001.異世界召喚
武田加奈、二十四歳の冴えない事務職OL。
ある日曜日の午後、暖かな日差しを浴びながら、愛犬のレイといつもの公園を散歩していた。
突如、足元の芝生から猛烈な白い光が噴き出した。
視界が真っ白に染まり、強烈な浮遊感に胃が浮く。
混乱する私は、愛犬をぎゅっと抱きしめ、目を閉じる。
意識が薄れてゆく。
「カ…、…れを。 魔………して、お…………」
意識が遠のく中、誰かが優しく話しかけてきたような気がした。
次の瞬間、私は冷たい石床の上に立ち尽くしていた。
目の前には、三段腹を真っ赤なベルベットのマントで包んだ中年男が座っている。 脂ぎった顔に宝石だらけの指輪をはめた、いかにも下種そうな表情をしている。 見るからに王なのだろう。
その傍らには、金髪をなでつけ、胸元を大きくはだけた派手な刺繍入りの青い上着を着る男が立っている。 軽い女なら一瞬で落とせると確信していそうな、色ボケた表情の男は、この国の王子様なのかもしれないと、そんなことを考えていた。
「ついに……ついに我が国にも聖女が現れたのだな! これでこの国も……ぐははははっ!」
王と思われるおじさんが汚い笑い声を上げる。
灰色のローブを着た老人たちが私のステータスを確認すると言い、水晶玉のような道具をこちらに翳していた。
目の前で映し出される異国の文字。 だけどはっきりと意味が理解できるその光景に、ああ、異世界転移というやつなのかも?と首を傾げる。
そして数秒後。 鑑定結果が出た途端、彼らの顔から露骨に期待が消え失せた。 私の天職は「保護者」という、望みとはかけ離れた理解不能な内容だったようだ。
「なんだ、聖女ではないのか? まったく、ぬか喜びさせおって、使えん女だ!」
王が虫ケラを見るような目で私を睨む。 期待外れだったからって、その態度はあんまりだ。 そう思って苛立つ私。
すると、王子がニヤけながら私の顔を覗き込んできた。
「父上、お待ちを。この女、 聖女じゃないなら魔人討伐には使えませんが、顔立ちは悪くないようで。 それに、異界の女というのも話のネタにはなる。 おい女、俺の妾ぐらいにはしてやってもいいぜ?」
えっ? なに? 魔人討伐とか言った?
彼は安っぽい香水の匂いを漂わせ、私の腰に手を回そうとしてきた。 ヨレヨレのパーカー姿の私に妾の打診とか、この王子の審美眼はどうなっているのか。 怒りよりもそんなことを考えてしまう。
「グルウルルッ(私の可愛い妹ちゃんに何するつもりっ!)」
鋭い唸り声と同時に、頭の中に凛とした大人の女性の声が響いた。 その声の主と思われるのは、私の足元で毛を逆立てている愛犬だった。
コリーのミックスで、雪のようにふわふわな白毛に、背中だけ薄い茶色が混じっている。 ピンクの首輪がよく似合う、つぶらな瞳の可愛い女の子。
そのレイが、今は見たこともないような獰猛な顔で王子を威嚇している。 ……ていうか今、「妹ちゃん」って言った? 私、愛犬にずっと妹扱いされていたのだろうか? そんなことが気になった。
驚愕する私をよそに、金属質の鎧を着た騎士たちが殺気立って剣を抜く。 愛犬は怯むどころか、室内を震わせるほどの咆哮を上げ、周囲を圧倒していた。 私はその声に不思議と安堵を感じた。
「不気味な化け物め! 聖女でない女に用はない! 何してる、今すぐこの女を叩き出せ!」
国王の罵声が響き、私たちは騎士たちに無理やり追い立てられた。 一応は侍女と思われる赤髪のツインテール少女が一緒に来てくれているが、先頭を歩く騎士の後を必死で追った。 背後から凄い顔をして私たちを追い立てている騎士がいたから。
そして、城の外に出た私は、兵士に突き飛ばされるようにして叩き出される。
石畳に激しく膝を打ち付けた私は、痛みで顔をしかめた。 痛む膝を押さえながら堪えていると、地面に一枚のコインが落ちているのが見えた。
それを拾う少女。
「これ、落ちましたよ?」
そう言って渡してくれたのは女性のシルエットが刻まれたコイン? 以前遊びに行ったパチスロ店のメダル? こんなだっけ? そう感じながらも受け取った。
こっちの世界では換金もできないし、何より一枚じゃ……そう思いながらもなんとなく拾ってポケットに突っ込んでおく。 パチスロ打ちたい。 そこまで嵌ってやってはいなかったけど、こんな世界に来たからこそ、無い物ねだりで考えてしまう。
痛む足をさすりながら立ち上がり、睨む騎士たちに見送られながら、いわゆる城下町という物をあてもなく進む。 活気はあるが、治安はかなり悪そうだと感じた。
着古したグレーのパーカーにジーンズ姿という見慣れぬ姿をした私は、周囲から不審者を見るような視線を向けられているだろう。 こちらをチラチラと視線を向けながら内緒話をする姿に落ち込んでしまう。
これからどうしたら良いのか?
「クーン(よしよし、大丈夫よ! 妹ちゃんには私がついてるからね)」
愛犬が鼻先で私の手をツンツンと突き、あやすように念話を送ってくる。 飼い主の威厳はどこへ行ったのか?
その時、屋台から暴力的なまでに美味そうな肉の匂いが漂ってきた。 革のエプロンを締め、腕まくりをした筋肉質のワイルドな店主が肉を焼いている。 短く整えられた髭がよく似合う、渋いイケオジだった。
「お嬢ちゃん、食ってくかい?」
私は吸い寄せられるように屋台へ寄り、財布から百円玉を取り出した。 それを差し出すと、店主は硬貨を指先で弾き、怪訝そうに眉を寄せた。
「ですよねー。 知ってた……」
私が肩を落とすと、店主は豪快に笑って串を一本差し出した。
「嬢ちゃん、迷子か? 文無しなら仕方ねえ、一本食ってけ。 出世払いだ!」
差し出されたのは串に刺さったお肉。 油が滴るその串を、私はたまらず受け取った。そしてお礼を言いながら、その熱々の肉にかぶりつく。
「おいしぃー!」
うっすら塩味が空腹に染み渡る。 大きめの肉を二つ一気に胃の中に流し込み、残りの二つを愛犬の口元へ持っていった。 油分の多いお肉だけど、異世界だしいいよね? そんなことを考えながら。
「くぅん?(あら、いいの? 妹ちゃん、もうポンポいっぱいになっちゃった?)」
赤ちゃん扱いするような言葉に、顔から火が出そうになる。 他の人には聞こえていないだろうけど、ポンポって言うな、ポンポって。
「……いいから、食べて」
私は照れ隠しにぶっきらぼうに言い、愛犬に肉を分け与えた。 愛犬は一旦躊躇した後、満足そうに目を細め、美味しそうに肉を咀嚼した。
はじまりました。どうぞよろしく。
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