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宴の夜

室内には濛々と湯気が立ち込めていた。

その湯気を発生させているものに浸かりながら、フラウとレイナは長いため息を吐いた。

身体を包む暖かい温度に、全身の筋肉が弛緩していく。


ここ数か月、二人は村の復興にかなりの労力を割いてきた。

国王から資金の援助はあったものの、それだけで直ぐに村が復興できるわけではない。建物を直すだけでも十分な建材と人手が必要だ。


フラウは言葉通り、空を飛び回って関係各所に話をつけてそれを用意した。半ば強引に、半ば強制的にそれを推し進めたことで、三か月という短い期間で村はほぼ以前の形を取り戻したのだ。

レイナは集まった人々の統率・指揮を行った。勿論彼女だけでなく、その役目はグレイスも協力してきた。

とはいえ集まったのは荒くれ物の男集が多い。女でありながらグレイスに次ぐ力を持ち、かつ輝く金色の髪と類まれな美貌を持つ彼女が指揮を行うことで、当然男どもの士気は高揚した。

それも短い期間での村の再建に大きく貢献したわけだ。

そしてもう一つ、大きく貢献してきたものがこの湯殿である。


二人は今まさにその恩恵に与りながら、日ごろの疲れを癒すため肩まで湯につかっていた。

同時に二度目の長いため息を吐く。

するとガラガラと、脱衣所と風呂場を繋ぐ扉が開かれた。

湯気で顔はよく見えないが、二人の目に映ったのは三人分のシルエット。

小さな子供が一人と一般的な女性、やや大柄の体躯をした女性と続く。


最近は村人や旅人など多くの人間がこの湯殿を利用している。

近隣の村から家族連れで来る人々も多い。ちゃんとこの湯殿が利用されていることに、フラウは喜びを感じた。

やがて湯気を抜けて現れたのは、よく知った顔であった。


「お久しぶりです。フラウ様」

「おおー。そう言えば今日着くって言ってたっけ?」


ルーシェが軽く頭を下げた。隣にいたチェリスも同じ行動をとる。

そんな二人にフラウは手を振る。ニナを子供だと思ったことは黙っておいた。


ニナが促し、三人はフラウたちと同じ湯船に浸かった。


「すごい施設ですね。王宮の湯殿でもここまで巨大な設備はありません」

「でしょ? この村の自慢なのよ。村興しの目玉ってわけね」

「なるほど。確かにこれだけ充実した設備であれば、王都だけでなく、隣国からも人が訪れるでしょうね」

「そう期待してるんだけど。まあ一度ドラゴンに潰されちゃったからね。村は直ったけど、また一から人を呼び戻さないといけないわ」

「そのために私が来るよう仕向けたのは、フラウ様ですよ?」

「そうだったわね」


フフフ、とルーシェが笑みをこぼした。

フラウも得意げに笑っていた。


ルーシェは一息つくと、『んー』と声を漏らして体を伸ばした。

長旅の疲れもあったのだろう。実に気持ちよさそうな表情を浮かべている。その表情が一際色っぽい。

フラウを含め、ルーシェを除いた四人は一様にその様に見惚れてしまった。

その視線にハッとしたのか、ルーシェは周囲に視線を巡らす。しかし全員が驚異的な反応速度をもって既に視線を別の方向へと向けていた。


そうしてゆったりした時間が過ぎて行く。


「そう言えばフラウ様。ここはドラゴンが落ちた場所かと思うのですが、あの後ドラゴンはどうなったのでしょうか?」


ルーシェはここに向かう途中に抱いた疑問を口にした。


初めはここがドラゴンの標本でも展示している博物館だと思った。ドラゴンは骨格標本だけでも大変な価値がある。

ルーシェも子供の頃国王と訪れた王都の博物館で目にしたことがあったが、その時の博物館の案内人がドラゴンの説明だけ妙に興奮していたのをぼんやりとだが覚えている。

しかし見た目にはドラゴンの遺骸はどこにも見当たらず、種々様々な浴槽が並んでいるだけだ。

その色とりどりの湯船に興味を惹かれないこともなかったが、それ以上にルーシェはドラゴンの行方が気になっていた。

するとフラウは、人の悪い笑みを浮かべながら呟いた。


「食べちゃった」

「……」


ルーシェは一瞬、その言葉が聞き間違いかと思った。


あの巨体を、処分するためとはいえ食べた。

古今東西、王宮の中で不思議な話は旅人から色々と聞いてきたが、その中にもドラゴンを食べたという話は聞いたことがなかった。

そもそもドラゴンを食すことができるのかすらルーシェは知らない。


元々外に出たこともあまりなかったこともあってか、ルーシェは人の嘘に対して極度に鈍感だった。

だからこそ、目を輝かせたルーシェの反応にフラウは困ることになるわけだが。


「ドラゴンは食べられる生き物だったのですか。今まで色々な方の話を聞いてきましたが、そんな話は初めて聞きました。さすが、フラウ様は色々なことを知ってらっしゃいますね!」

「ま、まあね。色々旅もしたからね」

「まあ。それは素晴らしいです! よろしければ、その旅のお話を聞かせていただいてもよろしいですか? 私、フラウ様のお話すごく興味があります」

「え、えっと……」


ルーシェのあまりの勢いにたじろぐフラウ。ぐいぐいと迫るルーシェの迫力と純粋な瞳にすっかり圧倒されていた。

フラウは助けを求めるようにレイナへと、そしてニナ、チェリスへと視線を彷徨わせる。しかしこれは完全に自業自得だ。調子のいいことを言うからこんなことになるのだ。

フラウはルーシェの対応にすっかり困り果てていた。レイナから助け船が出されたのは、それからしばらく後の事だった。



「それでは、この湯はドラゴンが原因、ということですか?」


困惑気味の表情を浮かべたルーシェの質問に、レイナは頷きだけ返した。

それはイエスを意味する回答だった。


レイナが認めた通り、この湯殿はドラゴンが生み出したものだった。


レッドドラゴンは体内に高温を宿している。それは死した後も変わらない。

その特性を利用して、熱耐性を備えた武器や防具などが作られるほどだ。勿論それらは普段お目に掛れない程の希少価値を備えている。

フラウたちも当初はドラゴンの体を武具の素材にすることで、少しでも村の修繕に役立てるつもりであった。しかしフラウの攻撃で大穴を穿たれたドラゴンの体は、そこから漏れ出た血液によって大地を溶かし、身体ごと地中深くへと沈んだのだった。

そして丁度そのドラゴンの沈んだ場所が、この付近の水脈の通り道だったのだ。


ラウルホーゼンの井戸から汲み上げられる水が人肌ほどの熱を帯びている事が分かったのは、復興作業が始まってほどなくしてだった。

当初はその原因がわからなかったこともあり、ドラゴンを殺した呪いだと騒がれもしたが、ドラゴンの遺骸が原因だとわかれば村人が慣れるのは早かった。

寧ろ手軽に湯を手にできることに喜ぶ声も多かったほどだ。

水を手に入れるのに比べ、湯を作る方が何倍もエネルギーがいるので、それも当然と言えた。

そのことがきっかけとなって、他に類を見ない程巨大で設備の整った湯殿が開発されるに至ったわけだ。


勿論他国にも豪華な湯殿は存在していたが、何といってもドラゴンの作り出した湯だ。話題性には事欠かない。

村の再建開始から暫くして着手されたこの湯殿の建設は、つい数週前完成したばかりにも関わらず、随分な盛況ぶりだった。女湯は丁度フラウたちの貸し切り状態だったが、男湯は村の建設に携わる男たちでごった返しているはずだ。


「まあ全部私の計算通りよ」


そういってフラウは高笑いを上げる。その様子に皆は白い眼を向けたのだった。


「ちなみにドラゴンの骨はあそこ」


そう言ってフラウが少し離れた部分の天井を指さすと、骨のようなものが広がっている。ちょうどドラゴンの肋骨が男湯と女湯を隔てる壁から左右に伸びているようだ。

今いる場所には天井があるが、どうやら露天風呂と言われるエリアは天井がドラゴンの骨になっているらしい。空の景色も味わえ街の明かりの少ないラウルホーゼンでは、星空も綺麗に見えるためすでに人気となっている。


「じゃあそろそろ私たちは上がらせてもらおうかしら」

「そうね。流石に火照って来ちゃったし」


ルーシェがその光景に目を見開いていると、フラウとレイナは湯船から立ち上がった。

湯から上がった二人の体が露わになる。


普段ひらひらとした衣装を身に着けることが多いフラウだったが、改めてみるとその手足はよく引き締まっており、余計な脂肪は一切ついていない。

魔導士のように主に魔法を使用するような者は、基本的には体を動かすより頭を動かすことが多い。ニナなどは別に太っているわけではないが、フラウのように引き締まっているかというとそんなことはなかった。


この場合はむしろ、フラウの方が例外だ。だからニナはこうしてフラウの体を見ると、どことなく羨望の眼差しを向けてしまう。

そう思うのはニナだけではなかった。

ルーシェも、レイナのほっそりとしながらも、しっかりと筋肉のついた手足を同じような目で見ていた。

腰まで伸びるブロンドの髪がまた扇情的だ。

フラウと違ってレイナは出るところもしっかり出ている。ルーシェとしてはむしろそこに視線が注がれていた。


「それじゃあ先に出とくわ。先にニナの家に行っとくから、ちゃんと二人を連れてきてね」

「ちょっと。何で私の家なのよ! あんたの家にしなさいよ!」

「えー。だってニナの家の方が広いじゃない」

「だからあれほど広い家にしとけって言ったじゃない! どんだけ人の話を聞かないのよ……」

「えへへへ」

「褒めてないわよ!」


ニナは顔を赤くしながら怒りを露わにするも、フラウはどこ吹く風とばかり気にした風もない。

そんな不毛なやり取りをさっさと切り上げ、フラウは挨拶だけ残してさっさと行ってしまった。

レイナは苦笑いを浮かべながら湯殿に残る三人に軽く手を振り、フラウの後を追った。

残された三人は、相変わらずのフラウの様子に溜息を吐く。


「フラウ様、相変わらずですね」

「ええ。こっちは振り回されてばっかりだけど……」


ニナは疲れた顔で肩を落とした。

以前も王都でこのような光景を見た気がするが、今それを口にするのは火に油を注ぐようなものだ。

ルーシェとチェリスはその話題には触れず、ゆっくりと肩まで湯につかり長い息を吐くのだった。





宵闇のころ合い、湯上りの体に風が心地よい。周囲の建物からは徐々に明かりが漏れ始めていた。

湯殿を出たルーシェたちは、そのまま真っ直ぐニナの家へとたどり着いた。


ニナの家は貴族が住むには聊か小さいものだったが、この村の基準からすると随分と大きい。

二階建ての建物は一階に二つ、二階に四つ、計六つの窓が見える。一階の中央は大き目の扉が設えられていた。

どうせフラウが入り浸るだろうからと、初めから大き目に作ったらしい。殆ど建設はニナのゴーレムが行っているので、多少の融通はきくのだ。

フラウも魔法を使えばそれくらいできるそうなのだが、どうやら本人にその気はないらしい。案の定、現在はほとんどニナの屋敷に入り浸っていた。


今は一階の一部屋に明かりがついている。

ニナは扉を開けて二人を招き入れた。


「おかえりなさい。ニナ様」

「ただいま」


三人を出迎えたのは黒髪が艶めく女性。年のころは二十代後半程度で、美女と呼べるだけの器量を備えている。黒のワンピースに白のエプロンという格好だ。

それはフラウが王都でパン屋を行ったときに使用していた給仕服だった。

給仕服を着たその女性が、恭しく頭を下げた。


「おや? あなたは確か……」


チェリスが女性の顔を見て何かに気づいたのか、訝し気な表情になった。

一方ルーシェは何故チェリスがそんな反応をするのかわからなかった。しかしすぐにその答えがニナから返ってくる。


「チェリスは知ってたっけ? 彼女はグリエラ。この村にドラゴンをけしかけた女性よ」

「ドラゴンを!? それは、大丈夫なのですか?」

「……」


驚いた様子のルーシェと厳しい視線を向けるチェリス。

そんな二人にグリエラは申し訳なさそうな表情を浮かべるだけだった。


「大丈夫。今はそんなことしないから。グリエラ。この二人は――」

「存じ上げております。この国のお姫様と御付きの方、ですわよね?」


ニナの言葉を遮ってグリエラが言葉をつづけた。


「グリエラ・フォン・シュトーレンですわ。以後お見知りおきを」


再び深く腰を折る。

グリエラが顔を上げた後、ルーシェも丁寧にお辞儀を返した。


「初めまして。ルーシェ・エル・リヴァレストです。一応今回は、ラウルホーゼンの観光大使の名目で来ました」

「私はチェリス・グレイストーンです」


ルーシェは人好きのする笑顔を浮かべているが、チェリスは疑わしいまなざしを向ける。グリエラの事を直ぐに信用したわけではないらしい。

グリエラもそれはわかっているので、チェリスの態度に何も文句は言わなかった。


二人は促されるままにニナの邸宅へと足を踏み入れる。

入り口直ぐには階段が設置されており、左右には一つずつ扉があった。その奥にも廊下は続いているようだが、今は暗くてその先の様子はうかがえない。周囲には何も装飾品はなく、貴族の館にしては非常に簡素な印象だった。

まだ建って間もないという言葉通り、新築独特の木の匂いが鼻に届く。ルーシェにとっては初めて嗅ぐ香りだったが悪い気はしなかった。


グリエラは明かりのついていた方の部屋の扉を開け、中へと入っていく。

ルーシェはその行動に不可解さを感じたが、ニナはそれを咎めることはなかった。

ルーシェが疑問に思ったのも無理はない。給仕服を着ているのでグリエラの事を侍女だと思っていたのだが、王宮ではあまり目にしない作法だったからだ。

この家の家長はニナだ。であれば、まずニナが先に部屋へと入るべきだと。

とは言え屋敷の主人によって考え方はまちまちで、強制力のある話でもない。

ルーシェはニナの性格を考え特におかしな話でもないと勝手に納得してその疑問を意識から外した。


実際問題、グリエラは元貴族だ。礼儀作法は弁えているものの、侍女としての振る舞いを教え込まれてきたわけではない。

フラウの寛大であり、ある意味いい加減な措置によって、一先ずグリエラはニナの侍女という仕事が与えられたのだが、当然それを器用にこなすことができるはずもなかった。

そこはニナの性格もあって、現状特に問題となってはいない。


しかしそれは相手が貴族でない場合だ。もし今後ルーシェ以外の貴族が来客した際に同じような振る舞いをするのであれば、それはニナの立場上決してよろしいとは言えない。家長の名に傷がつきかねないからだ。

今度実家から侍女を呼んで特訓しようかと、ニナは密かに思うのだった。


三人はグリエラの後に続いて部屋へと入った。部屋の中にはフラウとレイナが椅子に座って談笑していた。

するとレイナが三人に気づいて声をかけた。


「姫様。遅かったですね。気持ちよかったですか?」

「ええ。いいお湯でしたのでつい長居をしてしまいました」


ルーシェははにかみながら用意された椅子に座った。

ニナとチェリスも空いた席に腰かける。


「さて。それじゃあささやかながら、ルーシェの観光大使着任のお祝いでもしましょうか。料理もちゃんと作ってるのよ。グリエラ―」

「……」


呼ばれたグリエラは無言で料理を運んでくる。

色とりどりの野菜のサラダ、煮た芋をつぶして丸めたもの、魔獣の肉と豆を煮込んだスープ、そしてこの村で焼かれたトノア特製のパンがテーブルの上に次々と並べられていった。

そのどれもが香ばしい匂いを放っており、食欲をそそる。

村の店で色々買い食いをしていたルーシェだったが、思わずお腹が小さな音を上げる。頬を少し赤らめたが、それを指摘するものはこの場に誰もいなかった。

その場にいた皆がルーシェと同じ気持ちだった。


「これはグリエラさんが作ったのですか?」


チェリスがその出来栄えに感嘆の声を上げ、グリエラに問いかけた。

これだけの料理を作れるのであれば、礼儀の一つや二つ、そこまで煩く言われないかもしれないと思ったのだ。しかしグリエラから返ってきたのはそれを否定する言葉だった。


「いいえ。私が作ったわけではありませんわ」


その言葉尻には貴族であったときの名残が感じ取れた。

チェリスは首を横に振っているグリエラに向かって、『それじゃあ』と言いかけた所で、レイナが言葉を発っした。


「それを作ったのはフラウよ」

「フラウ様が?」


その言葉にルーシェは疑問を、しかしチェリスは妙に納得したように首肯していた。


「そういえばチェリスは前に旅をしたとき、私の料理を食べたわね。ルーシェは丁度その時寝てたから」

「え? いつですか?」

「賊に襲われた後、たどり着いた宿屋でです。ルーシェ様はその後すぐに寝てしまいましたので、その時に少し頂いたのです」

「まあ保存食みたいなものだったんだけどね」

「保存食などと! 魔法を使って保存していたのでしょうが、ちゃんと暖かいスープでした。あれは本当においしかった」


チェリスは目を瞑ってその時の味を思い出しているのだろう。恍惚の表情を浮かべていた。

ルーシェは自分の寝ている間に起きていたその事実に、頬を膨らませて詰め寄った。


「ずるいです! チェリスだけそんなおいしいものを食べてるなんて」

「何をおっしゃいます。ルーシェ様もフラウ様からパンを頂いていたではありませんか」

「そ、それは……そうですけど」


ルーシェはバツの悪そうな顔で視線を反らした。

本当の事を言われて言い返せなくなったようだ。そんな二人を眺めながら、フラウは両の掌で音を鳴らした。

その合図で皆が意識を戻した。


「さあさあ。冷めないうちに食べましょ。粗末な料理だけど、楽しんで食べてもらえたらうれしいわ。一応これでも、料理に関してはトノアの兄弟子なんだからね」

「あんた何でもやってるわね……」

「えへへー。そうでもないよー」

「別に褒めて……るわね。これは」


ニナはげんなりした表情でフラウを見た。

ニナもフラウとは結構長い付き合いだと思っていたが、まだまだ知らない一面があるものだと驚かされる。しかも一々クオリティが高いから尚更だった。


「それじゃ、楽しんで召し上がれ」

「はい。精一杯楽しませて頂きます」


ルーシェは力一杯の意気込みを告げ、真剣な眼差しをフラウへ向けた。

その様子にフラウは苦笑いを浮かべる。


「あー。私もお腹減ったわ。フラウの料理食べるの、今日が初めてなのよね。チェリスがそんなにおいしいっていうなら、私も期待しようかしら」

「ニナは初めてなのね。私もフラウとは結構な付き合いだから何度も御馳走になってるけど、ほんとおいしいから期待してて」

「私も楽しみです」

「私は以前いただいてますので。今回はゆっくりと味わわせていただきます」

「はい。どうぞー」


フラウのその言葉で皆がテーブルに広げられた料理に次々手を伸ばす。

スープを口に含んでは頬を緩ませ、サラダの新鮮さと食感に感嘆の声を上げた。パンを千切っては食べ千切っては食べを繰り返す。

皆それぞれ料理を食べるたび、好意的な感想を口にしてくれた。


ふとフラウが背後にいるグリエラの方へ顔だけを向ける。


「グリエラ。何ぼさっと立ってるのよ。あんたも早く座って食べなさいよ」

「わ、私は……」

「そうね。あなたも早く座って食べなさい。本当においしいから」

「そうです。美味しいですよ!」

「さあさ。早く早く」


席を立ったフラウに無理やり押される形で椅子に座らされる。

そして皆が見守るなか、目の前のスープに口を運んだ。


「!」

「どう? おいしい?」


それは今まで食べた料理の中で一番温かくておいしかった。


家族で食事をした思い出がほとんどないグリエラにとって、ずっと付き従ってくれていた黒服たちは家族同然だ。しかし彼らと共に食事をした記憶はグリエラにはなかった。


今はこの村の建設に協力して別々に生活をしているが、彼らの事を考えない日はない。

そんな状況にありながら、自分だけこんなにもおいしい料理を食べていていいのだろうか。自分だけこんないい待遇を受けながら働いていていいのだろうか。黒服達と一緒に村の建設に協力する方がいいのではないのか。

そんな考えが何度も頭を廻り、その度口にしたが、毎度黒服たちはグリエラの言葉を認めなかった。それは主に対しての彼らの初めての否定だった。


黒服たちの反応に、グリエラはどこまでも主として厳格でなければならないと改めて意識を強くした。彼らを導くために先導しなければならない。

だからこそ、この料理を素直においしいと思ってしまった自分に、家族の温もりを感じてしまった自分に、どこか後ろめたさを覚えていた。


フラウがそっとグリエラの肩に手を置いた。


「あんたは今、部下たちに悪いと思ったのかもしれないけど、それは違うわ。あんたの部下たち、みんなあんたに幸せになってほしいって私に懇願してきたのよ。だから私はあんたの処遇を考えて、ニナの侍女に選んだ。ここにいれば、お家再興の目的を常に思い描いていられるんじゃないかと思ってね」

「私は……。本当は、家族のぬくもりが欲しかったんですわ。お家再興なんてどうでもよかった。彼らと一緒にいられる場所が欲しかっただけ。でも、今このスープ一杯を飲んだだけで家族の温もりを感じてしまった。彼らにではなく、ね」


グリエラは自嘲するような笑みを浮かべた。

彼女からすると、それは裏切り行為だったのだろう。そんなグリエラに対して、フラウは言葉をつづけた。


「なら、あんたも彼らと同じ事考えてたのね」

「え?」


フラウの言葉に、グリエラは思わず顔を向けた。

真剣な表情で、言葉を紡ぐ。


「言ったでしょ? あんたの部下たちは、あんたの幸せを願っていたって。あんたがお家再興に憑りつかれたように拘ってたから、彼らはあんたを手伝ってきた。でも別にそれが必要じゃないなら、それを忘れて暮らしたらいいわ。それこそ、家族としてね」

「……」


グリエラの口から言葉は出なかった。

代わりに一筋、涙がツーっと頬を流れる。堪えきれず、顔を背けて俯いてしまった。

フラウは強い力でパンパンと手のひらを叩く。


「ささ。今日は一応お祝いなんだから、湿っぽい空気はなしにしましょ。冷めないうちに、料理を食べなくちゃね」


そうして皆が食事へと戻る。


その日の夕食は賑やかなものとなった。

貴族に連なるものが多い中、食卓では恥も外聞もなかった。皆等しく平等に、分け隔てなく会話を楽しみながら、心行くまで料理を満喫したのだった。そしてその時は誰もが笑顔になった。


こうしてルーシェのラウルホーゼン滞在がスタートした。

今後は一週間ほど村に滞在し、まずこの村を知ることから始める。そして王都でラウルホーゼンの噂を広めるのだ。


姫様が言うならその話の信頼性は疑いようがない。ましてルーシェは多くの国民に慕われている。ラウルホーゼンは絶大な後ろ盾を得た訳である。

フラウは今後の村の発展を思い、密かに心の中でほくそ笑むのだった。


そしてルーシェは、その日が今までの人生の中で一番楽しい日となった。色々なものを見て、色々なものを食べて、色々な話を聞いた。初めて尽くしの経験にルーシェの胸は躍りっぱなしだった。

そして今後待っているであろう楽しい未来に思いを馳せながら、ゆったりと眠りにつくのだった。

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