とりあえずこっちの話も進めないと
……その日の放課後。
「ふぅ……これでようやく帰れるな」
本日の雑務(いつもの作業)を終え、帰宅の途に就こうと昇降口へ向かう戸沢。その途中、並んで廊下を歩く男女を見つけて、苦々しげに顔を歪めた。もしかしなくても、妬んでいるのだろう。
「まったく、何故そんな奴と……いや、別に羨ましいわけではないが」
羨ましいんだな? 羨ましいと顔に書いてあるぞ。いい加減認めたらどうだ? いつも狼と闇代(+ほのじ)がじゃれ合ってるのを、羨望の眼差しで眺めていることくらいはお見通しだ。……と言ったところで、本人は聞こえていないが。
「あ、あの……!」
「ん?」
そんな寂しい男の背中に、一人の女子生徒が声を掛けた。
「ああ、君か。何か用かい?」
「あ、えぅ、えっと……」
声を掛けたのは、さみという少女。この前、偶然にも戸沢とぶつかり、それ以来色々と努力している女子生徒である。その努力については、少し前に(兄の)ほのじがぼやいていたので、気になる人は読むといいかも。正直、それほどの価値はないと思うが。
「用があるなら早く言ってくれ。早く帰りたいんだ」
「え、えっと……あ、あの、戸沢さんっ!」
急かされ、何かを決心したように声を張り上げるさみ。緊張と興奮からか、顔は真っ赤で、全身は小刻みに震えている。けれど、そんな少女を見て、戸沢は不信感を露にしている。
「きょ、今日なんですけどっ! わ、わた、私と一緒にっ! えええええ映画なんて如何でしょうかっ!?」
「映画? 興味ないな」
「そ、そんなぁ……!」
勇気を振り絞って誘ったのに、呆気なく断れてしまった。なんと非情なのだろうか、この少年は。
「うぅ……折角、『篝火平太郎の事件簿』のチケット取ってもらったのにぃ~」
「―――え?」
さみが映画のタイトルを呟くと、帰ろうとしていた戸沢の足がぴたりと止まった。
「『篝火平太郎の事件簿』、だって……?」
「ふぇ……?」
お、食いついた。因みに『篝火平太郎の事件簿』とは、今人気のミステリー小説で、その映画版が最近封切りになったのだ。
「……それなら、一緒に行ってやらないこともない」
「ほ、本当ですかっ!?」
「あ、ああ……」
まるで掌を返したような態度に、さみは表情を輝かせた。
「う、嬉しいですぅ……!」
「お、おいっ……! な、泣くな……!」
感極まって、思わず涙を見せてしまうさみ。……はてさて、どうなることやら。
「よし、どうやら誘うところまではうまくいったみたいだな」
「みたいね」
戸沢とさみの様子を、物陰から窺っている人物が四人ほどいた。うち二人は、狼と上風。
「ねぇ、これって意味あるの?」
「何も、こっそり覗かなくても……」
そして残る二人は闇代とほのじだ。見たところ、彼らはさみのことが心配で、陰から見守っている模様。
「そりゃまあ、こっそり覗いたほうが。面白いものが見れるかもだからな」
「「酷いっ!」」
狼の台詞に、闇代とほのじは全力で突っ込んだ。しかし、今からこの調子だと、先が思いやられるぞ。
「あ、ほら、二人とも行っちゃうわよ」
「おっと、そりゃまずい。さっさと追いかけないとな」
というわけで、戸沢とさみのプチデートをストーキングすることに。
……そして彼らは、近場の映画館までやって来た。丁度お目当ての映画が上映する直前だったので、戸沢とさみの二人はチケットを使って場内に入った。そして狼たちは、これまた事前に用意したチケットで入場し、二人が見える位置に陣取った。……っていうか、何気に用意周到だな。
「……で。どうやったのよ?」
「何がさ?」
上映が始まり、スクリーンに広告や他の映画の予告が映る中、上風は狼に問いかけた。
「どうやって、戸沢が好きな映画を調べたのよ?」
「氷室が調べたんだよ。チケットの手配もあいつだ」
「さすが情報」
その設定、変なところで使ってくるな……。読者も、作者すら忘れかけてたのに。
「因みにこの映画、すっごく評判が悪くて、上映一週間足らずで前売りチケットが半額で流通するようになったとか」
「折角買った前売り手放すって、どんだけ酷いのよ」
確かに、場内には狼たち以外には誰もいない。……っていうか、戸沢はこんな映画が見たかったのか?
「あ、始まった」
映画が始まった。まずは主人公のモノローグから入り、それから主人公が登場する……のだが。
「うわ……」
「なにこれ……?」
「確かに酷いな、これは」
モノローグは棒読み、主人公の台詞もたどたどしく、はっきり言って幼稚園の学芸会レベルだ。
「……映画見るより、二人の様子を窺ったほうが有意義かもな」
「けど、この内容だったら寝てるんじゃない?」
「いや、そうでもないみたいだぜ」
見れば、さみは戸沢と楽しそうに会話をしている。
「あの戸沢が、女の子とお喋り……?」
「どうやら、映画の内容を話してるみたいだな。しかも、かなり意気投合してる」
無論、映画を見ながらなので小声ではあったが、戸沢も自分と趣味が合う相手だからなのか、珍しく生き生きしている。
「そういえば、昔からさみって変なものに熱中してたっけ……」
「ああ、なるほど。確かにな」
変なもの……出だしから最悪な映画と、捻くれ者。その二つに魅せられた少女は、それはもう幸せそうであった。
「……もう、この辺でいいか」
「そうね」
もう満足してしまったのか、狼と上風は帰り支度を始めている。
「さみ……成長したんだね」
そしてほのじは、妹の姿を目に焼き付けていたのだった。
この後、戸沢とさみがどうなったかは、また気が向いたときにでも話すとしようか。




