友人A
七月某日、超晴れ。
「……あー、もうあっつい」
橙也がげんなりとするのも無理はなかった。
今日の気温は三十七度、エンジンをかけずに車を二十分も放置しておけば簡易なサウナが真昼間から簡単に体験できてしまうほど愉快な気温。
車を持っていない、元よりまだ高校二年生である橙也にはそんな体験はできっこなかったが、この気温、外を歩くだけでも地獄である。
「大体、こんなあっついのに肉まん食いたい何てあいつどうかしてんじゃねーのか、いや絶対どうかしてる」
と、文句を口にしながらトコトコと歩く。
涼しい店の前を通る度、少し休んでいきたい衝動に駆られるが、恐らく今頃あの少女はお腹を空かせて騒いでいる事だろう。とりあえず早く帰ろうと橙也は歩く速度を速め――
後悔した。
そうした途端に額を流れる汗が倍増したからだ。
「あー、もう! あっつい! あっつい! あっつーーい!!」
意味のない叫び声を上げる。汗をかく事は最も効率よく体温を下げるらしいが、行き過ぎれば脱水症状になる。というか、汗が出なくなったらヤバい。
と、そこで何か思い立った。
無だ。心頭滅却すれば何とかかんとか。
無になるんだ、橙也。
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パパァー、と車のクラクションを鳴らす音がして、橙也はキレた。
「うっせぇぇー!! あー、もうダメだ。心頭滅却してもダメだった。ていうか、なんだよあのことわざ、知ってりゃ何か変わるのかよ」
ぶつぶつと文句を言う橙也の手には、コンビニの袋が握られている。中身は肉まんが三つ。今朝出会ったばかりの、白ワンピース少女の注文である。
少女の名前は緋色。雪のような白い肌に、赤い瞳、黒い髪をした少女だ。今朝、何故か橙也と同じベッドで寝ていた。
綺麗、というか可愛い系である彼女の肌には、いくつか不自然な傷がある。家出してきたっぽいのだが、緋色は靴も履いていなかった。
もしかすると、複雑な家庭の娘なのかも、と思った橙也は少しの間だけ、緋色を匿う事にした。
したのだが。
意外や意外。少女の華奢な外見からは想像もできないほど、彼女は大食いだった。
食パンにマーガリンを豪快に塗った物(厚切り三枚)でも足りず、非常食のカップラーメン(大盛りの一・七倍サイズ、当社比)もぺろり、結局デザートにと注文してきたのが、肉まん三つであった。
「本日の最高気温は三十七度。額には豪快な汗、着ているシャツは汗まみれ……。暑いからと身だしなみに気をつけないんじゃあ、女にモテないのも当然だよなぁ、親友」
そんな事を言って前から現れたのは、高校の同級生、爽やかフェイスの白崎だ。
爽やかフェイスという表現に偽りはなく、コイツという奴は夏だろうが冬だろうがいつでも笑顔満天の軽薄野郎である。薄い茶髪に「お前中二?」ってくらいの童貞、着ているシャツには大きく入った「萌え」の黒字。背は橙也よりも一センチ低い。というか、ほぼ体格は同じだ。二人とも百六十センチ後半。痩せてもなく、太ってもいない。
橙也は面倒そうに、
「黙れ、姉弟愛者この度は面倒くせーから帰れ」
「な、だ、誰がシスコンか!?」
あー、もう! と橙也は頭をバリバリとかく。よりによって、最悪の相手と出くわしてしまった。と本気で思う。
小学高からの妙な腐れ縁で結ばれた二人は、出会う度に漫才のようなやり取りをしてしまうのだ。最近になって、橙也はそれが面倒くさいと思うようになったのだが。
「ていうかさ、橙也ちんは今日暇を持て余している口かい? そうならば僕様と一緒にファミレスにでも行くぜよ!」
「お断る。なにが悲しくて貴様と二人でファミレスに行かねばならん。それに、俺に用があるならメールか電話すればいいだろ。道端で会ったって事は明らかに偶然見かけたから声かけました、って事だろうが」
「いや、メールや電話だと無視されるかもだからなー、今から橙也の家に行く所だったのさ」
ニッコリ笑顔、眩しい程真っ白な歯が光る。
あぁ、メールや電話だったら無視できたのになー、と橙也は思う。
「今日は忙しい、またにしてくれたまえ」
と、橙也は白崎を無視して歩きだす。
すると後ろから「まぁーてーい!!」と叫び声が。
「お、女か? 女なのかい! 橙也くん!? に、日曜日は女の子とスパーキングかい!?」
「ま、あながち間違ってねーが、ていうか何だよスパーキングって」
質問しても、悪友Aはありえねー、と頭を抱えるばかり。
「ハッ、そうか! 妹だな? 愛沙ちゃんだな、そかそか、オイラ達童貞軍団に縁がある女の子と言えば二次元か身内くらいしかありえねーもんな。女の子って言うからオイラはてっきり突然恋に落ちて一晩ベッドを共有した仲かも、とか思ってしまったよ。うん。なぁんだ橙也くんだって人を散々シスコンだなんだと言っておいて自分もちゃっかり……」
白崎はうんうん、と頷いた。
橙也はコンビニの袋から、肉まんを一つ取り出す。
「そうなんだろ!!? そうだと言えぇ!、この兄妹愛者野ろ……」
直後、肉まんを顔面目掛けてスパーキング。
白崎と橙也は、横に並んで歩く。白崎は肉だらけの顔を拭いながら、
「全く酷いぜ、親友。いくら十七年童貞の俺でも肉まんとチューは嫌よ。ていうか、何故この時期に肉まんか!?」と叫んだ。
「うっせー、ついてくるな、そして二度と寄るな」
「どーしてそんなに冷たいのかにゃー、橙也君は」
うっうっ、と白崎は嘘泣きしながら寄って来た。それを右の裏拳で撃退し、橙也はスタスタと歩いて行く。白崎はピクリとも動かなかった。
橙也は携帯を取り出し、『白崎姉』の名前を探して通話ボタンを押した。
『はーい♪ ヒロシ姉のナナちゃんだよー♪』
ワンコールで速攻出たのが、白崎の姉だった。メイド喫茶でバイトしている、メイド服が標準装備のお姉さんである。
『……あ、橙也ですけどって知ってるか』
『うん♪ 橙也君だけは着メロ別なので速攻で分かるのだよ』
橙也は白崎姉にえらく気に入られているらしい。が、何故かこの姉弟は苦手な橙也だった。
『……で、馬鹿が太陽にやられて倒れたんで回収よろしく』
りょーかい♪ と妙に明るく返事を返された。橙也から電話がかかって来るなんて滅多にない事だった。メチャクチャ嬉しいのであろう白崎姉は、弟はほったらかしで橙也との久々のトークを楽しんだ。白崎姉のメイド武勇伝を延々と聞かされ、気が付くと二十分が経っていた。元々橙也の方からかけたので、電話代がとんでもない事になって、二重の意味で泣いた。
やっぱり苦手だー、と橙也は心で叫んだ。




