044.共和国の女神様
044.共和国の女神様
愛犬の首輪に聖玉が装着されてから、さらに数日が過ぎた。
待てど暮らせど、肝心の魔人はやってこなかった。 平和でのどかな時間が流れていく。
布団から這い出た私は思い出す。
「そうだ、女神に会いに行こう」
身支度を済ませると、侍女のピレに神殿の場所を聞く。 幸いにも北の街はずれ、徒歩の範囲だった。
「馬車の手配を」
そう言うピレに断りを入れ、屋敷を出る。
愛犬と一緒に日課となっている冒険者ギルドの近くの広場へ行くと、今日も双子ちゃんは私を見つけ手を振って出迎えてくれた。
「ごめんねー。 今日は私が用事あってね、悪いけど一緒に行けなくなっちゃったんだよね」
「な、何よ、わざわざ謝らなくたっていいわよ! 私たちだって、もう新米じゃないんだから。 お姉様がついていなくたって、あの森なら危なくなんかないんだからね!」
姉のイリオスがぷいと顔を背けた。
相変わらず分かりやすいツンデレである。
「ええーっ、お姉様がいないなんてつまらないですぅ……。 レイちゃんもいないなんて、今日一日のやる気が半分になっちゃいましたぁ」
妹のフェーンは、愛用の杖を抱きしめ、瞳を潤ませながら私の袖をきゅっと掴んで甘えてきた。 今日は神殿への訪問を取りやめにしようかな?
「わふ……(妹ちゃん……)」
私の足元で呆れて鳴く愛犬により正気に戻る。
後髪を引かれる思いで双子ちゃんに手を振り、私は愛犬と一緒に神殿へと向かった。
自宅から徒歩で三十分ほど北へ歩いた街の外れ。
そこにそびえ立つテクトンティア共和国の中央神殿は、この国らしく、巨大な灰色の花崗岩を積み上げて造られた無骨な神殿であった。
神殿の重厚な石戸をくぐり、受付へと向かう。 王国と同じように白と黒のロングワンピースタイプの修道服を身にまとったシスターが、私の隣を歩く愛犬を見て顔を強張らせるところまでそっくりだった。
受付のシスターにお馴染みとなっているお布施、保管ボックスから取り出した白金貨を一枚差し出すと、幾分だが表情が和らいだように感じた。 お金の力は偉大である。
「女神様にお会いしたくて来ました」
私がそう告げると、受付のシスターは別のシスターを手招きし、私の案内役を申しつける。 愛犬を見てビクリとするシスターはすぐ表情を取り繕った後、女神の部屋へと移動する。
案内されたのは、白い大理石に囲まれ、神聖な魔力光が天井から降り注ぐ神秘的な聖堂であった。 そこにある白金のような輝きの扉が自動で開き出す光景を眺める。
その扉をくぐると、空間がぐにゃりと歪む感覚に不快感を感じた後、眩い光が視界をくらませる。
「遅いわよ!!!」
光が収まった瞬間、鼓膜を劈くような甲高い怒鳴り声が響き、その声にファイティングポーズを取る私。
そこには、大きな白い玉座のような椅子にちょこんと座る、可愛らしい少女がいた。
上部から注ぐ光を反射させる淡い金の髪をツインテールに結び、身の丈に合わない純白の法衣に身を包んでいる。 彼女こそが、この共和国を司る女神、オーサス様なのだろう。
「まったく! だらだらとお気楽なマイホーム生活を送るなんて! 今回の聖女はいったいどうなってるのよ!」
腕を胸の前で組み、ぷくーっと頬を膨らませて理不尽に怒る女神様。
だが、その姿があまりにも愛らしく、私はほっこりとした気持ちでその様子を眺めていた。
ぷにぷにとした柔らかそうな頬。 「ごめんねー」と言いながらその頬をつまみ、ふにふにと撫で回したい衝動に駆られる。
「ちょっと! その手は何? 私はこう見えても、あなたよりもずーっと年上のお姉さんなんだからね!」
どうやら私の欲望が漏れ出ていたようで、伸ばしていた両手を慌てて引っ込め、髪を整える仕草で誤魔化した。
「まぁいいわ。 それで、いまさら何をしにここへ来たっていうの?」
オーサス様は小さく咳払いをし、ツインテールを揺らしながら不機嫌そうに尋ねてきた。
「魔人が現れる正確な時期について、何か知っていないかなーと思いまして」
「知らないわよ、そんなの!」
見事なまでの空振りであった。
王国の女神様からも聞いたセリフ。 ある程度予想はしていたものの、思わずため息をついた。
「時が来たら奴らは勝手に現れるのよ。 だから毎日必死で祈りなさい! 私への信仰が力になるのだから! じゃあさっさと加護を……えっ? ちょっと待って……」
苦言を述べる少女は、私を見た後、視線を横にずらす。
「ねえ……そこの獣……その白い犬? そっちが今回の聖女……なのね?」
「そうそう。 私じゃないんだよねー」
今更感もある事実を肯定する私は、苦笑いしながら愛犬を撫でまわす。
彼女は碧の瞳を細め愛犬をじっと見る。 愛犬はふさふさの尻尾をゆっくりと左右に揺らしている。
「ふーん。 でも、あんたもその子と同じスキルを使えるわよね? 魂が繋がっているというか、同一視されているというか……。 ぶっちゃけどっちが聖女でもいいことだわ!」
投げやりな女神様。
彼女はすぐに小さな手を伸ばし、私たちの方へ向ける。
「決まりだからね。 ちゃっちゃと加護を与えてあげるわ。 女神一の美少女であるこの私からの加護、ありがたく思うことね!」
私は「へへー」と言って胸の前で祈りを捧げるようにして片膝をつき頭を下げる。
私たちの体を温かい光が包み込む。
そしてその光はふわりと消え去った。
観察スキルで確認すると、結界スキルが聖結界という名前に変化していた。 『悪しき者の攻撃を強固に拒む』となっているので、防御力アップといったところだろう。
「じゃあもう帰っていいわよ」
役目を終えたとばかりに、そっぽを向いて冷たく言い放つオーサス様。
そのツンとした態度がまた可愛らしく、彼女の頭へと手を伸ばす。
「痛っ!」
「だーかーら! 触るなって言ったでしょ!」
素晴らしいジャンプ力で私の手を叩き落とす女神様。
悔しそうに自分の手をさする私を見て、オーサス様は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。 さすがは女神様である。
結局、私たちはそのまま神殿を後にした。
お昼過ぎ。
屋敷へと戻ると、当たり前だがピレとリアが笑顔で出迎えてくれた。
眼鏡の縁をくいっと上げる仕草をしたピレが、ゆったりとしたお辞儀を見せてくれた。 その横では、自らの侍女服の袖をきゅっと握るリアも、嬉しそうな笑顔の後で頭を下げている。
私は「食事になさいますか? お風呂にいたしますか? それとも私?」的な出迎えを受け、にんまりしながら屋敷へと入る。
やはり我が家が一番である。
私は出迎えてくれた二人に心から癒されながら、今日も平和に一日を終えた。
――― 本日の収支
お布施 -1,000,000ダル
残高 2,400,566,434ダル
次回、カナののんびりな日常にも変化が……
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