第十九話 邂逅
上に見える水面がキラキラと光り、たくさんの光の筋が水の中を照らしている。
でもそれは海の中に入ったばかりのほんの少しの間だけで、深くなるにつれどんどん周りは暗くなっていった。
僕とミミは巨大な泡の柱を正面に見ながらただひたすら潜っていく。
「ねぇ、ミミ。まだしゃべれる?」
「大丈夫よ」
「僕のいる世界の海にはたくさんの生き物がいるんだけど、ここには何もいないね。泡しか見えないよ」
「そうね・・・・・。海の上にいたときもそうだったけど、ここってものすごく熱いの。きっと普通の生き物はここでは生きていけないわ」
「ふーん・・・・」
どれくらいの熱さなんだろう? 水面からの光はもう弱くなって、ミミの球体から出る水色の光が泡の壁を照らすだけになってきた。目の前で水色に光りながら昇っていく無数の泡は、なんだかすごくキレイに見える。
いつこの泡は途切れるんだろう。もしかしたらこの海に底なんて無くて、どこまで潜ってもずっとこのままなんじゃないか、なんて、そんな気がしてきた。
それでも、潜り続ける。
しばらくして、下のほうが白くボウッと明るくなってきた。
「ルダ・マグラスだ! ねぇ、そうだよね? ミミ」
ミミは何も言わない。ミミが話を出来る深さはもうとっくに超えちゃったんだ。今は球体の維持に集中して、他に気を使う余裕はない。
どんどん下が明るくなってくる。そしてついに、海の底が見えた。
ゴツゴツしていて、溶岩が固まったような岩がたくさんある。そこに泡の出発点があった。白くて強い光が勢い良く出る泡を内側から照らしている。
「あの泡の真ん中にルダ・マグラスがあるんだ」
僕の言葉は独り言になった。
ミミは球体を無言のまま泡に突っ込ませて、ルダ・マグラスに近づけた。もう少し、もう少し・・・・・。そして、
キンッ!
大きな金属音と同時に頭の上のミミがビクッとして、そのまま球体が動かなくなった。
「ミミ、どうしたの? ・・・・・大丈夫?」
ミミが話せない状況だから、どうして止まったのか理由が分からない。なんで動かなくなったんだろう。
そして・・・・・、球体は上のほうからスウゥっと急速に白くなっていった!
「ねぇ、ミミ! どうしたの? ミミ!」
頭の上のミミに触っていいのか分からない。いつもみたいに話も出来ないくらい集中しているのなら、触らないほうがいいだろう。
でも、球体の水色はついに上から下まで強い白色に侵食された。僕にはまるで「水色が食べられた」ように見えた。
これはどう考えても異常事態だ。
でももしミミの身に何かあったのなら、どうして球体は消えないんだろう?
僕は混乱した。
どうして、なんで、・・・・何が起きてる?
そのとき、
『やっとオマエと話せるときが来た』
僕の頭の中で声が聞こえた。なんとなくミミの声に似てるけど、ミミじゃない。もっと低くて威圧的で、相手を包み込むような声。
「もしかして、・・・・・・白の妖精?」
『そう呼ばれることもある』
全身に鳥肌がたった。
白の妖精! ここにいるの?
『ミミ・ファルムは剣に触れて気を失っているだけだ。彼女が気がつくまでは私が手伝おう』
「ねぇ、僕、ルダ・マグラスを持っていかなきゃいけないんだ」
『分かっている。紫暮カイト、右手を剣に向け「ナーダ」と唱えろ』
僕は言われた通りにした。
「ナーダ・・・・」
すると、ルダ・マグラスの周りから泡と白い光が消えて、真っ白な剣が岩に突き刺さっているのが見えた。
『時間がない。これから私の言うことを良く聞いて覚えてほしい』
僕は黙ったまま頷く。
『「ナーダ」は魔力を剣の中に封じ込める。魔力は三段階、弱いほうからセルテ、メルテ、セルメシオ、と唱えるごとに順に開放される。ナーダのときには何も切ることは出来ない。ただの棒と同じだ。セルテ時は普通の剣と同程度、メルテ時は形あるものすべてを切ることが出来、使い手の身体能力も数倍に強化される。最後の「セルメシオ」は黒の妖精、ルーシー・メルサの作る魔力の盾さえ貫き消し去る。ただし、発動と同時に周りにあるものをその光と熱に巻き込むことになるゆえ、気をつけることだ。・・・・・やってみろ』
僕は右手を剣に向けたまま「セルテ、・・・・メルテ、・・・・セルメシオ」と順に唱えた。すると、唱えるごとに剣から出る光が増して「セルメシオ」のときには「ボンッ」という音と同時にまぶしく白く輝き、また大量の泡を出し始めた。
『忘れるな。セルメシオ時の光と熱は人間を一瞬で蒸発させる。巻き込みたくなければ、人間が周りにいないときにだけ使え』
「うん、分かった」
『では、剣を静めろ』
「うん。・・・・ナーダ」
僕がそう唱えて剣がまた静かになると、白の妖精は剣に球体を近づけた。そして、球体は剣をスゥーッと飲み込む。
『時間がない。引き抜け』
僕は剣の柄をつかんで一気に引き抜く。怖いくらい静かに、なんの手ごたえも無く抜けた。
『海の上の安全な場所までオマエを連れて行く。その頃にはミミ・ファルムも気がつくだろう』
そう白の妖精が言ってから海の上に出るまではあっと言う間で、潜るときの半分もかからなかった。その間、僕は白の妖精がどこにいるのかとキョロキョロ見回したけど、結局見つけられなかった。
ボンッという音と水しぶきを上げて、海上に飛び出る。
『彼女が目を覚ます。また会おう、紫暮カイト。オマエにミミ・ファルムを託す』
「え、ちょっと待って・・・・」
球体が白から水色に変わっていく。白の妖精の声はもう聞こえない。
「もっと、たくさん聞きたいことがあったのに・・・・」
僕が独り言を言うと、頭の上のミミがピクッと動いた。
「ハァ・・・、ハァ・・・、ハァ・・・・」
ミミの息が荒い。
「ミミ、大丈夫?」
「んん、・・・ん? ・・・・・・私、どうしちゃったの?」
「球体がルダ・マグラスに触ったとたんに、気を失ったんだ。でも、白の妖精が助けてくれた」
「白の妖精?」
「うん。姿は見えなかったけど、僕たちのやってることをみんな知ってるみたいだった。僕の名前も、ミミのことも知ってるみたいだったよ。なんか、時間がないって言って、もう行っちゃったけど」
「そう・・・・」
ミミは球体を消した。
頭の上にいるミミの顔は見れないけど、そのミミの声は何故か悲しそうに聞こえた。
「ミミ、白の妖精に会ったことあるの?」
「ないわ。ううん、たぶん、ないと思うわ。覚えてる限りでは・・・・。私のこと、何か言ってたの?」
「いや、うーん・・・・。名前くらいかな」
さっきよりも少し穏やかになった海に、アヒルがプカプカ浮いている。
白の妖精のことを話したらみんなどんな顔をするかな? 特にソラなんかきっと、大騒ぎだろうな。
とぼけた顔のアヒルの前まで行って止まると、グニャリと景色が歪んだ。僕とミミはまた、オマール号の中に入った。




