このために強引な設定追加
……天がやって来て、三ヶ月が経過した。彼女も、離れていた兄との同室生活にも慣れてきたようだ。さて、そんなある日。夏の日差しが照りつける、あの朝の話。
「ふぁ~……。おはよー」
「おはようございます、闇代さん」
起き抜けの闇代と、天が洗面所で顔を合わせる。それぞれ、ここで身嗜みを整えるのだ。
「うぅ……今日も暑いね」
「そうですね」
顔を洗い、歯を磨いている闇代は、忌々しそうにそう漏らした。対する天は平然として、髪を櫛で梳いている。これでは、どっちが年上なのか分かったものではない。
「もう夏だし、海に行きたいなぁ……」
「海、ですか」
その言葉に、天の手がぴたりと止まる。
「どうしたの?」
「いえ、私、海を見たことがなくて」
「そうなの?」
「ええ」
闇代の問いかけに、天は頷く。まあ、内陸の出身とかなら、そういうこともあるだろう。
「そうだったんだ……それなら、なおさら海に行かないとだね」
◇
「で、結局来たのかよ?」
夏休み初頭。狼たちは、近くの海水浴場にやって来ていた。因みにメンバーは、温泉へ来たときの面子に天を加えた十二人。いい加減、人数を絞るべきだと思う。どうせ全員描写しない癖に。
「だって、天ちゃんが海に来たことないって言うし。折角夏休みなんだから、みんなで来るべきだよ」
そう言う闇代は、何故か学校指定の水着を着ていた。普通の奴は買わなかったのだろうか?
「これが海ですか……か、感動しました!」
目をキラキラさせて海を眺めるのは、白いビキニを身に纏った天。その無邪気な様子は、まるで幼子のようだ。見た目だけなら一番大人なのに。
「私はここにいますから、何かあったら呼んでくださいね」
一人だけ普段着の優は、砂浜にビニールシートを敷いて、ビーチパラソルを立てていた。泳がず、非常時のために待機するのだろう。
「よぉし! それじゃあ遊ぶよ~!」
美也の掛け声で、各自解散となった。
……狼たちは。
「狼君、ビーチバレーしよっ」
闇代の希望により、狼、闇代、美也、ほのじの四人でビーチバレーをすることに。チーム分けは、戦力(戦闘力)的な事情を考慮して、『狼&美也VS闇代&ほのじ』となった。
「いっくよー! それっ!」
「……っ!」
スク水姿の闇代が、強烈なサーブを放つ。狼はそれをどうにか拾い、打ち上げた。
「任せて! たぁ!」
赤いビキニの美也が、全力でスパイクを放つ。狙うは、この中で一番か弱いほのじ。
「きゃっ……!」
ボールはほのじの前方に落ちて、辺りが砂煙に包まれる。その余波で結構な風が起こったが、ほのじが着ていたのはワンピースタイプの水着だから、はだけることはないだろう。サービスカットはありません。誰も期待してないだろうけど。
「うぅ……みんなちょっとおかしいよぉ~」
砂が晴れると、ほのじが不満げにそう漏らした。まあ、唯一まともな人間なら見たら、この状況は確かに異常だろう。
「う~ん、あんまり動くと水着が脱げちゃいそうだけど、闇代ちゃんがチートだしね……」
「っていうか、何で闇代ちゃんがスク水なの? 一番強いのに一番脱げにくいのって、反則だよ」
いや、ほのじもワンピース型だから。確かに、闇代の動きに制約がないのはゲームバランス崩壊しているが。
「だって、狼君が『スク水着てくれ』って言うから」
「「元凶は狼君か!?」」
闇代の釈明に、美也とほのじは激しく突っ込んだ。しかし、当の狼は平然とこう言った。
「いや、そうしないとこいつ、どんな過激な水着にするか分かったもんじゃないから」
「そういう理由なの!?」
思いがけない答えに、今度は闇代が突っ込んだ。その気持ちはよく分かる。個人的には、美也がスリングショットを着るんじゃないかと思っていたんだが。
「まさか~、いくら闇代ちゃんだって、痴女じゃないんだから。そう言う私だって、ちゃんと普通のビキニだし」
「まあ、この中では一番露出してるがな」
それは、他二人がワンピース型だから。第一、上半身裸のお前が言うな。男だからだけど。
「それじゃあ、『闇代ちゃん対他三人』でやってみようよ」
「賛成!」
「えぇ~!?」
というわけで、三対一の変則マッチが始まった。
……一片たちは。
「お兄様」
海を眺めて一人佇む一片に、天が話しかけた。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「……好きにしろ」
「はい」
兄の許可を得て、天は彼の傍に立つ。兄と一緒に海を眺めるのかと思えば、彼女の視線は一片の体に、露出した上半身に向けられていた。まさか、見惚れているのだろうか?
「……」
「……おい。あまりじろじろ見るな」
「……はっ! も、申し訳ありません……! お兄様のお体があまりに逞しくて、つい……」
そんな妹に、一片は怪訝な視線を向ける。そして返って来た天の言い訳に、一片は『狼も普段、こんな気持ちなのか』としみじみ思った。
「あ、一片さん」
そんな二人に、青のチューブトップを身につけた紗佐が駆け寄ってきた。今まで見かけなかったし、迷子にでもなっていたのだろうか。
「えっと、確か上沼紗佐さんでしたよね? いつも兄がお世話になっています」
「え、えっと、お世話って程のことは何も……」
突然現れた紗佐に、天は礼儀正しく挨拶をする……のだが、笑顔がちょっと怖い。
「どうかしたのか?」
「あ、うん。みんなとはぐれちゃって……でも、一片さんに会えて良かった」
やっぱり迷子でしたか。割と冗談だったのに。
「そうか。なら、暫く一緒にいるといい」
「え、いいの?」
「断る理由などないダロ?」
一片の申し出に、紗佐は嬉しそうに顔を綻ばせた。それとは対照的に、天の表情は曇っていく。……嫉妬、だろうな。
「……泥棒猫」
「え? 何か言った?」
「いえ、何でもないですよ?」
天の呟きは、紗佐たちには聞こえていなかった模様。この修羅場は、一体どうなるのやら。
……因みに、他の面々については、展開が分かりきってるので省略する。こらそこ、手抜きとか言わない。
◇
……時間が流れて、夕刻に。
「……わぁ」
「綺麗……」
「ほんとだな」
狼たちは、全員揃って夕日を眺めていた。水平線に沈む太陽はとても壮大であった。
「この辺りで、夕日の沈む海が見られるのはここだけですからね」
「そうなの?」
この辺りは海が東側にある。なので、普通は夕日が海には沈まない。けれども、この海水浴場だけは違った。地形の関係で、ここだけ西側に海岸線があるのだ。
「……なんだか、いいよね、こういうの」
闇代は、すっかりこの光景に見入りながら、そう漏らした。
「……ああ」
隣にいる狼も、その言葉に頷く。それから、彼らはずっと無言だった。狼を取り合っていた美也やほのじも、一片を巡って修羅場を展開しかけた天や紗佐も、戸沢とさみも、ナンパに失敗して凹んでいた氷室も、一人で思いっきり泳いでいた上風も、保護者である優も、みんな。
「……」
「……」
やがて、夕日は海の底へと沈んでいった。そして、辺りが徐々に黒く染まる。夜になったのだ。
「……さて、帰りましょうか」
「……ああ」
「……うん」
「……そうだね」
みんなで夕日を眺めて、彼らはこう思ったに違いない。
こんな毎日が、ずっと続けばいいな、と。




