不良は少女と出会ったようです
のんびり書いていきます。
寝苦しさから目を開くと、そこには宇宙が広がっていた。
一瞬考えて、それがただ真っ暗部屋でただベッドに仰向けで寝ていただけだと気づいた橙也は、すぐに瞼を閉じる。
今日は日曜日だ。
学校もなければ部活動をしている訳でもない。AからHまでいる悪友と朝っぱらから二十四時間のファミレスでタバコ吸いながらモーニングと言う気分でもない(ちなみに橙也はまだ未成年である)。だとすればする事はただ一つ、二度寝だ。
そこで一つ重大な事に気がつく。
そういえば、携帯のアラームを設定したままだった。二度寝をする時の何とも言えない幸福感を愛している橙也は、携帯のアラームを朝の六時十分と七時十分に設定している。つまりわざと早起きして、また寝るわけだ。
日曜日の素晴らしい点、
その一。九時まで寝れる事。
その二。九時からまた昼まで寝れる事、だ。
とにかく、日曜日にアラームは不要だ。と、二度寝を邪魔されないように頭の左側にあるはずの携帯に右手を伸ばそうとして――
気づいた。
(……んん? 何だ、この誰かに腕枕をしているような感覚は……)
橙也の右腕には、何やら絹のような感触と石でも乗せられたような重みを感じた。
絹のような物は髪の毛のようだった。上腕に感じる重量感は人の頭だ。橙也の右腕は何者かによって枕にされている。髪の感触から察するに、女の子と推測できた。
腕枕と言えば、十二歳になったばかりの妹、愛沙がまだ更に小型だった頃にしたっきりだ。昔は何かと抱き着いてきたりした可愛い奴だったが、今では見る影もなし。
橙也の腕を占領し、枕にしている輩の正体が妹では無いとすると一つ問題がある。
今このアパートには、俺と愛沙しかいないはずだが……だとすれば愛沙か?
橙也は少し考えて。
いや、あいつが『おにーちゃん、一人で寝るの寂しいから一緒に寝よー。あっ枕忘れちゃった。ま、いいかおにーちゃんの腕借りちゃいまーす♪』何て早朝ドッキリでもない限りありえない。絶対。
日も上って来たのか、段々明るくなってきた。
考え込んでいても仕方ない、と橙也は開き直り恐る恐る自分の右、つまり今枕にされている方の腕を見てみる。
「………………んー」
そこにいたのは、グシャグシャの長い髪をした見知らぬ少女であった。
年齢は十五、六歳位であろうか、真っ黒な髪をした女の子が、寝息をすぅはぁしている。そしてそれが、いちいち橙也の右腕にかかる。
「………………」
何が何だかわからない橙也であったが、すぅはぁはマズかろうと感じ、ゆっくりと起こさないように腕を引き抜こうとする。女の子が息をすぅはぁする度、くすぐったい感覚がした。
ヤバい! これ以上はマズいですぞ! 橙也さん!! と少し焦りながら腕を引くようにずらす。
手首まで来た。あと少しだ。と、そこでまた気付く。
少女の口から何やら透明度の高い液体のような物がこぼれ落ちようとしていた。
「これは! この口からこぼれ落ちる雫はまさか!?」
反射的に手を引っ込めた橙也だが、勢いが強すぎた。
少女は投げ飛ばされるように、ベッドを転がり
、んにゃっ! と、猫が蹴飛ばされたような声を発して、地面に激突した。
せっかちな夏の太陽は、まだ朝の六時だと言うのに、これでもかと暑い光りを放ちながら上っていた。薄いカーテンを通して、橙也の部屋にも熱気が入り込む。だが、まだこの位ならマシな方だ、なにしろ本日の気温は最高三十七度、昨日のニュースでは、爽やかさが売りのお天気おねーさんが『えー、明日の天気はご覧の通り全国通して晴れ、晴れ、晴れ! 最高気温は都内で三十七度と言った馬鹿げた数字になってまーす。朝っぱらから続く蒸し暑さに、日曜日は家族でピクニックを予定されていた親子達も予定を変更。どうせエアコンガンガンな部屋でWiiか何かやってんだろこの野郎と予想できまーす』とか言っていた。
そんな暑い日。橙也の部屋には、見知らぬ少女。
雪を連想させる真っ白な肌に、少女漫画か! と言いたくなるほどの大きな瞳は変わった色で、炎のよう赤色。背中まで伸びた真っ黒な髪は寝癖でクシャクシャだったが、その色は、今まで橙也が見た事もないほど艶やかだった。幼児体型に似合わず、袖の長い真っ白なワンピースのような服を着ているが、背が低いせいか、小学生の出し物でお姫様役が着るような衣装にも見えた。イメージ的には、そう、白雪姫。
「えーと、そんなにまじまじと見られると恥ずかしいんだけど……」
雪のような少女は、そのリンゴのように赤い唇を小さく動かした。ベッドの下から、ベッドの上の橙也を見上げるように上目遣いで。
橙也は焦り、指先で頬をかいた。
「お、おう、わりぃ。ていうか、あれだ、誰だお前は? どういう過程を経て此処にやって来て、何故に俺の腕を枕にして『すぅはぁ』していた?」
「……? すぅはぁ?」
少女は小首を傾げる。
「いや、『すぅはぁ』は何でもない」
橙也はタバコに火をつけた(橙也は未成年)。
えっとね、と少女は姿勢を正した。
「名前は緋色。とりあえず寝る所を探してさ迷っていたらちょうど良く窓の開いたアパートの部屋があって、お邪魔してみるとこれまたちょうど良く大の字でむにゃむにゃしている人がいて……」
「俺かよ、ってちょっと待て! 窓開いてた!? かっしーな、俺はちゃんと戸締まりしたのに、ってか、お前それ立派な不法侵入じゃねーか」
「開いてたよ?」
不法侵入という言葉には反応を見せず、少女は斜め上を指して。
「ほら、あの上の方の窓」
「あーあれね。確か夕べタバコ吸ったから――って、あれは換気用の窓だ! つーか、あんなに狭い所良く体通ったな、頭さえ通ればくぐり抜けられる猫かタコですかお前は!!」
フムム、と緋色と名乗る少女は考え込む。
「しまったなぁ、よりにもよってこんなにもツッコミが激しい人の家にお邪魔してしまうなんて……あと」
「あ……?」
「タバコ、からだに良くないよ。未成年の喫煙は依存症になりやすく……」
「余計なお世話だ! っていうか、起きたなら出て行けよ! そして帰れ!!」
「うーん、わかった。あ、でもお腹が空いたかも。あー、女将かシェフはまだかー? 馳走を用意せーい」
「何勝手に決めてんだ! ちょっと、何この子、何この図々しさ」
緋色は少し目を逸らして、
「……チッ、朝食も出せないなんて」
「てめー、これ以上居座ると警察呼ぶぞ」
と、こめかみをピクピクさせながら橙也は言った。
少女は溜め息をついて
「はぁ、今時の青年はお腹空いている少女の頼みも聞けないのか……、あーあ、わかったよ。じゃあね、さようなら、たった一晩だったけど枕ありがとう、さようなら」
橙也はホッと胸を撫で下ろした。何が何だか分からんが、これで解放される。
緋色は窓に手をかけて振り向き、深くお辞儀をした。
「さようなら、本当にありがとうございました、お腹空いて今にも倒れそうだけど頑張るよ、次こそはこんな人で無しではなく朝食をご馳走してくれる心優しい人に巡り会えますように。本当に本当にありがとうございました」
早う、出て行かんかー!! と橙也は叫ぼうとしたが、そこで、少女が裸足である事に気付く。
「あー、待て。お前靴はどうした。そんだけ図々しい癖に靴は窓の外か?」
緋色は首を傾げる。
「靴、履いてない。履いてきてない」
「裸足!? 何時の時代からタイムスリップしてきたわけ、お前」
緋色は「?」という顔をして、橙也を見ている。
これはおかしいな、と橙也は思った。
橙也は緋色の事を、ただの家出少女のように思っていた。だが、家出にしたって靴くらいは履いていくだろう。靴も履けないほどの理由があるとすれば、家中追いかけ回されて裸足のまま出て来たのだろうか。だとすると、家庭的暴力という奴であろうか。
良く見ると、少女は少しやつれていて、さっきまで正座していて気がつかなかったが、緋色の細い白い足には、切り傷や擦り傷が無数にあった。
「――――っ」
橙也に、何か悪寒のような物が走った。
家庭的暴力、テレビや新聞では良く見かける言葉(というか、昨日テレビで見た)親や兄弟から受ける、身体的、性的虐待。
明るく見えたが、それはこの事を隠す為なのかも知れない。こうして見ると、少女のやせ細った体も虐待による物のように思えた。夏だと言うのに、長袖の服を着ているのも、そこにある傷を隠す物だとしたら。食べ物もろくに与えられず、靴も履かずに家を飛び出したんだとしたら。
どんどん加速していく橙也の勝手な妄想は、やがて一つの結論に結び付いた。
警察に保護されて、元の家に戻って、今度は逃げないように縛り付けられて、また虐待されるようなら……。
かなり考え過ぎかもと思ったが、もしかしたらという事もある。見て見ぬ振り何て真似ができるほど、橙也は器用では無かった。
「……あー、わかった。朝ぐらい食って行け。対した物ねーけど、文句は言わせねーけど」
朝ぐらいとは言ったが、とりあえず真実が分かるまでは家に置いてやる気だった。例えくだらない親子喧嘩による家出だとしても、帰りたくなったら勝手に帰るだろうし、親だって捜しに来るだろう。
緋色は瞳を輝かせて、
「やったー。二日ぶりのご飯だー」とはしゃぎだした。
「二日!? おまっ、どんだけ凄まじい親子喧嘩!?」
「親子喧嘩?」
「いや、何でもない。それよりも、はしゃいでる所悪いがメニューに期待するなよ。今家にはネギとマーガリンと食パンしかねーからな」
ええー、と露骨に嫌そうな顔をした緋色に対し橙也は、文句があるなら出てけー、と雷を落とした。




