第二十七話 合流
僕たちは大広間を出て、来た道を戻る。
懐中光をつけ歩き始めてすぐに「カイト、すまない」と、ジャンが一言だけ僕に謝った。何のことだか分からずに、僕はそのままジャンの後ろを歩き続ける。
マフラーから、フィーとソラの話し声が聞こえてきた。
『コノハさんが無事だったのは良かったですけど・・・・・』
『そうじゃな。いろいろと面倒なことになっとるようじゃな』
『ソラさんは聞いたことあります? シゲンの妖精って』
『んなもん、聞いたことないわぃ。コノハは黒の妖精に騙されておるんじゃろう』
『コノハさんは相手を傷つけることや戦いそのものをイヤがるところがありましたから、そこを利用されたんでしょうか』
『分からんがのぉ。それよりも、ヒュルムがいなくなっている事のほうがワシとしては引っかかる。何かヘマでもして黒の妖精に殺されたか。それとも、コノハの言うとおり黒の妖精に選ばれず見捨てられ、出て行ったか・・・・・。これほどの事をしでかしたヤツが、そんなことで簡単にあきらめるもんじゃろか?』
二人の会話の合い間合い間に、風のうなる音が聞こえた。まだ城の外にいるらしい。
今度はタルマさんが二人に何か説明をし始めた。
『いいですか。思い切りジャンプして、着地した瞬間にもう一度ジャンプするんです。見ていてください』
ふっ、んっ、とタルマさんのリキむ声がしたかと思うと、ビヨーンという変な音があとに続いた。そのあとフィーが、よいしょっ、ソラがフンッと続く。
ビヨーン、ビヨーン、ビヨーン、ビヨーン、ビヨーン・・・・・・・・。
何度も変な音が続いたかと思うと、タルマさんが言った。
『ジャン、いま西の入り口に着きました。さっき話していた三十ミルパスのところの牢屋の前で会いましょう』
僕たちが牢屋の通路の入り口に着いたときにはフィーたちは先に着いていて、牢屋の中の人たちの治療を始めていた。聞けば、全部で二十人くらいの人たちが男女関係無く、ボロキレのような服一枚で氷の牢屋に閉じ込められているらしい。
僕はまた中に入れてもらえずに、ミミといっしょに入り口のところで待たされた。
その入り口からは、赤いヒモが大人の人の腰くらいの高さのところで出ていて、そのまま西の出入り口のほうへと、ピンと張った状態で続いている。これはあらかじめ、牢屋の人たちが出口まで迷わないようにと、タルマさんが城に入ったときからずっと張ってきたものだ。
治療の終わった人たちが、順にそのヒモを伝わって西の出口のほうへと裸足のまま歩いていく。ほとんどの人がお礼も言わずに、うつむきながらやっと歩いているような状態だった。
ミミが手伝おうとして僕の頭から離れ中に入ろうとすると、ジャンが止めた。
「何よ。私のチカラが必要でしょ?」
不満そうに言うミミにジャンは、
「いえ、ここは我々にまかせてください。ミミ様はこれからに備えてチカラを温存すべきです」
落ち着き払って答えた。
通路の奥からフィーが少し大きめの声で、
「私たちに出来るのは応急処置だけです。出来るだけ早く、きちんと治療できる人のところへ行ってください。外にいる人たちも、後で必ず助け出します。私たちはヒュルムも黒の妖精も恐れません!」
通路から出てきた男の人が、血のついた右頬を掻きながら、
「ヒュルムならもういねぇよ。いるのは黒の妖精と、異世界から来た女だ。敵うわけがねえ」
ブツブツと吐き捨てるように言った。
ミミが僕の頭から離れて「ねぇ、」とその人に話しかけると、その人は悲鳴をあげて真っ暗な氷の通路を転びながら逃げて行った。
ミミは溜め息をついて、
「この感じ、久しぶりだわ」
苦笑いをして僕の頭の上に戻る。
もしかしたらジャンは、ここの人たちをパニックにさせないためにミミに手伝わせなかったのかも知れない。妖精を見たら逃げるのが当たり前という常識は、ここでも同じらしい。
最後にやせ細った女の人が出てくると、そのあとにコートのフードを背中に下ろしたフィーとソラが、塗り薬や飲み薬を両手いっぱいに抱えて出てきた。オマール号の癒しの水もある。
「予想以上に薬を使ったのぉ」
ソラが手のものをコートのポケットに入れながら言う。
「たくさん持ってきて正解でしたね。この『アッタマール』も作っておいて良かったです。皆さん裸足でしたから」
フィーも同じように自分のコートのポケットに入れていく。『アッタマール』とは、塗り薬のことみたいだ。
僕は、二人のポケットがあまりふくらんでいないことに気がついた。
「そのポケットって、どうなってるの?」
僕が聞くと、フィーは「うふふっ」といたずらっぽく笑った。
タルマさんが通路から出てきて、
「ポケットの入り口より細ければ、こんな長いものも入りますよ」
氷の牢屋を溶かすために使ったらしい、普通のヘアドライヤーの三倍くらいの長さの細長い機械を、コートのポケットにするすると入れた。
見ると、タルマさんの頭には懐中光がベルトで留めてあって、探検隊みたいになっている。そのせいで、いつもは丸いモジャモジャの頭が今はハート型だ。
タルマさんはハート頭をジャンのほうに向けて、真剣な顔になった。
「コノハとの会話は通信機で聞いていました。ジャンから見て、どう思います?」
ジャンは懐中光で顔を照らされて目を細める。タルマさんは懐中光を下向きに変えた。
「コノハが黒の妖精に騙されているとしたら、納得させるのはかなり難しいだろう。妖精のことをまったく知らないままいきなり実物と遭遇してしまったせいか、今では完全に黒の妖精を信じきってしまっている。いや、信じるというより・・・・・あれは崇拝に近い」
ソラがイヤなものでも見たような顔で、
「崇拝? 『カラスコ戦争の悲劇』以前にあった、空想上の造物主を『神』と呼んで崇めるアレか。今でも西方のどこかではあるらしいが・・・・・」
ジャンはうなづき、
「半年前にこの城に来るまでは、コノハが知っている魔法といえばフィーやヒュルムなどの、人間が使える程度のものだった。しかし妖精の、それも黒の妖精の魔法となると格が違う。それはあの大広間を見るだけでも分かる。まるでオマールのトレーニングルームのようだったが、幻覚を使わずにあんなことをやってのける妖精は黒の妖精の他にいないだろう。異世界から来たコノハが神のような存在と勘違いしてしまっても、おかしくはない」
「そういえば、コノハは『神様みたい』などと言っておったな。カイト、おヌシ等の世界には『神』がいるのか?」
「え? ど、どうなんだろう・・・・・」
神様がいるかどうかなんて考えたことないし・・・・・と戸惑っていたら、
「ああ、そんなもんか」
ソラは勝手に納得したみたいだった。
タルマさんが割って入ってきて、
「皆さん、歩きながら話しましょう。黒の妖精が帰ってこないうちに事を進めたほうがいい」
「うん」
「そうじゃな」
先頭をジャンが、そのあとにタルマさん、フィー、ソラ、僕とミミ、という順で並んで歩きだす。
ソラが続きを話し始める。
「つまり、カイトの世界でも、神は実際に目で見れる形では存在しないということじゃな。実物を見たことがないという程度のものを信じ崇めるという感覚は、ワシには良く分からんが。問題は、コノハが黒の妖精を『神』のように思っているとすれば、それはどれほどなのか、ということじゃな」
「と、言いますと?」
フィーがソラに聞く。
「例えば、もし黒の妖精のことを本当の、世界を造った造物主のように思っていたら・・・・・」
ソラは少し考え、タヌ耳をヒョコッと動かしてから、
「・・・・・コノハにとっては、黒の妖精が住んでいるこの城が『家』であって、ここ以外は『外』。黒の妖精の味方をする者が自分の味方であって、黒の妖精の敵は自分にとっても敵。と、そういうことになる。何かを崇拝するというのはそういうものだと、ワシの村の歴史の資料にはあった」
「『家』ということは・・・・・。ここから連れ出してもまたここに帰ってくる、とかですか?」
「そうじゃ。ワシ等が黒の妖精に敵対すれば、コノハはワシ等の敵となる。しかし、カイトの世界に実物の神がいないように、単なる表現でそう言っただけならば、まだなんとかなるじゃろう。もし前者だった場合は最悪じゃ。説得するのに相当な時間が必要じゃろうな」
「そんな時間、ありません!」
「じゃから厄介なのじゃ」
「僕が納得させるよ。弟の僕が話せば、分かってくれるよ」
僕が話して分からないハズがない。絶対だ。
僕たちが持つ全部で五つの懐中光の光に照らされて、時々、氷の壁や天井がきれいに光った。
歩きながら、僕は考える。
お姉ちゃんに会えれば、あとは黒の妖精とヒュルムさえなんとかできればいいと思っていた。こんなふうに、お姉ちゃんが敵になるかもしれないなんて、考えてなかった。
すべては説得できるかどうかにかかっている。
僕の今の気持ちを。あの日から四年間、誰に何を言われても「お姉ちゃんは生きてる」と言い続けてきた僕の、今までの気持ちを、伝えたい。
「ねぇ、お姉ちゃん。僕といっしょに、帰ろうよ」




