衝撃の新学期
……更に季節が巡り、春。新学期の始まりだ。登場人物たる彼らも、無事に進級を果たした。約一名(というか紗佐)が留年しそうではあったが、それもどうにかクリアした。そして、その新学期初日。
「今日から二年生だね~」
桜の舞い散る校門を、闇代は意気揚々と潜っていた。その隣には、狼の姿もある。
「そうだな。無事に全員進級できたし、後は何事もなければいいんだが……」
狼は、肩を竦めながらそう言った。去年は色々な事件があったからな。闇代との出会いから、連続不審死、狼が誘拐され、隕石衝突事件もあった。もうこれ以上、非日常的な事件には遭遇したくないだろう。
「そうだね~。折角だし、狼君と青春を謳歌したいな~」
「俺は平和ならなんでもいい」
春の陽気に包まれて、二人は校舎へと入っていく。さて、本当に何もないといいのだが。
「あ、狼、闇代ちゃん。おはよー」
「上風ちゃん、おはよー」
「よっ」
教室には既に上風がいて、やって来た狼たちと挨拶を交わしている。
「おっす闇代ちゃん、うるっち」
「おはよー」
氷室もいた。教室の隅っこには戸沢や紗佐の姿もある。この学校では、進級の際にクラス替えを行わないので、二年生でもメンバーは変わらない。
「そういえば、一片は?」
「うちで電話掛けてたな。その内来るだろ」
上風の質問に、狼はそう答えた。なるほど、道理で姿が見えないわけだ。
……その頃、その一片は。
《―――それではお兄様。これにて失礼します》
電話が切られ、一片は黒電話の受話器を元に戻す。彼は今まで、妹の天と電話していたのだ。進級のお祝いがどうとか、最近は変わりないかとか、そんな話をしていた。一片としては、向こうから掛けてきたのだから仕方なく応対しただけだが、天はとても嬉しそうだったので、釣られて機嫌が良くなっていた。
「……ふぅ。このままでは遅れてしまうな」
一応、彼の特技を駆使すれば、学校には余裕で間に合う。しかし、普段の生活で使うのには色々と問題があるので、素直に急ぐことにした。
「……嫌な予感がするのダガ」
家を出て走りながらも、一片は先程の電話に違和感を覚えていた。そもそも、天は滅多に連絡を寄越さない。たまに送ってくる手紙だけだ。それは、彼女自身が自分の使命を果たすまで待っていて欲しいと言ったからで、だから別に不思議じゃない。けれども、どうして急に電話を掛けてきたのか。それを不審と言わずに何と表現するのだろうか?
「まあ、いいか」
それよりも、進級早々遅刻、などという事態だけは避けなければならない。先を急ぐ一片であった。
◇
……どうにか一片も間に合い、始業式も済んで、その後。
「やっほー!」
ホームルームなども特になく、生徒が帰宅ムードになっていた頃。狼たちの教室に、三年生となった美也が訪ねてきていた。
「新学年早々ハイテンションだな」
「当然! だって最上級生だもん! お姉さんだもん!」
それとハイテンションはどう繋がるのか。嬉しくて興奮するとか、そういう意味か?
「高校最後の一年なんだから、思いっきり遊ぶぞ~!」
「あんた受験だろ」
「うっ……!」
高らかに叫びだした美也に、狼が現実を叩き付けた。そう、美也は三年生なのだ。つまり、受験生でもある。遊んでばかりはいられない。
「確か、まだ志望校すら決めてないんだろ? あんたのことだから、成績は問題ないんだろうが……遊び呆けている暇はないと思う」
「そ、それは……それより狼君、一片君っている?」
「あからさまに話を逸らすな。そして一片はそこにいる」
露骨な話題転換に突っ込みつつ、狼は教室の一角を指差した。すると美也は『それで忘れてくれるといいんだけど……』と内心で呟きながら、廊下に顔だけ出して、誰かを呼ぶ。
「いるってー! 入ってきてー!」
「はい。案内して頂いて、ありがとうございました」
美也が連れて来たのは、新品の制服を纏った新一年生。艶めく黒髪を腰の辺りまで伸ばし、整った顔を緊張で引き締めた少女。身長は美也よりもずっと高く、胸にある塊も彼女より存在感がある。けれども腰周りは殆ど差がなく―――って、この説明はどっかでしたな。
「いやー今年の新人には驚かされたよー! これでも私、結構スタイルいいほうだと思ってたんだけど、こんなモデルさんみたいな人を見ると、自分なんてまだまだだなぁ~って反省しちゃった!」
「そ、そんな……私なんて、体の大きさだけが取り得のようなもので―――」
「何言ってるの!? スタイル良くて美人なんだから、女の子としては完璧だよ!? も~、ちゃんと自分に自信持ってよ! あーもう! 一片君が羨ましい! こんな美少女が妹だなんて!」
美也の賛辞に恐縮している少女は、一片の妹、一片天であった。どうして彼女が、ここに? 入学してきたのだろうか?
「あ、天ちゃん! どうしたの急に!?」
「あ、闇代さん。お久しぶりです」
彼女の姿を認めて、闇代が驚きながら駆け寄ってきた。ということは、闇代も事情を知らないのか。天とはたまに連絡を取ってるっぽいのに。
「お兄様にお会いしたいのですが……」
「一片君? だったらあそこだよ」
「……ありがとうございます」
闇代が一片の居場所を指差すと、天は礼を言って彼の元へ向かう。……まさか、兄に会うためだけにやって来たわけではないよな? 態々、制服まで用意して。だとすれば、兄を追い掛けて進学したとか……?
「……お兄様」
「……なるほど、そういうことか」
久しぶりに妹を見て、一片は納得したようにそう呟く。そして席を立ち、まるで妹から逃げ出すように教室から出て行こうとする。
「待ってください!」
そんな彼を、天が呼び止める。
「私は……お兄様に会うために、お兄様と一緒に過ごすために、この学校を受験しました。家の者達には反対されましたが、お兄様のことを話して、家のことも話し合って、ちゃんと了解を得てここまで来ました。……私はもう、傀儡ではありません。今までの一片とは違うんです。ですから―――」
「知るか」
天が懸命に紡ぐ言葉を、一片はその一言で遮り、一蹴する。そして、今度こそ教室から出て行った。
「お兄様……」
残された天は、ただ呆然とするしかなかった。
「……ったく。あいつも結構な恥ずかしがり屋だな」
見かねた狼は、天にフォローをすることに。
「あんまり気にするな。あいつも、未だにお前とどう接すればいいのか、分かってないんだ」
「そう、ですね……」
まあ、自身の劣等感を体現したようなものだから、彼も色々と複雑なんだろう。一筋縄ではいかないのだ。
◇
……それから、美也やナイツのメンバーに天を紹介した後、狼たちは家路に着いていた。天も、彼らについて来ている。
「それにしても、天ちゃんがわたしの後輩かぁ~」
「はい、これからよろしくお願いしますね、闇代先輩」
「おぅ……なんだか感激だよぉ~!」
「傍から見ると、反対しか思えないけどな」
「狼君は黙ってて!」
折角、現役退魔師と現役除霊師が仲良くしているというのに、狼が余計な茶々を入れる。……まあ、否定はしないが。
「ほんと、一片君も隅に置けないね~。こんなに可愛い妹がいるだなんて」
「そ、そんな、私なんて……」
美也の言葉に、照れる天。しかし彼女は知らない。美也の脳内では、一片兄妹のあられもない関係や行為が妄想されていることを。それはそれで照れるべきなんだろうが。
「それはそうと、住むところは決まってるのか?」
「あ、はい。昨日はホテルだったのですが、これからは下宿をさせて頂こうかと」
「下宿……」
この言葉に、狼は何か、不吉なものを感じた。何せ、前例があるのだから。
「……まさかとは思うが、うちか?」
「はい。お優さんが、折角だからと」
狼の問いに、天はあっさりと頷いた。……優か。この事態を仕組んだ張本人は。恐らく、天を唆したのだろう。兄と同じ学校を受験しろ、とか何とか。
「なるほど。ま、いいんじゃねぇか。あいつと一つ屋根の下なら、嫌でも打ち解けるだろ」
「……狼君、わたしのときと態度が違い過ぎじゃない?」
確かに、闇代が下宿すると聞いたときは、この世の終わりを見てきたような顔をしていたからな。今回の場合、彼に実質的な被害がないからかもしれんが。
「お前みたいな非常識人間と一緒するな」
「あっ、酷い。わたしはただ狼君が欲しいだけなのに」
「欲しい、って、やっぱりあれ? 『あなたの体が欲しい』的な?」
「あんたちょっと黙ってろ」
そんなやり取りをしながら、彼らは居酒屋『虹化粧』へと向かったのだった。
「おかえりなさい」
『虹化粧』に着いた狼たちを、優が出迎えた。その隣には、大きなダンボールが一つ置かれている。
「天ちゃんの荷物、届いてますよ」
「あ、受け取って下さったんですね。お手数お掛けしました」
どうやら、脇のダンボールは天の私物らしい。……やはり、優が仕組んだのか。
「一片の奴は?」
「瞳君なら、部屋に篭ってますよ」
どうやら、先に帰ってる模様。ま、さすがに一緒に住むこととなろうとは、夢にも思わないだろうからな。
「因みに、天ちゃんは瞳君と同じ部屋を使ってくださいね」
「え……?」
すると突然、優がとんでもないことを言い出した。天が、一片と、同室……?
「いや、それはちょっと不味いんじゃないか?」
「仕方ないですよ、部屋が足りないんですから。それに二人は兄妹ですから。あ、瞳君にはちゃんと話を通しましたから」
家主権限を存分に発揮して、無茶振りをしてくる優。さて、どうなるのやら。
「兄妹……同室……ぐへへっ」
それと、この変態も。
「お、お兄様……失礼します」
一言声を掛けてから、天は躊躇いながらも、一片の部屋に入り込んだ。
「お兄様……」
一片はすぐに見つかった。部屋のど真ん中で、顔に新聞紙を被せた状態で寝ていたのだ。天に気づいたのか、一片は新聞をどかすことなく、彼女に話しかけてくる。
「……天か?」
「はい、お兄様。これからよろしくお願いします」
「……ああ」
返って来たのは、そんな短い言葉。けれども、そこには拒絶の意思など込められていなかった。
これから二人がどうなるのか。細かい話はしないが、まあ、悪いようにはならないだろう。




