年が変わる前にどうにか更新再開
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「……帰ってっ! 帰ってよっ……! ―――どうせ、私のことなんて、分かりっこないくせに……! 好きで、こんな風に産まれたわけじゃないのに……っ! 何も分からないのに、同情だけで、私に関わらないでっ!」
「……っ!」
あかりの悲痛な叫び声が廊下に木霊して、扉の前に立つ狼の心を揺さぶる。
「あ、あの、えっと……」
彼の隣にいた紗佐は、オロオロとしながら、扉と狼を交互に目を向けていた。
「え、えっと……その、ごめんね?」
そんな二人に、あかりの母親は申し訳なさそうに頭を下げる。けれども狼は静かに首を振って、扉に背を向けた。
「……出直してきます」
最後にその一言だけ残して、狼はその場を離れる。
「え、あ、その……し、失礼しますっ!」
彼に釣られて、紗佐も逃げ出すようにその場から立ち去った。
「……あかり」
残されたあかりの母親は、そんなか細い声で、娘の名前を呼んだのだった。
「こ、向坂君……! ま、待って……!」
天野家を出た紗佐は、先に外へ出ていた狼の背中を追いかける。必死で走って追いつくと、気まずそうに、彼の少し後方を歩いていく。
「……」
「……」
そうして、無言で歩き続ける二人。このまま続くと思われた沈黙は、案外早々に破られるのだった。
「……向坂君、もしかして、気にしてる?」
最初に口を開いたのは紗佐だった。遠慮がちなその問いは、けれど狼にとっては図星だった。
「まあ……気にはしてるな」
そう答える彼はどこか居心地が悪そうだったが、元々話したがり屋だからなのか、ぽつぽつと語りだす。
「最初は、親のことで悩めるなんてどんだけ贅沢なんだよって思ってた。……ったく、俺も馬鹿だったよ。親がいればいいだなんて、人類誰もが思ってるとは限らないのにな」
「そ、そんなこと―――」
「ない、って言い切れるか?」
「……っ!」
否定する言葉も、狼は紡がせなかった。
「生い立ちが、ここまであいつを歪めちまったんだ。それが、あいつの言葉からよく分かった」
好きでこんな風に産まれたわけじゃない、というのは、境遇のことを指していたのだろうか。
「そんなことも分かってないのに、どうにかしようだなんて……とんだお笑い種だな」
狼の言葉は、心なしか、どんどん自嘲気味になっていく。その言葉は、狼がどれだけ彼女―――あかりを思って行動していたのかを示していた。その反動で、ここまで自分を責めてしまうのだ。
「……でも」
それを理解した上で、それでも紗佐はそっと口を挟む。
「向坂君は、何も間違っていないと思います。……少なくとも、私はそう思う」
いつもは物怖じして、誰か(特に狼)に対して自分の意見を言えない紗佐。しかしこのときだけは、何故かはっきりとそう言ったのだった。
「……そうか」
そんな彼女の言葉に、狼はどこか安堵したように、そう答えた。
◇
……紗佐と別れた後、狼はそのまま帰宅した。のだが―――
「狼君! 一体、今の今までどこ行ってたの!?」
彼を出迎えたのは、完全にご立腹の闇代であった。玄関(というか裏口)で仁王立ちして、きつく口調で問い詰めてくる……のだが、幼い容姿のせいか、子供が拗ねているようにしか見えないのだから困ったものだ。
「ったく、少しくらい自由に行動させろよ」
「嫌!」
「何故即答する?」
独占欲の強さが尋常じゃないな、おい。今更だけど。軽く依存症だけど。煙草や酒みたいなものか?
「狼君がいないと呼吸困難に陥るんだもん」
「俺は酸素か何かか!?」
どこまで依存いれば気が済むんだろうか? この前は狼君酸無水物がどうとか言ってたし。
「っていうか、一片君と一緒だと息が詰まる」
「いやまあ、お前らが気まずいのは仕方ないだろうけどさ……」
闇代と一片は、かつて敵対していたのだ。今は一応決着が付いて、しかも同じ家に住んでいるくらいなのだが、二人っきりはさすがに居心地が悪いのだろう。
「ううん。一片君の場合、武器から出てる変なオーラのせいで、霊体の代謝が悪くなるの。軽く呼吸困難だよ」
「リアルに息苦しいのかよ」
まあ、普通の人には分からないので、ある意味職業病なのかもしれないが。
「とにかく、狼君がいないと息が出来ないから、片時もわたしから離れないで」
「嫌だ!」
闇代の場合、お風呂や就寝だけでなく、トイレも一緒と言い出しかねないからな。狼だって、全力で抵抗したくなる。
「とにかく、少しは俺にも自由行動させてくれよ。いくらなんでも、ずっと一緒は困る」
「でもぉ……」
「そうですよ、闇代ちゃん」
そんな彼らの痴話喧嘩(夫婦喧嘩?)に口を挟んだのは優。畳んだ洗濯物を手にして、闇代を窘めるように言って聞かせている。
「さすがに狼だって、四六時中一緒はきついですよ。たまには自由にさせてあげないと」
「うぅ~……言ってることは分かるんだけど、狼君、最近紗佐ちゃんと一緒だし、浮気しないか心配なんだもん」
「そもそも浮気が成り立つ関係じゃないだろ」
狼の真っ当な突っ込みは、当然の如くこの二人にはスルーされる。
「そうですか。では、闇代ちゃんにとっておきの言葉を教えます。何世代も前から受け継がれてきた名言ですよ」
「どんなの?」
「押して駄目なら引いてみろ、です」
恋愛における駆け引きの一種だが、相手の前でそれ言ったら駄目じゃないか? っていうか大分状況が違うし。
「なるほど、その手があったか……」
しかし闇代は、関心を示したようで、しきりに頷いている。……まあ、そもそも彼女を狼から遠ざけるのが目的なので、細かいことは気にしないでいいか。
「ま、もし仮に浮気していたら、ちゃんと『お・し・お・き』してあげればいい話ですし」
って思っていたら、なんか怖いことを言い出した優。いつもの穏やかな微笑が逆に不気味だ。……恐怖、微笑む女将。
「うん、そうだね。もしも浮気なんてしてたら、全裸で杭に縛り付けて―――」
「おいこら! そもそも浮気がどうとかいうような関係じゃないだろ!」
「え―――狼君、わたしのことは遊びだったの……?」
「狼? 私はあなたを、そんな風に育てた覚えはありませんが」
とまあ、概ねこんな感じで、闇代との悶着はひとまず落ち着いたのだった。




