第二十四話 決戦前夜
それからも毎晩悪夢は続いたけど、夢の中であの「誰か」が来ることはもうなかった。
僕はミミといっしょに、毎日ジャンと「戦い」続ける。
他のソラやフィー、タルマさんたちはトレーニングルームにはほとんど来ないで、何かを作ったり研究したりしているようだった。
ジャンとの「戦い」、九日目。
いよいよ明日には、黒の妖精の城に着く予定だ。
トレーニングルームの空が赤くなり始めたころ、木刀を草の上に置いてジャンが言った。
「カイト、わずかな間によくここまで強くなったな」
ミミが僕の頭の上から離れ、
「そうね。もうリスより早く動けるんじゃない?」
僕は苦笑いをして頭をかいた。すばやく動けるようにはなったけど、リスより早いかどうかは分からない。
ジャンは少しずつ赤くなっていく空を見上げながら、
「カイト、仕上げだ。軽い気持ちでいい。ルダ・マグラスをメルテにして、落ちてくる岩を切ってみてくれ」
「え?」
僕が返事をするより先に、ジャンは右手を上げ「パチンッ」と指をはじいた。
直径一メートルくらいの岩がいくつか空中の高いところに現れて、僕たちの上に落ちてくる。
「ええ? メ、メルテ!」
僕の体と剣を白い光が包む。隣でジャンが高くジャンプして、一番始めに落ちてきた岩を素手で殴り、砕いた。
ジャンは小さくなった岩のかけらといっしょに落ちてきながら、
「どうした、まだまだくるぞ!」
ミミは自分の体を球体で包んで守り、僕はジャンのマネをしてジャンプする。ヒュッと風を切る音がして、あっという間に空中の岩の前まで飛び上がった。
すかさず剣を振るう。
キンッ、という金属音とともに岩は真っ二つになり、さらに何度も切り裂いて粉々にした。落ちていく岩のかけらといっしょに下を見ると、僕は二十メートルくらい飛び上がっていた。
着地し、またジャンプする。
次から次へと岩は現れ、そのたびに僕とジャンは飛び上がって砕き、切った。
なんとなくジャンは楽しんでるみたいだったけど、僕も慣れてくるとだんだんおもしろくなってきた。巨大な岩が僕の思い通りに切れたし、落ちてくる岩がみんなスローモーションに見えた。
ミミはそんな僕たちをずっと、球体で自分を守りながら下から見上げていた。
空の赤が少なくなり深い紺色に変わるころ、ジャンがもう一度指をはじいて岩を消す。
「どうだ? 実際にメルテを使ってみて」
「うん、びっくりした。ジャンと同じくらいジャンプできるんだもん」
僕は感じたままを話す。
ジャンは金色の前髪をかき上げ、遠くを見ながら、
「いや、違うな。・・・・・わずか九日間だが、オマエの体力と技は格段に成長している。今なら、メルテを使えば私以上に高く飛べるし、早く走れる。剣さばきも相当なものだ。私が本気を出してもかなわないだろう」
そう言うと僕の肩に手を置いて、
「カイト、戦士としての自覚を持て。黒の妖精を倒せるのは、オマエだけだ」
紺色の空をバックにしてそう言ったジャンが、なんだか少しさみしそうに見えた。
ミミが球体を消して僕の頭の上にのり、うれしそうに言う。
「ふふっ。リスどころじゃなくなっちゃったわね」
「うん。このチカラは、お姉ちゃんを助けて、みんなを守るチカラだよ。絶対に負けないよ。絶対に」
ジャンは出入り口の大きな木へと歩き始めた。僕とミミも、後に続いた。
夜、明日のためにみんながクロスの部屋に集まり、作戦を練る。テーブルの上に大き目の紙が広げられた。
紙には正方形と東西南北が書かれていて、この正方形が黒の妖精の城、その西側に森、南側にあるのが奴隷の人たちの住居、城の西の出入り口と森との間にあるバツ印がオマール号の着地する場所、とタルマさんが説明した。
この西の入り口と森との間が、ヒュルムと黒の妖精がいた部屋から一番近くて、さらに地形がでこぼこしていて敵に見つかりにくい最適地だと言う。
そこまで聞いてから、僕はずっと考えていたことをみんなに打ち明けた。
「あのさ、お願いがあるんだ」
みんなの視線が集まるまで少し間をあけてから、
「そこから先は、僕一人で行かせてよ。ずっと考えてたんだ、どうすれば全員が傷つかずに帰れるのか。でもどう考えても、向こうに黒の妖精がいる以上、ルダ・マグラスを使える僕一人で行かなきゃダメなんだ。すごく考えたんだけど・・・・・」
「私は行くわよ」
真っ先にミミが反対した。ミミからはそう言われるだろうと思ってたし、止めても聞かないだろうな、って思ってたから、僕は素直にうなづく。
続いてジャンが、
「城のなかは迷路のようになっているから道案内も必要だ。私も同行しよう。フィー、タルマ、ソラの三人は中に入らないほうがいい」
有無を言わさない勢いで言った。
ソラは不満そうに、
「確かに、誰も傷つかない方法を考えればそうなるのかもしれん。じゃが、ワシやフィーファ、タルマも覚悟は出来ておる。ここまできて何もせぬなど、受け入れられんわぃ」
「そうです。私たちだって何もしてこなかったわけではありません!」
フィーもソラに続いた。
タルマさんは何か少し考えてから、右手に持ったペンでテーブルの上の紙をコンコンっと叩き、
「ジャン、何か考えがあるのですね?」
ジャンをじっと見つめる。
「ああ。戦いにおいて、それぞれの役割を決めておくことは戦術の基本だからな。ましてや今回は、黒の妖精を敵とすることが分かっている。前回のように全員で行って何も出来ず、傷だけ負って逃げるような愚は、もう冒したくない」
フィーが黙ったままゆっくりうつむく。ジャンが続ける。
「それに、カイト。セルメシオを使うとき近くに人間がいたら、巻き込んでしまうのだろう?」
「うん」
「黒の妖精に対抗できるのは、カイトが使うセルメシオだけだ。いざと言うとき周りに誰かがいてセルメシオを使えない、などとなってはいけない。私だけなら、早くその場から立ち去ることができる」
ジャンがそこまで言うと、ソラも納得したようだった。
「私は大丈夫よ! カイトといっしょに行くわ!」
ミミが胸をはって言い、すぅっと飛んで僕の頭の上に乗った。
結局、城の中に入るのは僕とミミとジャンの三人で、ソラとフィーとタルマさんは、ヒュルムに体を操られ奴隷にされている人たちの救出をする、ということになった。
奴隷を解放することはもともとの作戦のなかにも入っていて、そのための解呪薬もソラとフィーが二人で考え、この九日間で完成させていた。
話題は、その奴隷の人たちにどうやって薬を飲ませるかに移った。
みんなが話し合うなかなんとなく上を向くと、クロスの部屋の大きな窓に巨大な雪が次から次へと当たっては解けていくのが見えた。オマール号のなかはあったかいけれど、外は吹雪みたいだ。
窓についた氷の六角形の結晶が、白から透明になり、やがて流れ消えていく。
僕は明日、このコロンドニアに来てからの、・・・・・いや、四年前お姉ちゃんがあの崖で消えてから、今までずっと求めてきたその結果を、手にすることになる。
本当を言うと、怖い。黒の妖精を倒すのは僕にしか出来ない。もし僕が失敗したら、どうなるだろう? みんなは、お姉ちゃんは、この世界の人たちは?
そう考えると、怖い。
でも、絶対に逃げない。
何かをやらなくちゃいけないとき、でも怖くて足がすくんでしまうとき・・・・・・。
昔、クラスメイトとケンカして「もう学校に行きたくない」と言ったとき、お姉ちゃんは僕にこう言った。
「ゴゴアラだったら、どうするかな? あんなに臆病で弱虫だけど、逃げないで戦うよ。ほら、あのときだって、体中ブルブル震えて、怖くて泣いてたでしょ? でも、逃げなかったよね。一歩一歩、震えながら、泣きながらでも前に進んでいった。すごくかっこよかったよね。カイトも、出来るよね?」
左の手首につけたブレスレットは、コロンドニアに来てから一度もはずしてない。
「待っててね、お姉ちゃん」
誰にも聞こえないように、僕はささやいた。




