第二十一話 修練、開始
あれ? ・・・・・僕、いつ部屋に戻ったんだっけ。
朝、自分の部屋で目が覚めた。
昨日なんとなくソラのベッドの上で横になってて、いろいろ考えてたら眠くなってきちゃって・・・・・、そのまま寝ちゃったような気がするんだけど。
コンコンッ。
ドアをノックして「朝ですよー」と小さい声で言いながらフィーが部屋の中をのぞいた。
「あ、・・・・・おはよぅ」
眠そうに挨拶すると、
「おはよーございます」
とフィーは答えて「フフッ」と小さく笑った。
なんだろう?
ミミはフワフワと宙に浮きながらまだ寝ている。ミミから出る水色の光が昨日より少し明るくて、回復してきてるのが分かる。起こさないように僕はそーっと部屋を出た。
クロスの部屋に行くと、もう朝ごはんができていた。今日は梅干の入ったお茶漬けだ。
ソラが食べてるから、メロン味のお茶は使ってないんだろう。僕はソラの隣に座った。
テーブルの反対側からフィーが、
「お二人とも、昨日は部屋で何をしてたんですか? ずいぶん長く出てこないから、心配して見に行っちゃいました」
ソラがご飯粒を飛ばしながら答える。
「白の妖精のチカラについてな、ちょっと二人で考えてたんじゃ」
僕はソラにあわせてフンフンと頷いた。
「そんな、・・・・それだったら二人じゃなくて、みんなで考えればいいのに」
「ん、まぁ、いや、いおりろあるのじゃよ、いろりろと」
口いっぱいにご飯を頬張ってるソラはうまく言えてない。
「フーン・・・・・」
意味ありげにフィーはジーっとソラを見る。ソラは一度口の中のものを飲み込んでから、お茶漬けをイッキに口の中に入れた。僕はその横で何も知らないフリをして黙ってお茶漬けを食べ続ける。
「お二人には、何か秘密があるのですねー・・・・・」
じとーっと僕とソラを見ながら、
「昨日の夜ソラさんの部屋に行ったときには、二人ともベッドの上でぐっすり寝ていてすごくかわいかったのになぁ。ちょっとさみしいです」
そう言って自分のお茶漬けを食べだした。
僕の「心を治すチカラ」のことは、まだみんなには言わないほうがいい。これから先、何があるか分からないんだから。でも・・・・・。僕は少しだけ説明した。
「昨日、二人で白の妖精のチカラのことを考えてたのはホントだよ。でも、これからのためにまだソラとしか話せないこともあるんだ。そのうち、みんなにも話せるときがくるよ」
フィーは一回お茶碗を置いて、こっちを見ずに「ふーん、そうですか」とだけふてくされたように言った。
ジャンとタルマさんはもう食べ終わって黙ったままお茶を飲んでいる。僕たちの会話に入る気はないみたいで、特にタルマさんはいつもと違い表情が硬い。ジャンはいつもどおりの無口だ。
クロスの部屋の窓からは雲がスゥーッと流れていくのが見え、またオマール号が空を飛んでいるのが分かる。
全員が食べ終わりお茶や水を飲み始めると、タルマさんが立ち上がって言った。
「今、このオマール号は真っ直ぐに黒の妖精のいる城に向かっています。もとはホピ村のあった場所です。おそらく、九日後か十日後に到着するでしょう。それまでに・・・・・」
タルマさんは真剣な顔で一呼吸し、声を少し低くして言う。
「出来る限りのことをやっておきましょう」
黒の妖精と戦う日が近づいている。
さっきまでのやわらかな雰囲気が一変して、全員が真剣な表情でうなづいた。
いよいよだ。
コード村にいた頃、まだみんなと知り合ったばかりの頃は、お姉ちゃんを助けたい気持ちでいっぱいだった。自分とお姉ちゃんのことばかり考えて、みんなを怒鳴ってしまったこともあった。でも、フィーやジャン、タルマさんのことを少しずつ知って、ソラも加わって、今はみんなのことも大事にしたいって思う。
ソラはポラリス村で「黒の妖精の残忍さはハンパじゃない」と言っていた。
タルマさんの言葉を聞いたみんなの真剣な顔を見て、僕は少し複雑な気持ちになった。
お姉ちゃんを助けるため、黒の妖精を倒すために、僕たちは行く。でも、ホントにこれでいいのかな。
コード村の集会所で聞いた、みんなの「覚悟」を思い出す。
それは、必ず助ける、必ず倒す、という気持ちといっしょに「たとえこの中の誰かが死んでも」という意味もあるだろう。
何かが間違っているような気がするけれど、頭の中でモヤモヤしていてハッキリしない。
「カイト、」
めずらしくジャンが話しかけてきた。
「今日からは剣の扱い方を教えたい。せっかく伝説の剣を持っていても立ち回りがうまくなければ意味がない。剣を扱ったことはあるか?」
ジャンは左腰の短刀を右手で抜いて、僕の顔の前にかざした。
「ううん、全然ない」
鋭く光る剣を目の前に出されて、顔がこわばる。
「そうか」
ジャンは剣を鞘に戻した。
そういえば、
「あのさ、一応、みんなに話しておきたいんだけど・・・・」
僕はルダ・マグラスには四段階の状態があって、持って帰ってきたときには魔力を封じ込めた「ナーダ」の状態だったことや、魔力が最大のときには近くにいる人を巻き込んでしまうことをみんなに説明した。
ジャンが言う。
「そうか。なら、私とやるときにはセルテにしておいてくれ」
「でもセルテだと、もし体にあたったら切れちゃうよ?」
「普通の剣と同程度の切れ味なら、問題ない。それに、ナーダの何も切れない状態で練習しても意味がない。当たれば切れる、という緊張感があってこそ、腕は上達するものだ」
ジャンがそういうことを言うと、説得力があった。
「じゃあ、ジャンも本物の剣を使って僕と練習するの?」
ジャンはうなづいて、
「当然だ。もし間違って切ってしまったらすまない。そのときは痛い思いをさせるが、オマール号の水で回復できるから何も問題はないだろう」
言い終わって、ジャンは少しだけ笑った。
何も問題ない・・・・・のかな。
口元をニヤリとさせ、それを隠すようにお茶を飲むジャンを見て僕は少し不安になった。
ジャンがとても楽しそうに見えるのは、僕の気のせいかな。
部屋に戻ると、ミミがちょうど起きたところだった。ミミにも剣のことを説明して、少し休んでからルダ・マグラスを持ってトレーニングルームに行く。
トレーニングルームの中で、ミミはいつものように僕の頭の上に乗った。そして、「ビクッ」とした。
「どうしたの?」
「え? あ、えーっと・・・・・なんでもないわ」
変なの。
ジャンのあとについていき、剣を構えて向き合う。
「ミミ様を頭に乗せたままでいいのか?」
僕も、いつ降りるんだろうと思ってそのままにしてたんだけど・・・・。
「ミミ、どうする? これからすごく動くことになると思うけど」
「いいわ、このままで。ちょっと確かめたいこともあるから」
ミミは軽いから僕としては全然このままでも気にならない。でもなんだろう? 確かめたいことって。
「カイト、もうセルテにはしたのか?」
「ううん、今するよ」
右手にルダ・マグラスを持って「セルテ」と唱えると、剣はうっすらと光を帯びた。
「ではまず、カイトがどれくらい剣を扱えるのか見させてもらう」
そう言い終わると同時に腰の左右の短刀を鞘から抜き、二本の剣で切りかかってきた。
「うわっ、ちょっ、」
キンッ、キンッと剣と剣がぶつかる音が耳に響く。僕はジャンの振り下ろす剣を受けるのが精一杯だった。
「どうした、攻撃しなければ敵は倒せんぞ」
本物の刃物が自分に向かってくる迫力は想像以上だった。体がこわばってうまく動けない。
「アンタ、・・・・・全然ダメね」
必死にジャンの剣を受ける僕の頭の上で、のんきにミミが言った。
ジャンがさっき言っていた「当たれば切れる緊張感」を、体で感じる。
その緊張感のせいか、僕は少し動いただけですぐに息がきれてきた。それでもジャンはいつもとまったく変わらず、冷静に剣を振るう。
あとずさりしながら剣を受け続ける。僕の目に汗が入ってよく前が見えなくなってくると、やっとジャンは剣を振るのをやめた。
「まぁ、・・・・・・分かった」
そう言って二つの剣を腰の鞘に戻した。
僕は短い草の生えた土の上にそのまま倒れるように座り込む。息をするたび、喉がゼェゼェと音を出した。
「アンタ、もうちょっとちゃんと動きなさいよ。ぜんぜん勝負にならないじゃない」
頭の上から離れて、フワフワ浮きながらミミが言う。
「もっとこう、・・・・・そうね、木の上のリスみたいに、機敏に動けないの?」
「ム、・・・・ムリ・・・・」
うつむいて息を切らしながら答えた。
「どうだ、カイト。初めての真剣は」
ジャンも僕の前にドカッと座る。ジャンが言う『真剣』とは、この当たれば切れる『本物の剣』のことだ。
「怖くて、体がいつもみたいに動いてくれない」
「だろうな。だが、これは慣れるしかない。気の持ちようだけではどうにも出来ないものだ。黒の妖精の城に到着するまでの間、オマエには毎日、私の相手をしてもらう。多少ツライかも知れんが、・・・・・・姉上を助けるためだ」
ジャンはうつむいたままの僕の頭をポンッと叩いて、顔を上げた僕に、
「出来るな?」
とやさしく言った。
「あはっ。そんなの、当たり前だよ。僕はそのために来たんだ!」
僕の持っているすべてを出し尽くして、全力でお姉ちゃんを助ける。そう思うと、また全身にに力が湧いてきた。
「よし、では、飲め」
いつの間にかすぐ近くにフィーが来ていて、癒しの水が入った水筒を僕にくれた。飲むと、疲れがすぅっと引いていく。そしてまた、僕は立ち上がってジャンと戦った。
夜になるまで僕はジャンと「戦い」続けた。そう、それは練習なんていう生やさしいものじゃなくて、僕にとっては本当の「戦い」だった。
その最中、ミミは僕の頭の上から「んもう!」とか「ほら右っ」とか、たびたび文句や注文をつけたりしていた。でもなぜかずっと、休憩のとき以外は頭の上から離れようとしなかった。
癒しの水のお風呂のおかげで、ベッドに入ったときには疲れは消えていた。でも本物の剣で戦った興奮がなかなか抜けなくて、寝付けない。
明日もきっと今日と同じように厳しいだろう、早く寝なくちゃ、と、無理やりに毛布をかぶって寝ようとしたせいかもしれない。
その夜、僕はイヤな夢を見た。




