いち
新作スタートします。見切り発車気味ですが、完結目指して頑張ります!
喪女という言葉をご存知だろうか。なにやら不吉な文字を使っているけれど、その意味はごくごく単純。そう、もてない女のことだ。
喪女。まるで私のために存在しているような単語だと思う。
鈴木紫、23歳。むらさきと書いて、ゆかりと読む。
中学から大学までずっと女子校で育ち、この春に地元の信用金庫に入社した。ちなみに、職場の男性陣は全員40オーバーだ。
とはいえ、環境のせいにするつもりはない。たとえ共学育ちでも、渋谷あたりのオシャレ大学から広告代理店に就職しようとも……私はきっと喪女だったことだろう。
理由はもうおわかりだろうか?
はい、正解。ブ……いや、かわいくないら。
喪女にこれ以外の理由などない。自信をもって、断言できる!
出会いの少ない環境?
引っ込み思案な性格?
男ウケしない趣味?
そんなものは理由にはならない。
だって美人ってのは、家から一歩外に出ればナンパされ、ぶすっと黙っていてもおしとやかだともてはやされ、サバゲーだろうがなんならパチスロだってギャップがいいと喜ばれる生き物なのだ。
もはや私とは別種の生物だと認識している。羨ましいという感情すら、もう湧いてはこない。
別にいいのだ。私は私で、我が道を楽しく突き進んでいるのだから。
漫画、ゲーム、アニメ。あらゆるコンテンツに手を出し、行き着いた先がコスプレ趣味だった。
ここ数年はコスプレ沼にどっぷりとつかっている。もちろん私は着るほうではなく、作るほうだ。着るのは無理、絶対無理。私の顔面で……なんて、愛するキャラへの冒涜としか思えないもの。
コスプレ衣装作りは、私の職人魂に火をつけた。睡眠も食事も極限まで削り、作り続けた。預金残高と反比例して、私の裁縫の腕はメキメキとあがっていった。
もう生身の男になんて、毛ほどの興味もない。興味があるのは、来週に控えるコミケだけだー!
はたから見れば寂しい人生に見えたかもしれない。けど、私自身はとてもとても幸せに生きていたのだ。
「こんなモテない人生もう嫌だ〜生まれ変わりたい!」なんて神に祈ったりは、一切していない。
それなのに、どんな経緯でこうなったのか、私は生まれ変わったのだ。
コミケに向かう途中の電車が事故を起こし、「あれ? もしかして、テレビ画面の上にニュース速報とかって出ちゃうレベル?」なんてちらりと頭をかすめた次の瞬間には意識を失っていた。
そうして、目覚めたときには、もう別人になっていた。
自分史上最高傑作だったあの衣装を、コスプレ仲間に届けられなかったことだけがどうしようもなく無念だ。
生まれ変わった私の名前は、ノンナ・シュミットという。
案外、地味な名前よね。もっとこう、ヴィクトリカとかアンジェリーナとかゴテゴテしたデコラティブな名前を期待してた。
歳は二十歳で実年齢とそう変わらない。これはよかった。今さら赤ちゃん言葉を駆使するとか無理だもん、絶対。
ノンナの実家であるシュミット家は、アウディーラ王国ハイゼン領の下級貴族。貴族とは名ばかりで実態は馬牧場だ。
これも、ちょっと、どうなのよ?
馬牧場もアレだけどね、ハイゼン領は僻地も僻地。試される北の大地って感じの、ものすごーく寒いとこなのよ。日本の冬なんて、あったかく感じるくらいだ。
元オタクとして当然知識はあるのよ。異世界転生といえば、華やかなのが王道じゃないの? 伝説の聖女とか、救国の乙女とかさ。王宮とかハーレムとか仮面舞踏会とかさぁ。
まぁ、百歩譲って、北の僻地の馬牧場は我慢しよう。生粋のオタクとして、なんとか楽しみを見つけてみせよう。馬の擬人化とかどうだろうか?
最大の問題は別にのところにあった。
目覚めた私は、鏡にうつる自分の姿に驚愕した。
絹糸のように流れる金の髪。
サファイアのように美しい青い瞳。
透き通る白い肌に薔薇色の頬と唇。
この流れって、転生モノの最初のハイライトじゃないの!?
これなしには始まらないってやつでしょうが。
それなのに……ノンナってば、またえらく地味な容姿なのだ。赤茶色の髪はなんだかごわついてるし、瞳は日本人にもわりといそうなダークブラウン。肌は健康的な小麦色に焼けているし、背が高くてちっとも華奢じゃない。ドレスアップしたら、たちまち美女にってタイプでもない。
そもそも、そんなタイプの女は存在しない。いるとしたら、それは地味な美人と呼ばれる方々だ。
間違いない、ノンナは喪女だ。この世界の美意識が日本と真逆とかじゃないかぎりは。
異世界なんて非現実な場所においてさえも、私は現実をつきつけられた。
喪女はどこに行っても、喪女なのだと。