った。
「ええっ!? ……え、えっと、路地」
「自白」
「栗!」
「……りんご」
「ゴミ!」
陽は徐々に傾き始める。私とシュヴェーアは、いくつもの色が混じり合った空の下を、しりとりをしながら歩く。たいしたことはしていないけれど、幸せな時間。他者から見ればくだらないかもしれないけれど、私にとってはとても大切な時である。
「……幹」
「北風!」
「……絶望」
「瓜!」
「り……か。では……陸地」
一度試してみたあれ以来、私とシュヴェーアはよくしりとりをするようになった。
シンプル過ぎる遊びで、子どもじみているように思えるかもしれないけれど、私は個人的にはそうではないと思っている。
「血眼!」
「……では。呼吸」
「馬!」
「……毎日」
「ち、ね。迷うわ。えーっと……地上?」
「鵜飼い」




