第二十六話 「大広間」
ドアの向こうには、みんなが「大広間」と呼ぶ、大きな部屋があるのだろう・・・・・・と、思っていた。そしてそこに黒の妖精かヒュルムか、もしかしたら二人ともがそろってそこにいるんだろう、と。
僕たちはしばらく声も出せずに、開けたドアのところで呆然と立ちすくむ。目の前に広がったのは、この世界には存在しないハズの景色だった。
整備された雪山。場所によって植物の有無を分けられ、木々のない斜面には雪がきれいに凹凸なく積もっている。その山の上では雪雲におおわれた真っ白な空が、山といっしょに白い景色を作り出していた。
城の外は吹雪だったのにここにはほとんど風がなく、雪は積もっているだけで降っていない。そして一番不自然なのが、僕たちの右手側にある無人のリフト乗り場だ。リフトはそこから雪山の上のほうへと、誰も乗せないままギシギシと音をたてながら動き続けている。
僕はここに見覚えがある。
ここはすべてが始まった場所。あの、霧の沢スキー場だ。
「ねぇ、ミミ。ここってオマール号のトレーニングルームといっしょかな?」
まず思いついたのはそれだった。
トレーニングルームに初めて入ったときミミはその仕掛けをすぐに見抜いていた。これももし同じなら、ミミには分かるハズだ。
「ここは違うわ。全然違う」
ミミは怯えたように少し震えた声で言い、
「もっとずっと、現実に近くて・・・・・・。少なくとも、人間にこんなモノは作り出せない。良くは分からないけど、はっきり言えるのは『幻覚』じゃないってこと。アンタたちはここでは、石ころひとつだって出せない」
ジャンが右手を上げてパチンッと指を弾く。僕たちの周りには、何も変化は起きない。
「ミミ様。ここは現実の世界と同じ、という認識でいいですか?」
ジャンはいつもどおり落ち着いていた。
「そうよ」
「分かりました。カイト、」
「うん?」
「この部屋がどうなっているのかは、タルマのような技術者にまかせればいい。私たちは自分のやるべきことをやればいいだけだ。何も考える必要はない」
「うん、分かった」
ジャンの考え方はとてもスッキリしていて、分かりやすい。
「ねぇ、・・・・・あそこにいるの、人間じゃない?」
ミミが何かに気付き、ジャンが山の上のほうを向く。僕もジャンの視線を追った。
一瞬、人影のようなものが見えた気がしたけど、遠すぎてよく見えない。目を凝らして見ようとしていると、隣でジャンが「消えた」と小さく言った。
「ねぇ?」
背後からの突然の声に、僕とジャンは飛びのいて振り向き、剣を構えた。
「もう、ヒドイなぁ。やっと会えたのに」
声をかけてきたのは「お姉ちゃん」だった!
「お姉ちゃん!」
思わず僕は叫ぶ。でも、何かがおかしい。
お姉ちゃんは部屋の入り口でニコリと笑って僕たちを見る。
僕が知っているお姉ちゃんよりも髪の毛はだいぶ長くて、肩の下くらいまである。あと、少し背が高くなったのに、着ている服があの崖で消えたときのままだ。この変な違和感は、髪の毛とサイズの合わないスキーウェアのせいなのか?
「コノハ、無事だったか」
ジャンは腰から抜いた短刀をハーフコート内の鞘に戻し、お姉ちゃんに近づこうとした。
「ちょっと待って、ジャン。その人、本当にお姉ちゃんなの? なんか変じゃない?」
「全然変じゃないよ!」
すぐに「お姉ちゃん」が否定する。
「カイト、私の顔忘れちゃったの?」
「忘れてないけど。なんか、変だ。おかしいよ。服だって四年前のままだし、背が伸びたのになんでまだその格好なの? すごく、なんか・・・・・」
今度はお姉ちゃんの代わりにジャンが、
「カイト。半年前、コノハはこの城に入ったときにはこの服を着ていた。これが一番寒さに耐えられるし動きやすいから、と言っていた。私から見れば、半年前とさほど変わらないコノハだ」
「そうだよ」
そう言ってお姉ちゃんは、一歩一歩、雪に足跡をつけながら僕に近づいてくる。その両足には見たことのない白いブーツを履いていた。
「その靴はどうしたの?」
「これはタルマさんが作ってくれたんだよ。スベランナーっていうんだよ? ね、ジャン」
「ああ」
ジャンが短くうなづく。僕はルダ・マグラスをナーダにして、構えを解く。目の前に来て僕と並んだお姉ちゃんは、フィーと同じくらいの身長だった。
ふいにミミが僕の頭の上から離れて、
「あなたがカイトのお姉さんなの? 本当にあなたが、紫暮コノハ?」
お姉ちゃんは驚いて一歩後ろに下がり、でもすぐに落ち着いて雪の上に片ヒザをついて、
「はい、紫暮コノハです。初めまして、水色の・・・・・・妖精様」
そう言ってミミに頭を下げた。
「私は水色のミミ・ファルム。あなたがカイトの姉なら、そんなあいさつはいらないわ。『ミミ』と呼んでくれてもいいわよ? 私とカイトは、友達だから」
「友達?」
お姉ちゃんは不思議そうな顔でミミを見た。何か、理解できない言葉を聞いたような、そんな顔だ。
「でも、妖精に対してそのような態度は私には出来ません。お許しを」
「ん、まぁ、・・・・・・いいわ。好きにしてくれて」
ミミは少し残念そうにして、また僕の頭の上に乗った。
「コノハ。ヒュルムや黒の妖精はどうした。この半年の間、この城の中でどうやって生きてこれたんだ?」
ジャンが話を先に進める。ジャンが「黒の妖精」と言った瞬間、お姉ちゃんは一瞬だけ真顔になった。
そして、静かに力をこめて話し始める。
「みんなは誤解しているわ。ルーシー様はとても偉大な妖精なの。あのとき、みんなは逃げちゃったから話も聞けなかったけど、この世界をより良いものにしようとしているのよ? 私がこことは違う世界から来たって話したら、すごく興味を持ってくれて。『なら、オマエの世界もこの世界も、私がまとめて面倒をみよう』って言ってくれたの。そして、ヒュルムより私を選んでくれた。黒い髪と瞳が気に入ったって」
お姉ちゃんはそう言ってうれしそうに微笑む。思いがけない言葉と表情に、僕もジャンもミミも、すぐには言葉が出なかった。
「お姉ちゃん。ヒュルムがたくさんの人たちを殺したり奴隷にしたりして、苦しめてきたのは知ってるでしょう?」
お姉ちゃんは黙ってうなづき、
「それは、話せばとても長くなる、悲しくて辛いこと。でも仕方がなかったのよ。世界を良くしようとすれば、そのための犠牲はどうしても出てしまうもの。悲しいことだけど・・・・・」
ジャンが聞く。
「ヒュルムは今、どこにいる」
「城から出て行っちゃったわ。たぶん自分より私のほうをルーシー様が選んだから、ショックだったのね。出来ればいっしょにルーシー様に仕えて、世界を変える手伝いをしてほしかった」
お姉ちゃんとジャンの声が、マフラーからも同時に聞こえてくる。いつのまにか、ジャンはマイクの感度を上げていたらしい。ジャンは続ける。
「なら、黒の妖精は今、どこでどうしている?」
「それは、知らないけど・・・・・」
また「黒の妖精」という言葉を聞いてお姉ちゃんは一瞬だけ真剣な顔を見せ、すぐに微笑み、
「ルーシー様が空間系の魔法が得意なのは知ってる?」
「ああ」
お姉ちゃんは両手を広げて夢見るような口調で、
「どこかで今もきっと、ルーシー様はこの世界を見守っているわ。まるで、神様みたいに。この世界のどこにだってルーシー様は一瞬で行けるのよ? だってこの宇宙の始まりから生きている、始源の妖精なんだもの! 私とカイトのいた世界にだって、あともう少しで行けるようになるの。すばらしいでしょ?」
うれしそうに目をキラキラと輝かせて、お姉ちゃんは言う。続けて、
「ねぇ、カイト。ここの景色、覚えてる? 霧の沢スキー場だよ。私たちの世界のことは、ルーシー様のチカラでも見ることしか出来ないけれど、私のためにこうやって同じものを作ってくれたの。私が向こうに戻るまでの間さみしくないようにって、それだけのために作ってくれたんだよ。とてもやさしい妖精なのよ。それなのにみんなは話も聞かないで、攻撃ばかりしてくる。全部、誤解なのに」
「コノハ」
お姉ちゃんの言葉をさえぎるようにジャンが話し出す。
「タルマやフィーもこの近くまで来ている。いま呼んでくるから、その話は皆がそろってからでもいいか?」
お姉ちゃんは両手を合わせて喜び、
「うん、いいよ! フィーかぁ。久しぶりだなぁ。ずっと会いたかったんだぁ」
ニコッと笑った。




