第二十三話 悪夢 後編
僕の目は見開いたまま暗闇を見つめている。呼吸しているのかどうかすら分からず、体は動かない。
つま先から頭の上まで、無数の針が皮膚をつらぬいているような、痛み。
遠くからのうめき声、悲鳴、液体の弾ける音。
これは夢だ。きっとまたミミが起こしてくれる。今だけ、耐えればいい。
カツッ、カツッ、・・・・・。
遠くから誰かがこっちに近づいてくる音がする。だんだんとその足音は大きくなり、僕のすぐ近くで止まった。なのに、何も見えない。
僕の目は、見開いたまま動かない。
ふいにその「誰か」が、話し出した。
「フフフ・・・・・。そうやって、少しずつオマエは腐って死んでゆくのさ」
一瞬、お姉ちゃんかと思うほどにその声はそっくりだった。
でも違う。吐き出すように出されたその言葉には微塵もあたたかさがなく、死人のように冷たい。
「ゆっくり、ゆっくりとな・・・・・。皮膚が崩れ落ち虫に食われ、肉が溶けて骨だけになるまで、オマエの意識が消えることはない。そこで眠ることも死ぬことも出来ず、千年の長き間、痛み、苦しみ続けるのだ」
言葉が伝えてくる空気の振動だけで、僕の皮膚の痛みは増した。
「アッハッハッハ! 哀れよのう。わざわざ異世界から来て仲間に見捨てられ、呪いで死ぬことも許されぬとは!」
ブシュッ!
左目が何かでつぶされた。激痛が増す。どんなに痛くても、僕は瞼さえ動かせない。
「どうだ? 痛いか? フフフ、ハッハッハッハッ!」
笑いながらそいつは尖った棒のようなもので僕の体を何度も突き刺す。そのたびにブシュ、ブシュ、と音を立てて血が噴き出し、全身の痛みが増していく。
「苦しめ! 苦しむがいい! 哀れな人の子よ! 孤独と絶望を永遠に味わうがいい!」
僕の心は恐怖で埋め尽くされた。
いくつもの穴を僕の体に開けて、しばらく不気味に笑ってから、そいつは言った。
「フフフ・・・・・。弱く哀れな人の子よ。ルーシー様に歯向かった最も愚かな人間として、オマエの名前くらいは覚えておいてやる。フフフ・・・・・。光栄に思え、『シグレ・コノハ』」
「うわあああぁぁぁぁぁ!!!」
僕は飛び起きた。
顔のすぐ隣でミミが驚きながら僕を見ている。
「どうしたの? また、あの夢?」
体が激しく震えて涙があふれる。
「ああ・・・・・、あ・・・。お姉ちゃんが・・・・。あの夢はお姉ちゃんだったんだ! お姉ちゃんが感じていること、そのままだったんだよ!」
泣きながら搾り出すような声で言った。
「お姉ちゃんを助けなきゃ。今、すぐに!」
僕はベッドから出て部屋を飛び出し、なりふりかまわずに大声で叫びながら、フィーの部屋のドアを叩く。
「フィー! 起きて! フィー! 助けなきゃ! 早くお姉ちゃんを助けなきゃ! フィー!」
何度か叩いたところで、フィーが眠そうな、でも少し緊張した表情でドアを開けた。
「どうしたんです、何がありました?」
「夢が、・・・・あの夢はお姉ちゃんのことだったんだ。今すぐ、早く行かなきゃ、お姉ちゃんが・・・・、早く!」
僕はフィーの両腕をつかんで激しくゆらす。
フィーはこわばった表情のまま、僕の言っていることが理解できないみたいだった。一度何かを言おうとしてやめて、ひと呼吸置いてから、
「まずは落ち着いてください、カイトさん。夢、なんですよね?」
「夢だけど、違う! あれは夢じゃない。現実なんだ!」
泣きながら叫ぶ。
ミミが僕の顔の前に来て、
「アンタ言ってることがメチャクチャよ! とにかく今は落ち着きなさい!」
僕のオデコをぺチン、と叩き、
「ほら、深呼吸して!」
「え? あ・・・・・」
水色に輝くミミに視界をふさがれ、しばらく呆然としたあと、フィーの腕を離して涙をぬぐった。
ちゃんとフィーやミミの顔が見えるようになってから、ゆっくりと呼吸を整える。
やがて涙と体の震えが止まり、だんだん体から力が抜けてきて、僕はドアの横の壁に寄りかかった。
いつの間にかソラやジャン、タルマさんがそれぞれの部屋から出てきていて、心配そうに僕を見ている。
タルマさんが、
「昨日の朝、フィーに話していた夢のことですね?」
と聞くから、僕は黙ってうなづいた。
「フィー、クロスに残っているコノハの記録は、どうなっています?」
クロスにはお姉ちゃんをこっちに呼んだときの生体と精神の記録が残っている。それが消えたら、お姉ちゃんは死んだ、っていう・・・・・。
「毎日見ています。決して、忘れることはありません」
フィーは力強くそう言い、僕が見たこともないくらい真剣な顔になった。
「今、もう一度見てみますね」
そして自分のベッドのすぐわきに置いてある真っ黒な野球のボールくらいの球・・・・クロスを両手で持って、何かを念じながら凝視した。
「大丈夫です。消えてはいません」
今も、お姉ちゃんは生きている。それは分かった。でも、
「でも、お姉ちゃんが生きているかどうかしか、分からないんだよね」
僕がそう言うとフィーは悲しそうに、
「そうです。コノハさんが今、どんな思いをしているのか、ケガはしてないかなど、具体的なことは何も分かりません。生きているのか死んでいるのかだけです。だからこそ、私たちは真っ直ぐにあの城へ向かっているんです。一日でも早く、コノハさんを助けられるように」
タルマさんもジャンもソラも、うなづいた。
お姉ちゃんの心配をしているのは僕だけじゃない。僕のチカラでフィーは明るくなったけど、お姉ちゃんのことを忘れたわけじゃない。心の傷は癒えてもお姉ちゃんを一人で置いてきてしまった事実が、今もフィーを苦しめている。タルマさんもジャンも、きっと同じだろう。
僕たちはもうすでに、お姉ちゃんを救うために最善を尽くしているんだ。
もし、あの夢が何か現実の出来事とつながりがあっても、僕たちには今以上のことは出来ない。それは頭では分かっているんだけど、心は今以上を要求し続けた。
でも・・・・・・・。
僕がワガママを言えば、みんなに迷惑をかける。つらい思いをさせてしまう。そんなことするわけにはいかない。
僕たちはもうすでに、最善を尽くしている。頭の中で何度もそう繰り返して、僕は自分の気持ちを飲み込んだ。
「うん。そうだよね。ごめん、みんな。夜中に大騒ぎして」
僕がみんなに謝ると、ジャンは僕の頭をなでて「気にするな」と言ってくれた。
それぞれの部屋にみんなが戻っていく。
「ミミもごめん、驚かせちゃって」
「いいのよ、私のことなんて。明日もきっと大変よ? ジャンは厳しいから」
言いながら微笑むミミといっしょに、自分の部屋に戻る。
部屋に入ってすぐ、ミミは僕の顔を見て言った。
「あら、左目から血が出てるわよ?」
「え?」
ミミは僕の顔の前にきて両手を左目に向け、一瞬だけ水色の光を強くする。
「これで大丈夫。どこかにぶつけたのかしら?」
目の下を左手でぬぐうと、手首のゴゴアラのブレスレットに赤い血が線になってついた。
「・・・・・・・。」
夢のなかでの出来事を思い出して、また不安になる。そんな僕を、ミミはやさしく見つめている。
僕は両手でミミをそっと包むようにして、胸元へ近づけた。
「どうしたの?」
不思議そうに見上げるミミ。僕はそのままベッドに座って、目を閉じた。
「うん。ちょっと、少しの間、このままで・・・・・。なんか、安心できるから」
薄い瞼を通しても、ミミの水色の光を感じられる。
目を閉じたって、怖くない。




