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お姫様の久々な冒険

いやいや。

引っ越しとかでバタバタしてたらすっかり久々な投稿になってしまいました。

ほんとダメダメですね。。。


気を取り直して、またちょこちょことお話を投稿していこうと思ってますので、

コメントや文句、指摘、その他もろもろあれば、気軽にお返事ください。


一応ドラゴン襲来編ということで、次で一部終了の予定です。

一部終了ですが二部も続ける予定なので、お暇ならお付き合いください。

「ここに来るのも久しぶりですね」

「そうですね」


ルーシェの言葉にチェリスが頷く。

馬車から降りた二人はラウルホーゼンの門を見上げていた。


この村に来るのはドラゴン騒動から三ヶ月ぶりだ。

最後に見た光景は、炭化した木材や穿たれた地面が広がる廃墟だった。

しかし二人の視界に映ったかつての廃墟は、すっかり元通りの姿となっていた。

いや、元通り以上の姿に生まれ変わっていた。


メインストリートは以前と変わらず、道を挟んで左右に店舗が建ち並んでいる。しかし前に比べて少しだけ建物全体が豪華になっているような気がした。

周囲に視線を巡らせる限り、どうやら村全体の面積が前と比べてかなり広がったようだ。恐らく王国から提供された復興資金を使って土地を開墾したのだろう。

そして何より目を引くのが、一際とびぬけて高い純白の豪奢な建物。


「あれは……何なのでしょうね」

「さあ。私にもわかりかねます」


ルーシェとチェリスは揃って首をかしげた。

二人の目に映るその建物は、貴族の館と言われても納得してしまいそうな程に煌びやかだった。だから尚更この村に似つかわしくない様相を呈している。


するとそんな二人の姿を見つけたニナがパタパタと駆け足で近寄ってきた。相変わらず背が小さいので、走る姿も愛らしい。

ルーシェはその様子に笑顔を返し、チェリスは頭を下げる。


「ルーシェ様。お元気そうで。随分早かったですね」

「ニナも元気そうでよかったです。今回は依然と違って正式な公務なので、張り切って来ました」

「そうですね。今日が初めての公務ですもんね。チェリスの方はその後変わりない?」

「はい。国王様の罰も二か月ほどの謹慎で済みましたので。周囲からの視線は相変わらず厳しいですが、フラウ様のおかげでこの通り、姫様の側仕えとして働かせていただいております。私にはそれだけで十分すぎます」


チェリスの晴れやかな笑顔に、ニナは今回のフラウの決断がいい方向に進んだことを実感した。



ーー三ヶ月前の謁見の間


「して、もう一つの願いとは?」

「もう一つのお願いは、ルーシェにうちの村の観光大使になって欲しいの」

「観光大使……とは?」


フラウの言葉に国王は困惑した表情を見せた。しかしそれは国王だけではない。周囲の誰もが同様の反応を見せていた。

するとフラウが説明を付け加える。


「えっとね。観光大使ってのは、ある特定の街とか村なんかの宣伝を、名の通っている人にお願いすることなの。どっかの国でやってるらしいんだけどね」

「その観光大使とやらをルーシェに任せたい、と言うことなのか?」

「その通り!」


フラウがズビッと人差し指を国王に突きつける。

ニナはバツの悪そうな顔で視線を背けた。


「フラウ様。そのかんこう……たいし? と言うものは、一体何をすれば良いのでしょうか?」

「そうね。何すればいいんだろ。私もわかんないわ」


あははとフラウは笑い声をあげた。

皆のフラウを見る目が妙に冷たかった。


「村の宣伝をしてもらうのならまず村を知ってもらうところから始めたらどうかしら?」

「そう。それよ!」


助け舟を出したニナにズビッと人差し指を向けた。

ニナは呆れ顔でフラウを見ていた。


「でもラウルホーゼンは今や廃墟同然じゃない。そんな村の何を知ってもらうわけ?」

「それは問題ないでしょ。国王様が復興資金を出してくれるんだから、それを使ってちゃっちゃと村を再建させればいいのよ。そしたらルーシェに村に来てもらって、ラウルホーゼンがどんな村かを知ってもらう。それを王都の民に喧伝してもらう。王都から多くの人がラウルホーゼンに訪ずれるようになる。ね。完璧でしょ?」


フラウの完璧が何を指しているのかよくわからなかったが、言わんとすることはなんとなく理解できた。

国王は玉座から皆を見回すと、小さく咳払いをした。


「ではルーシェ。お前はラウルホーゼンの観光大使となりなさい。村が再建されたらラウルホーゼンへと赴き、見聞を広めて来るといい」

「お父様! よろしいのですか⁉︎」


国王の言葉にルーシェは目を見開いた。

今までずっと城の中に閉じ込められていたも同然なのだ。その言葉がよほど信じられなかったのだろう。

しかしルーシェのその反応に国王は柔らかな笑みを浮かべながら頷きを返した。


ルーシェは飛び跳ねそうな程に歓びを感じていたが、思いとどまりチェリスの方を見た。チェリスはまるで自分のことのように顔をほころばせ、ルーシェに微笑みかけた。

しかしルーシェはその様子を見て辛そうな表情を浮かべる。


「ルーシェ様。これでようやく、ルーシェ様の念願が叶いますね。今度は何の臆面もなく、大手を振って外へ出ることができます。ですから、そのようなお顔はしないでください」

「ですが……」


ルーシェは泣きそうな顔でチェリスの服をキュッと握った。

国王へと振り向くが、国王はそんなルーシェに何も言わなかった。チェリス自身もルーシェを諌める。

ルーシェは先ほどの喜びが嘘のように肩を落としてしまった。


「そうそう。言い忘れたことがあったんだけど。国王様、一つ条件を付け加えてもいいかしら?」

「条件?」


フラウの突然の言葉に視線が集中する。

フラウは微笑みながら口を開いた。


「ルーシェの側仕えには、チェリスがつくこと。これが条件よ」

「フラウ様!」


ルーシェとチェリスは驚き、目を丸くした。

対して国王は渋面になる。


フラウの申し出はつまり、今回のチェリスの行いを見過ごせと言うことだった。

しかし国王として彼女に何も処分を下さないのは体裁がよろしくない。それは王の沽券に関わることだ。


「その条件を受け入れるのは、些か難儀だな。それを許してしまっては、この先起こる様々な問題に悪影響が出かねない。今は小さなことでも、いずれ私の進退に関わる可能性すらある。国の英雄の頼み、叶えてやりたいのは山々だが、私の立場も察してくれぬか」

「何でよ。チェリスはルーシェの願いを叶えてあげようとしただけじゃない。それを咎められるなんてあんまりよ」

「フラウ様。よろしいのです。私は与えられた責任を果たさなかった。だからこそ国王様は私に罰を与え、私はそれを甘んじて受けなければならないのです」

「チェリスの言う通りだ。それがこの国を守るための手段であるのだ。どうかわかってくれ」


国王の答えを聞いても納得を示さないフラウは、しかし厳しい視線を向けるだけで何も口にはしなかった。


フラウも馬鹿ではない。

国のトップとして周囲に弱みを曝すわけにはいかない。国王の考えは十分理解できるものだ。

しかし短いながらも共に旅をした間柄。このままチェリスとルーシェが離れ離れになることはどうしても避けたいのがフラウの気持ちだった。


「いいわ。そこまでしてチェリスが罰を受けなければならないのなら、ルーシェの側仕えから解任して頂戴。そしたらチェリスは無職になるわけだから、ラウルホーゼンで雇わせてもらうわ。それなら文句ないでしょ?」

「チェリスの任を解き、王都から退去させる……と言うことか」


国王は低く唸った。

確かにフラウの言う通り、チェリスを王都から退去させれば、体裁を保つのに十分な罰と言える。

しばらくの間は王都へ立ち入ることはできなくなるだろうが、そこはあまり問題にはならないだろう。何故ならルーシェはラウルホーゼンの観光大使となるのだから。

今後ちょくちょくラウルホーゼンへ行くこともあるだろうから、その際に会えば何も問題はない。


フラウの考えは、国王にとっても妙案に思えた。


「チェリス。お主はどうだ? 今の提案に異論なければ、私もそうしたいと考えておるのだが」

「私は……」


チェリスは王に対して頭を垂れながら、言葉を紡ごうと口を動かす。しかし中々言葉が出てこない。

正直なところ、このまま王都から、ルーシェから離れたくはなかった。

しかし現状、たとえ罪が軽くなったとしても、再びルーシェの側仕えとして取り立てられることはまずない。

ならばこの提案を受け入れて少しでもルーシェと会える機会を作ったほうがいいのではないか。


二度とルーシェと会えなくなってもおかしくない状況で、確かに妥協案として申し分のないものだった。

チェリスは決心を固め、口を開いた。


「国王様。そのお話、謹んでお受け――」

「ダメです!」


横から言葉を挟んだのはルーシェだった。

普段出さないような大きな声で、チェリスに対して怒りの表情を向ける。


「ダメです。私のそばから離れることは絶対に許しません!」

「ですが、ルーシェ様……」

「ダメなものはダメなんです!」


ルーシェは目に涙を溜めながらチェリスの顔をじっと睨みつけた。不安や焦燥からか唇を噛み締めている。

チェリスは自分にしがみつくルーシェに対して、どう対応していいかわからなかった。

するとその様子を見かねた国王がルーシェに言葉をかけた。


「ルーシェ。今回の件は確かにチェリスに大きな責任がある。だがそれは何もチェリスだけが責められることではない。そもそもの発端はルーシェ、お前なのだ。だからチェリスへの処罰はお前への罰でもある。その事を肝に命じておけ」

「お父様……」


国王の重い言葉に、ルーシェもそれ以上言葉を継げられなくなった。

彼女自身、自分のせいでと言う思いがないわけではない。寧ろそれが原因だとわかっていたからこそ、チェリスへの処罰をなんとかしたい気持ちが強かった。

しかしルーシェの立場からして、自分一人だけが責任を取れば済む話ではないのだ。そのことも理解していたからこそ、自分でもどうしていいかわからず、結局無理を言うしかなかった。


「国王様。お説教の途中で悪いんだけど」

「む? どうかしたかな?」


突然言葉を発したフラウに国王の注意が向いた。

それを見て取って、フラウは次の言葉を続ける。


「そもそもの発端は国王様だと思うんですけど」

「私……だと? それは一体どう言うことだ」

「そもそもルーシェがこんな行動を起こすきっかけとなったのは、国王様がルーシェを厳しく縛っていたからじゃないの? ルーシェにもっと色々させてあげれば、こんな強硬手段に出ることもなかった」

「しかしそれは――」

「国王様がちゃんとルーシェを見てあげてたら、こんなことにはならなかった。確かに国王は国の代表で大変な仕事だと思うわ。けどルーシェがあなたの子であると言うこともまた事実よ。自分の娘の面倒も見れないで、この国を守っていけるなんて、ちょっと考えが甘いんじゃないかしら?」

「……」


周囲の誰もが、そのあまりに無礼な発言に凍り付いた。フラウの言葉は、一国の国王を馬鹿にした発言だ。よくて投獄、悪くて死刑もあり得なくはない。


フラウの言葉を聞き終えた国王は、ゆっくりと目を閉じた。

フラウはじっとその様子を見守った。やがて国王はおもむろに目を開く。


「救国の英雄でなければ、その無礼極まる発言、この場で切って捨てていたところだ。しかし久々に私が一人の親であると言うことを、思い出させてくれた。今の発言は聞かなかったことにしよう」


玉座から立ち上がった王は、徐に目の前の英雄に対して頭を下げた。

その前代未聞の様子にニナやチェリスは慌てふためき止めようとする。

しかし直ぐにを上げた国王は、続いてルーシェへと向き直った。


「ルーシェ。お前には辛い思いをさせたな。母もおらず、父も満足に愛情を注いでやることができなかった。不遜な父を許してくれ」

「お父様……」


再び深々と頭を下げる。そして最後にチェリスへと向き直った。


「チェリス。いつも寂しい思いをさせていたこの子を、常にそばで支えてくれて感謝する。本来親である私の役目をお前にすっかり押し付けてしまったな。今回の処遇、体裁がある故お前への処罰を取りやめることはできない。しかしその処罰の後はルーシェとともに観光大使としてラウルホーゼンの喧伝に努めてほしい。些か、この子だけでは心許ないのでな。これからもこの子のそばで支えてやってくれ」

「国王様! 顔をお上げください!」

「いや。どうか頭を下げさせてほしい。これは王としてではなく、一人の親としての感謝なのだ。どうか受け入れてくれ」

「……国王様。わかりました」

「ありがとう。して、先ほどの返事を聞かせてほしい。ルーシェのことを、これからも任せて良いか?」

「勿論です。国王様」


チェリスは力強く頷いた。その応えに国王は満足げな笑顔を見せた。

するとルーシェは勢いよく国王へと飛びついた。


「お父様。ありがとうございます!」

「はは。まさかお前に感謝されるとはな。父親として、娘と接するのも悪くないものだ」


そう言って、愛おしそうにルーシェの頭を撫でた。

ルーシェは父からの初めての愛情表現に一瞬体を強張らせたが、やがてその行為を受け入れた。

不意にフラウと視線が合う。

フラウはルーシェに一つ、ウィンクを投げた。ルーシェはフラウに笑顔を返したのだった。





「ひょっとするとフラウ様はこうなることがわかっていたのかもしれませんね。チェリスがラウルホーゼンに行く案を出せばお父様はそれを受け入れる。そして私がそれを止めると」

「そうかもしれませんね。半ば無理やりな理屈のような気もしますが、国王様を見事納得させられました。普通なら不敬罪になるようなことを平気で申されていましたし、国王様の性格を看破していなければ、とてもじゃないですがあんな事は口にできません」

「まあフラウは昔からめちゃくちゃなところがありますからね。単に何も考えてないだけかもしれないですけど」

「ふふ。フラウ様ならそれでも何とかしてしまいそうですけどね」


ルーシェ、チェリス、ニナは並んで通りを歩きながらそんなことを話していた。


「所でニナ。その喋り方はどうしたんですか? いつもはもっと気楽な感じで話してくれているのに」

「それは私も気になりました」


チェリスも同意する。

ニナはバツの悪そうな表情で二人を見た。やがて重々しい口を開く。


「ええ……。あの後国王様に呼ばれて村での出来事を色々と話したんですが、ルーシェ様に話すのと同じように気軽な感じで話しちゃったんです。謁見の間でもフラウにつられて軽い感じで話してましたから。勿論国王様はそれで何かを言われたわけではないのですが、どうやらうちの親にその話が入ったらしくて。久々に本家に呼び出されて延々とお説教を……」

「あー」


ニナの家が厳格な家柄であるということは勿論二人は既知の事実だ。

その死んだ魚のような目を見ただけで一体どれだけの目にあったのか、想像に難くなかった。


「それで普段から言葉遣いを改めるよう言われたわけですね。せめて私には普通に話してもらいたいのですが」

「ルーシェ様。それが一番ダメなのでは? この場でニナ様が言葉遣いに気を付けなければいけないのは、ルーシェ様だけなのですから」

「あら。そうですね」


ルーシェは少し残念そうな笑みを浮かべた。

ニナはその表情を見て、少し申し訳なく思う。自分の行いで姫様の表情を曇らせた、ということ以上に、友達を悲しませてしまったことが心に痛かった。

ニナはこんな堅苦しい事は今すぐ投げ出したい思いに駆られたので、一つ静かに深呼吸すると、きゅっと顔を引き締めた。


「もういいや。やっぱり面倒だから、これからは普通に話すわ。だって、友達と話すのにそんな話し方はいやだもの」

「ニナ……。ありがとうございます。ですが、お父様の前では慎んでくださいね」

「……肝に銘じておきます」


ルーシェはニナがいつも以上に小さくなったように見えた。



ルーシェは周囲の家に目を向けながら、時折感嘆の声を漏らした。王都とは違う景色に新鮮さを感じていた。


三ヶ月前と比べると見事なまでに家々は元通りになっていた。細かな装飾や建物の意匠、大きさなどは若干豪華になったようにさえ感じられる。

前に村を訪れた時は早々にドラゴンの襲来に巻き込まれたこともあり、十分街並みを見る余裕がなかった。ルーシェにとっては、今回の観光大使としての外遊が初めてこの村を楽しむことのできる機会なのだ。


すると以前ルーシェが訪ねた人形の店が見えた。

以前は村の入り口近くに店を構えていたと思うが、どうやら場所を移したらしい。店の外観も前と少し変わったようで、しかしあの時の女店主が店の前で掃除をしていた。

ルーシェが声をかけると、店主は振り向いて笑顔を見せた。


「こんにちは」

「ん? ああ。あの時のお嬢さん。いやー。あの時は折角の観光だったのに残念だったね。ドラゴンなんか来ちゃってほんと」

「本当です。でもこうしてちゃんと戻ってこれたのでよかったです」

「そうだね。もうすっかり元通りだし。それにあれだけの騒ぎで誰も犠牲者が出なかったのはほんと奇跡だよ。そうそう。あの時は村人の避難を手伝ってくれてたよね。村人の代表ってわけじゃないけど、ほんとうにありがとう。キミたちの誘導がなかったら、もっと被害が大きかったはずだから」

「いえ。当然のことをしたまでです」


どうやら店主はチェリスの事を王女だと気づいていないらしい。避難の際に一応説明をしたのだが、聞かなかったのかもしれない。


ニナとチェリスも会話に加わり、その後四人は暫く談笑し店を後にした。

去り際に店主は人形を三つ差し出すと、一言『お守りだよ』と笑顔で手渡した。

三人も笑顔で受け取り、ルーシェは『また来ます』と別れの挨拶をした。


三人はその後も村の露店を廻りながら、一口大の丸いケーキやラウルホーゼンでとれた野菜で作ったジュースを飲みながら村を散策した。

一通り観光を楽しんだルーシェは、この村に着いた時から気になっていた疑問を口にする。


「そういえばあの大きな白い建物は何なのですか?」

「それは私も気になっていました。ニナ様。よろしければ教えていただけないでしょうか」


二人は離れた所に見える建物を指さしながら聞いた。

場所としては丁度ドラゴンが落ちた場所あたりだ。そこに建つしっかりとした造りの豪華な建物。

周囲の風景にそぐわないその巨大な建造物は、近づくにつれて異様さを増していた。


ニナは当然とばかりにその質問を予想していたのか、少し厭らしい笑みを浮かべながら二人に視線を向けた。

件の建物を指さしながら、


「あれはこの村の新しい名物なんだけど、行ってみる?」

「はい」「勿論」


間髪入れない二人の返答に満足したニナは、意気揚々と問題の建物へと案内した。


十分くらい歩くと、一行はようやく建物の前へと到着した。

入り口は金細工で彩られた貴族風の造りの門。そこから両端に長く白い壁が続いていた。暫く先で途切れているようだが、かなりの長さが見て取れる。

その壁の内側に収まる建物も白一色だ。唯一天頂の一部だけ金があしらわれている。

意匠だけ見れば小型の宮殿と言ってもおかしくはない。

だからこそ、今通ってきた村の風景と比べると余計に不思議な印象を覚えた。


まるで貴族が住まうようなその建物は、しかし大勢の旅人が出入りしていた。

それがまた違和感を感じずにはいられない。


「随分と旅の方が入っていかれますが。ここはフラウ様のおうちではないのですか?」

「え? そんなわけないじゃない。フラウはこんなごたごたした家に住みたがる娘じゃないわよ」


ルーシェはどうやらここがフラウの新居であると考えていたようだ。

この建物は貴族の館。だがこの村に貴族はいない。となると、この村の代表であるフラウが住むための家だ、と思ったわけだ。


しかしただの村でそんな立派な建物を、いくら村長であっても建てるはずがない。それはどの村でも同じことだ。

とは言え王都から外に出ること自体、ルーシェにとってこれが初めてといっても過言ではないのだ。勿論そんな一般的な知識など持ち合わせているはずもない。


ニナは二人を引き連れて中へと足を踏み入れた。

すぐ目の前に現れたのは円形の巨大なロビーだった。そのロビーの中央にはこれまた円形のカウンターが設えられている。

その奥には観葉植物が並べられており、そこからさらに左右へと道が伸びている。

片方は青、もう片方は赤のカーペットが敷かれていた。


カウンターには二人の女性がおり、何やら受付をしてから旅人は通路へと進んでいた。

その光景を見ても、二人はここが一体何の施設なのかまったく見当がつかなかった。


「ニナ。ここは一体どういうところなのですか?」


たまりかねたルーシェはニナに尋ねた。

ニナは手招きをしてカウンターまで二人を誘導する。


「こんにちは」

「あら。ニナさん。いらっしゃいませ」


カウンターの二人が快く挨拶を返した。制服を着こなした店の店員といった感じだ。

そのことから、ここはどうやら何かの店であるということが分かった。


「女三人なんだけど、空いてるかしら?」

「ええ。空いてますよ。女性用でしたら、今はフラウさん達が入られてます」

「そう。丁度良かった。じゃあ入らせてもらうわ」

「お連れ様には説明は不要ですか?」

「ええ。私から説明しとく」

「分かりました。それではごゆっくりおくつろぎください」

「そうさせてもらうわ。ありがとう」


ニナは女性から鍵を三つ受け取ると、二つある道の赤のカーペットの方へと歩を進める。

道中先ほど受け取った鍵を二人に渡した。


「ニナ。ここは一体?」


ニナは意味深な笑い声を浮かべると、静かに話し出した。


「ここがドラゴンが落ちた場所ってのは気づいてた?」

「ええ。そのあたりなのではと。ですが、それとこの建物、一体何の関係があるのですか? ひょっとしてドラゴンの遺体を展示して見世物にしているのですか?」

「ということはここは博物館、ということですか」

「違う違う。全然違う」


ニナは手を左右に激しく振って否定を示した。

暫く歩くとやがて通路の終着点へとたどり着いた。そこは開けた空間で、小さな棚がいくつも並んでいる。その棚の各所に鍵穴がついているようで、どうやら先ほど渡された鍵を使用するようだった。


「鍵に番号がついてるから、同じ番号の棚を使ってね。て言っても、一緒に貰ったからすぐ隣だと思うけど」


そう言ってニナは目当ての棚を見つけると、鍵を使って小さな扉を開けた。

ルーシェとチェリスもその様子を真似て棚の鍵を開けた。すると中には簡易な衣服とタオルが入っていた。


「これは?」

「服を脱いでそれを着て。着替えが済んだらあの扉から中に入るのよ」

「え? 着替えるって、今ここで服を脱ぐのですか?」


ルーシェは驚いた。

使用人の前でさえ自分の裸体を晒すことはないルーシェにとって、いくら気心の知れた二人の前でも服を脱ぐ事に抵抗を感じたのだ。

そうこうしているうちにニナは洋服を脱いで棚の中に入っていた簡易の服に着替えていた。

その衣装はニナの小さな体にもぴったりとあっていた。

ルーシェからはニナを見下ろす形になるので、目に映る白いうなじが妙に艶めかしい。


「さ、何やってるのよ。ルーシェも着替るのよ」

「ですが……」

「もう。チェリスはすっかり着替え終わってるっていうのに」

「え?」


そう言われて振り返ると、そこにはすっかり着替えを終えたチェリスの姿があった。

ルーシェの視線の高さは丁度チェリスの胸のあたりだ。そしてその視線の先には、豊満な二つの丘が聳えていた。


「うっ。チェリス、あなた着やせするタイプなのですね……」

「? そうでしょうか」


その意見にニナも同意だった。チェリス自身は全く気付いていないようだが。

二人の白い目に、チェリスはただただ疑問符を浮かべるだけだった。


「ニナ様。ここが何の施設なのか、ようやくわかりました。ここは湯殿ですね」

「流石チェリス。まあここまでくれば分かるかしらね」

「湯殿?」


今度はルーシェがその言葉に疑問符を浮かべた。

湯殿と言えば、自身の住まう宮廷にも設えられている。しかし湯殿は各々専用のものがあるとルーシェは思っていた。最もそれは、庶民の感覚からすると全く普通ではないのだが。

だからこそ、このように複数人が利用できるような湯殿はルーシェにとって信じられないものだった。


「湯浴みは一人でするものではないのですか? 皆と共に行うとは、聞いたことがないのですが……」

「そうでもないです。俗世の民はこういった共同浴場を利用することは多々あります。王都にも一件、同じような建物がありますが、このように立派な湯殿は私も始めてみます。それに設備がとても整っている様子」

「そうなのですか? ……分かりました。少し恥ずかしいですが、郷に入っては郷に従え。私も着替えます!」


そう宣言して、ルーシェは服を脱ぎ始めた。

上着を脱ぎ、スカートを脱ぐ。徐々に露わになるルーシェの肢体は、まるで絹のように滑らかで、透き通るような白さだ。しかしほどよく肉付きのよいその身体は、健康的で蠱惑的だった。出るところは出て、引き締まるところは引き締まっている。

そのあまりの美しさに、思わずニナとチェリスは息を飲んだ。

その様子に気づいたルーシェは、頬を少し赤らめて恥ずかしそうに身体を布で隠す。


「そ、そんなに見ないでください! 恥ずかしい……です」


その初々しい反応が余計にルーシェの妖艶さを際立たせた。布の間から除く体が艶めかしい。

二人は苦笑いでルーシェから視線を反らした。


その間に手早くルーシェも着替えを終える。


「はぁ。全く二人ときたら。困ったものです」

「あはは。まあまあ。早く行きましょ」

「そうでふね」

「? チェリス。口元を抑えてどうしたのですか?」

「いえ。少し鼻血が……」

「「……」」


ニナとルーシェは揃って呆れ顔になるのであった。

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