035.商業ギルドでの再会
セナさんの家を出て、私は改めてこの街の活気を感じていた。
共和国の中央都市ヘパイストス。 ここならいつか現れるであろう魔人の情報も、集まりやすいはずだ。
しばらくはこの街に腰を据えよう。 そう決めた私は、今後の活動のために商業ギルドへと足を運んだ。 まずはひと稼ぎして、ついでに家でも借りよう。
そんなことを考えながら、商業ギルドの重厚な石造りの扉を潜ると、熱気と人々の声が渦巻いていた。
そこで私は、意外な人物と再会することになる。
「おや、君か。 やはりカナ君の商品の出どころはここなのだな。 結局ここに行き着くと思っていたよ。 しかし、再会できてよかった」
赤髪を揺らしながら不敵な笑みを浮かべて現れたのは、王国で出会った商人フィルだった。 御付きのレッテも横に控えている。
王国で別れたばかりだというのに、彼女の行動力には驚かされると同時に、本当に偶然なのかと疑う気持ちも湧き出たが、それをしまい込んで彼女の言葉を否定する。
「違いますよ? 私は先日、初めてこの国に来たばかりですから」
私の否定を、フィルはさらりと聞き流した。
「まあいいよ。 それはそうと、先日のクッキーという菓子は素晴らしかったよ。 懇意にしている者たちにも非常に好評でな。 おかげで良い儲けを出させてもらった」
彼女は満足げに頷き、ふと思い出したように苦笑いを浮かべた。
「あまりの美味さに、つい我慢できず自分でも一箱ずつ摘まんでしまったがな」
そう言って笑うフィルに、私は親近感を覚えた。
彼女は追加で自分用にと、三種類のクッキーを一箱ずつ購入してくれた。
「で、何か新作はあるかな?」
期待に満ちた視線を向けられ、私は保管ボックスの中身を思い浮かべて首をひねった。
「では、これはどうですか?」
取り出したのは、在庫となっていた青いガラス玉が付いている首輪だ。 現代的な加工が施されたそれは、王国のギルド長が目を見開いたものだったが、私にとっては売りそびれた玩具のようなものだった。
ギルド長にはレア感を出すため在庫は無いと伝えたけど、ここなら別にいいかな? そう思って出してみた。 フィルはそれを受け取ると、食い入るように観察し始めた。
「……これは凄いな。 だが、今の私にはこれを買い取るための資金が足りないよ。 今の私は精々出せて白金貨五枚ほどだ……それではとても釣り合わないよ」
彼女は悔しそうに首輪を私に返した。 そして私はあのギルド長には白金貨四枚で売ったことを思い返す。 あの禿おやじ! と怒りを感じながらも、それを受け取った。
私としてはいくらでも良かったのだが、あまり安売りして市場価値を下げるのも賢明ではないだろう。 資金ならすでに十分にあるのだと、謎のプロ意識が湧き出た私。 首輪をそっと保管ボックスへと戻した。
代わりに、私は魔法のバッグに偽装しているスリングバッグと同じ型の物を Waooon Shopping で十個ほど購入すると、丈夫で機能的な日本製のバッグ。 一つ3,500ダルで購入したそれらを近くのカウンターに並べてみた。
「これは、魔法のバッグか!」
フィルは私の腰に下がっているバッグと見比べながら尋ねた。 いつもそこから物を取り出しているのだから、そう勘違いするのも無理はない。
「いえ、これは普通のバッグですよ」
「そ、そうか……」
彼女は疑わしげに赤いバッグを一つ手に取り、なでたり引っ張ったりして調べ始めた。
「これは、どうやって物を入れるのだ?」
そう言われて気付く。
私も使っているこのバッグは、通常の物とは違いファスナー式になっていて、その上にカバーがついているものだ。 ワンちゃん用にもなるようにファスナーが内部から当たらないように隠れるようになっていて、首を出した時用に途中で動かなくするようにストッパーも付いている。
ぱっと見は見えないようになっているファスナーのため、彼女は困惑をしているのだろう。
「ああ、こうやるんですよ」
私はファスナーのある場所に指を入れ一気に滑らせた。 ジジジッという微かな音が聞こえた。 その光景に、フィルは大きく口を開けたまま、石像のように固まってしまった。
「こ、これは……共和国の新技術なのか? やはり魔導具……」
「違いますって。 ただの金具ですよ?」
私が否定しても、彼女の興奮は収まらないようだった。 彼女は子供のように、何度もファスナーを開け閉めしてはその構造に感嘆の声を上げた。
その様子を、ロビーにいた他の商人たちも遠巻きに眺め始め、徐々に人だかりができていく。
「信じられん。 これほどまで精巧な開閉機構を実現するとは……」
フィルは震える声で言い、真剣な表情で私を見つめた。
「これは是が非でも購入したいが、ひとつ白金貨二枚ではどうだろうか? 私の出せるギリギリなのだ。この価格なら、三つ、販売用と研究用、そして私用に欲しいのだ!」
仕入れ値を考えれば、普通に考えればとんでもない利益率だ。 断る理由はないだろう。 フィルは「本当は全部欲しいのだが」と名残惜しそうに言ったが、私は「また今度」と笑顔で返した。
在庫はまだある。 だがあまり安売りしてもなと考えて、言い値ではあるがその値段で承諾した。
フィルの買い取りが終わると、周囲で見守っていた人々が次々に私に声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、その不思議なカバン、俺にも売ってくれ!」
「白金貨二か? もう少し安い値段ならまとめ買いするぞ? どうだ?」
矢継ぎ早に飛んでくる値切り交渉に対し、私は首を横に振り続けた。 それをしり目にフィルは「目立ってしまったな」と苦笑いした後、軽く手を上げてギルドから出ていくのを見送った。
つかず離れずの距離を保ってくれる彼女にはやはり好感を持ってしまう。
結局、その場にいた商人たちは、提示した価格どおりに五つのバッグを買っていった。
「値引きしてもいいけど、フィルさんに悪いからね」
私は擦り寄る愛犬に、そっと小声で呟いた。
愛犬は呆れ気味に短く鳴き、私の足元に頭を擦り付けてきた。
あっさりと大金を手にした私は、賑わう商業ギルドを後にした。 共和国での商売も、幸先の良いスタートを切れたようだ。
これでまた一億の大台まで回復した Waooon Shopping の画面を見てにんまりする私は、愛犬と共に、お昼を物色するため、セナさんの待つ市場のある建物へと歩き出した。
――― 本日の収支
クッキー・スリングバッグ販売益 +15,964,400ダル
残高 106,424,634ダル
次回、カナがやっと気づきます。
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