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南嘉手納荘四号棟  作者: Resetter


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8. 訪問者



 自宅アパート付近まで着くと。


「え、なにこれ……」


 人集(ひとだか)りが出来ていて、とても近づけない。自室には、どうにも入れなさそうだった。

 

 野次馬かしら。こんなところで、何の……?

 背伸びをしながら、辺りを見回してみた。

 

 パトカーが、二台……道を塞ぐように停められていた。


 こんなただの安アパートを、なんで囲っているのかしら……?

 不思議に思うも、自室は人集りの先だ。


「あの、どうしたんですか?」


 仕方なく、野次馬の一人に声を掛けた。


「ああ、なんでも……首吊りだってさ……」


「えぇ?!」


「家賃滞納してるからって、大家さんが見に行ったら……揺れてたんだってさ。……天井から、ぶら下がって」


「……えっ? 何号室、ですか……?」


「一〇四号室らしいね……」


 ……隣の、部屋だった。

 

 ズンと、肩が重くなった。引きずってきた身体が、地面に沈みそう……。


 ふらりときた頭を、手で押さえた。

 

 一〇四号室って、確か、若い男が住んでいたはずよね。顔色と、ガラの悪い男だった。

 

 部屋からは異臭がするし、ごみ捨てのマナーも、悪かったのよね。紙類の中に、アルミホイルを大量に入れたり……。

 

 注意した時の顔を、はっきりと思い出した。

 ……胃から、何かが、せり上がってきた。


 不意に、野次馬が、どよめいた。


 反射的に、皆の視線の先を、目で追った。

 青いビニールシートに包まれたナニカが、映った。

 その青がワゴン型のパトカーに積まれる瞬間。隙間から、ぶらんと、手が……。


 ――耐え……きれなかった。


「うわっ……ちょ!? アンタ! 汚ったねぇなー」


 噴水のように溢れ出したソレは、ビタビタと汚らしい音を立てて、ズボンの裾を、靴を、汚していく。

 

 吐瀉物(としゃぶつ)を撒き散らしていく私から、野次馬たちは距離を取っていった。

 

 そして、円形の真ん中に、(うずくま)るように、私は取り残された。


 

「あ、佐藤さん!」


「……お、大、家さ……ん……」


「ちょっと、大丈夫? 警察の人が、少し話を聞きたいって言ってるけど……」


 大家さんは、母親を思い出すような女性だった。少し顔を青くして覗き込んでくる。

 

「あ、はい。……行きます」


 口元をハンカチで拭い、立ち上がる。

 生まれたての子鹿のように。

 

 狭く暗い視界。

 世界が……ふわふわと漂う。現実感が……ない。


「佐藤さん? 具合、悪いのなら、警察の人に伝えるけど……?」


「……あ、いえ。行きますよ」


 精一杯、表情筋に力を込めた。でも、ぴくぴくと拍動を繰り返し、思うようには動いてくれなかった。


「そう? じゃあ――」


「失礼。隣室の方は、こちらの方ですか?」


 大家さんの言葉を遮り、声が掛かる。

 視線を送る。

 制服の警官が、目の前まで来ていた。

 

「……あ、はい。そうです」


「一〇四号室……お隣の方のことを伺いたいのですが。どんな方だったとか、最近の様子などを……」


 警察官は、メモ帳を持っていた。

 冷たさすら感じる声色、口調だった。


「えっと、若い、男性……だったと思います。見た感じは……何と言うか、柄が悪いというか……。様子と言えば、時々、騒がしい感じで……」


 吐き気と目眩、そして警察官の威圧感で、口が回らない。


「ふむ……騒がしい……と」


 警察は、メモ帳を片手に、ペンを走らせている。


「……それは、どんな風に騒がしかったんですか?」


「えっと……友人らしき数人と、騒いでいる様子だったり……。何か、すごい物音とか……たまに玄関を叩かれていた……ような」


「玄関を……? なるほど……。ありがとうございます」


「え……もういいんですか?」


 もっと長くなるかと身構えていたのに、なんだか拍子抜けした。


「ああ、はい。捜査次第では、またお伺いすることもあると思いますが、今日のところは」


 そう言うと、警官はパトカーの方へ歩いていった。



「佐藤さん、具合悪いなら、ちゃんと休むんだよ?」


 それを見届けると、大家さんに覗き込まれた。


「あ、はい。ありがとうございます。……大家さん、一体、何が……」


「借金苦の自殺かも……って。本当、嫌になるわ。あの部屋、住み手がなくなるわね……」


 ……ああ、事故物件……ね。

 社員寮に続いて、まさか自宅アパートでもそんなことがあるなんて……。案外、身近なことなのかしら、ね……。


 頭が、霞む。赤い光が、踊る。

 

 赤色灯が去ると、辺りはすっかりと闇に包まれた。


 自宅アパートが、黒く……塗り潰されていた。


 

 ▽


 

 二日後、木曜日。


 少し体調も安定してきていたところに、一件のメールが来た。


 差出人は、上山さん。


 ――――――――――――――

  件名 : 依頼の件


  万事、取り計らった。

  早ければ、今日明日にも。

  ひとまず、ご自愛を。

 ――――――――――――――


 頬に、温かいものが伝った。文面が滲む。

 ぽたり、ぽたりと、画面が濡れた。


 胸の奥が、にわかに沸き立った。じわりと、熱が全身に広がっていく。

 

 今のうちに、退職代行にでも依頼して、家も引っ越そうかしらね。隣の部屋が、あんな……。

 動けそうな内に、やらないと。


 ああ、その前に……お世話になったリッセーに、ご馳走してあげないとね――。


 ――ピンポーン


 ?! 


 突然のチャイムに、一瞬――思考が飛んだ。


 ――コンコンコン


「すみません。警察の者ですが。佐藤さんはご在宅でしょうか」


 警察? お隣の件かしらね……。

 

 物音を立てないように、ドアスコープを覗き込んだ。

 ……確かに、制服を着た警察官と、私服姿の警察官が二人、ドアの前に立っているようだった。


「……はい。なんでしょうか」


 ガチャリとドアを開けながら、答えた。


「佐藤さんですね。お忙しいところすみません。少々ご協力頂きたいのですが」


 若そうな制服の警官が、一歩前に出てメモ帳を取り出した。

 少し年嵩の私服警官は、その後方で、じっとこちらを見ている。

 ……あの鋭い目つきは、やっぱり一般人とは思えないわね。


「……はい」


「この人物に、心当たりはありますか?」


 制服の警官が、メモ帳から紙を出した。

 ……写真、かしら……?


「えっと……」


 差し出された写真を、手に取った。

 

 金髪でサイドを刈り上げた、人相が悪い、三十路(みそじ)前後の男が写っていた。

 Tシャツから覗く腕には、タトゥーが彫られている。当たり前だけど、そんな人物に関わり合いなんて、これっぽちもない。


「……ちょっとわかりませんね。……この人が、どうかしたんですか?」


 写真を返しながら尋ねてみるも……。


「捜査情報については、お答えしかねます。……こちらの人物はいかがでしょう」


 淡々とした返答が返ってきただけ。そして、また写真を渡された。


「……えっ」


 声が、漏れた。

 その人物には、見覚えがあった。ずるりと、頭から熱が霧散していく。首筋が、凍った。


「お心当たり、あるようですね?」


 警官が、くっと一歩前に出てきた。反射的に私は、よろりと一歩、後ずさってしまった。


「あ、あの……この人……詳しくは分かりませんが、勤め先の、取引先の方……ですね」


 絞り出した声が、震えていた。


「ほう……。取引先……ですか。……ユウキンという名前ですかね?」


 警官の声が、重くなった。


「えっ……? ブレイブという車屋、のはず……ですが……。ユウキンとは、なんでしょうか?」


 その圧に、腰が抜けそうだった。


「ああ、いわゆる闇金ですね」


「えっ……? 闇金?! いや、あの……私も、取引先情報を、全部把握しているわけではないので……」


「ああ、それはもちろん、そうでしょうね。お立場もあるでしょう。……それで、お勤め先は?」


 警官は、そこからもしばらく質問攻めにしてきた。

 

 やがて、大きく頷いて、帰っていった。


 あの様子……。

 もしかして、お隣は、他殺という可能性もある……?

 自殺でも、恐ろしい話なのに、他殺だったら……。そんなことが近所で……。

 

 それに……篠原勇気が……隣に出入りしていたかも知れないなんて……。

 あっ?! 篠原は、警察に追われてるの……?

 

 慣れ親しんだ部屋が、冷凍庫に思えた。震えが、止まらなかった。

 

 これは、転職だけでなく、引っ越しも……絶対にしないといけないわね……。


 目の前が、暗くなった。

 

 ……そういえば、警官の名刺すら、もらうのを忘れていた。警察手帳すら見せてもらってないわね。

 

 どれだけ動転していたのやら……と、苦笑いしながら、 しばしの放心から立ち直り、再びスマホを手に取った。


 お別れ……くらいは、ね。

 


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― 新着の感想 ―
隣の部屋で首つりと偽警官。。。。2つ合わせるとゾクゾクしますね
めぐりめぐって佐藤さんの周りで線が繋がってきますね 色んなとこで結局巻き込まれて真相に近づいていくんでしょうか 構成が凄すぎますね これは、精神的に追いこまれますよ それにも関わらず、佐藤さんの責任…
 不穏、めちゃくちゃ不穏・ω・!  読んでも読んでも、喉にへばりつくどんよりとした感じがたまらないです!  読み出すと、止まらなくなるんで、読んでもらいたいです!
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