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第十六話 大水槽

 翌朝、ポラリス村の人たちが川岸のオマール号の前に集まってきた。村長とソラ、タヌコが一番前にいる。

 ソラは小さな風呂敷を首に巻いて、

「皆でいろいろ考えたんじゃが。結局、これが一番じゃと思ってな、うん。ワシも、おヌシらと行こうと思う」

 そう言って、驚く僕たちのほうに来た。

 ソラは振り向いて村人たちに言う。

「皆、デルノ様のことは頼んだ。第二巫女のモビ・レインよ」

 村長の横にいる、ソラと同じように茶色の髪と瞳を持つ女の人がうなづく。ソラよりも背が高くて、少し年上みたいだ。

「ワシはポラリス村の巫女としてやるべきことをやってくる。ワシが留守の間、巫女の仕事と権限はそなたに預ける。ワシに万が一のことがあったときには、そなたがポラリス村の巫女となるのじゃ。村の皆も彼女を助け、一人一人がやるべきことをやってくれ」

 タヌコがソラの足元まで来て、体をソラの足に擦(こす)りつけた。

「兄上も、今まで通りデルノ様の近くにいてくだされ」

 ソラがやさしくそう言うと、タヌコは名残惜しそうにゆっくりと、時々振り向きながら村長のほうに戻っていった。

 村長や村の人たちはみんな心配そうな顔でソラを見ている。でもソラは全然それに気付かないみたいで、目をキラキラさせて「じゃぁ、行こうかの!」と、元気良く言った。

 タルマさんが「ホントにいいんですか?」と聞くとソラはワザとらしく真顔になってうつむき、

「うむ。長く妖精と関わってきたポラリス村の巫女が、この一大事に何もせず村に残っていては申し訳ないというものじゃ。妖精研究に命をかけてきた村人たちと、代々の巫女の方々に、な。・・・・それに、」

 パッと顔を上げて、

「ワシが行きたいのじゃ!」

 最後の一言が本音みたいで、ニパッと笑った。

 村長が一歩前に出て、

「タヌ耳を持つソラはあなた方にとって、とても強い味方になると思います。しかし、見てのとおりまだ幼い子供です。迷惑もかけるかも知れませんが、・・・・ソラをお願いします」

 その筋肉質な大きな体をくの字に曲げてお辞儀をした。

 それを聞いたソラは小さい声で「何を言うとるのじゃ」とつぶやいた。

 フィーが村の人たちに一礼する。

「ありがとうございます。私たちは全力を尽くしてポラリス村に無事、ソラさんを戻すよう努力します。では、そのときまでソラさんをお借りします」

 そう言うとソラの手を取った。不思議そうにしているソラのもう片方の手を僕が握り、僕とタルマさんとジャンも手をつないで、オマール号に入った。


 またあの大きな窓があるだけの、真っ白な壁に囲まれたクロスの部屋に入った。

 ソラは何が起きたのか分かってないみたいで、ポカーンと口を開けている。

 フィーがクロスに両手をかざして、

「捜索。捜索範囲、かつてのマグラダ国上空。・・・・・・えっと。タルマさん、この場合どうすればいいですか?」

 クロスに手をかざしながら質問した。

「そうですね。・・・・・・『水蒸気異常発生地点』でお願いします」

「はい。・・・・捜索目標、水蒸気異常発生地点。発見、到着の後(のち)その上空で待機」

 フィーの両手から薄い水色の光がクロスに流れ込み、窓から見える景色が動き出した。オマールが飛んだんだ。


 そのあとのソラはうるさいくらい騒がしかった。「これは何じゃ? あれは何じゃ? なんでじゃ!」と目をキラキラさせながら質問をしまくり、タルマさんとフィーが一通り説明すると、今度は自分に与えられた部屋にフィーといっしょに入っていった。フィーがお風呂やお湯のこと、新洗箱(しんせんばこ)の説明でもするんだろう。

 しばらくして、

「にゃぁぁぁーーーーー!」

 僕の隣の部屋、さっきソラとフィーが入った部屋から悲鳴が聞こえた。

「どうしたの?!」

「え、あ、その、ええっと」

 僕とミミがびっくりして見に行くと、ソラをベッドに押し倒すような形でフィーがソラの上に乗っかっていた。フィーは「あはは・・・」と苦笑いをして、

「ちょっとだけ、ソラさんのタヌ耳を触らせてもらってたんです」

「誰も触っていいなどと言っておらんわ! こいつが強引に触ろうとしたんじゃ!」

 ソラが半べそでフィーの下から反論した。

 騒ぎに驚いてタルマさんとジャンもやってきた。

「このタヌ耳はデリケートなんじゃ! 不用意に触ろうなどと考えんでくれ!」

 フィーがソラからどいてベッドの端に座ると、ソラは怒りながら上半身を起こした。タヌ耳をさすりながら女の子座りをする。

「ごめんなさい。そんなに嫌がるとは思ってなかったの。でも、・・・・・フワッフワなんですね、その、中の白い毛」

「んん、まぁ、そうじゃな。ワシも、うん、まぁ、気に入っとる」

 ソラは自分でタヌ耳の後ろを下から上へと撫でて、最後に先端を両手でピッと上に引っ張った。

「自分で触ってもなんでもないんじゃが、人に触られるとくすぐったいというか、とにかくダメなんじゃ。じゃからもう、こんなことはせんでくれ」

「分かりました」

 フィーはそう言ったあとにちょこっと舌を出しておどけた。

 僕の後ろからタルマさんがフィーに聞こえないくらいの小さな声で、

「驚いた。まるで・・・・」

 と、言いかけて黙った。タルマさんの後をジャンが続ける。

「まるで、黒の妖精に会う前のフィーだな」

 タルマさんは「フッ」と小さく笑い、ボサボサ頭を掻いてから、

「落ちついたら、トレーニングルームに集まってください。『雲の生まれる場所』の捜索には数日かかると思います。それまでに出来ることをしておきましょう」

 そう言ってクスクス笑いながら自分の部屋に戻っていった。

 フィーはソラにもう一度だけ謝って部屋を出て行く。

 僕の「心を治すチカラ」で元気になったあとのフィーって・・・・・。コード村やポラリス村にいるときはすごくしっかりして大人っぽいのに、仲間だけになると全然違う。そういえば、お姉ちゃんの手紙にもそんなことが書いてあった。

 でも・・・・。僕もあの耳に触ってみたいな。「触らせて」って言えば大丈夫かな?


 自分の部屋に戻り、ポラリス村で着ていた服を脱いで自分の服に着替える。やっぱりジーンズにTシャツのほうが慣れてるし動きやすい。その格好で、ミミといっしょにトレーニングルームに行った。

 中に入るとあの青っぽい水が並々と入った、見たこともないくらい巨大な水槽があった。縦と横は十メートルずつくらいの幅で、高さはだいぶある。

 出入り口の大きな木の近くで、いつものローブを着たフィーが話しかけてきた。

「ミミ様とカイトさん用にアレを出しておきました。深さはなるべく深いほうがいいと思うんですけど、オマール号の水量にも限界があるみたいです」

 うん?

「トレーニングルームってみんな幻覚じゃなかったの?」

 タルマさんがきて、

「それを説明するのは難しいなぁ。ここは現実と幻覚の両方をうまく使っていると考えてください。しかし、まさかこんなふうに水を使うことがあるとは思いませんでしたよ。トレーニングで使える量としては、あの水量が限界です。あの水槽を使って、実際にミミ様とカイトくんでやってみてください。『癒しの水』を使っているので大丈夫とは思いますが、私とフィーは念のため外でお二人を見ています」

 ジャンはまた遠くのほうで一人でトレーニングしていた。みんな、格好はいつもどおりに戻っている。ソラはまだ部屋から出てこない。

 巨大な水槽のすぐ下まで行って見上げてみる。高さは何メートルくらいあるんだろう?

 ミミが僕の頭の上に乗り、そのまま僕を宙に浮かせて水槽の上まで飛んだ。水槽の高さは小学校の校舎くらいありそうだ。下を見ると僕の足がブラブラとしていて、少し、いや・・・・・・かなり怖い。

「ミミ、無理そうだったら早めにやめてね」

「何アンタ、私を疑ってるの?」

「そうじゃなくてさ、だって、やったことないんでしょ?」

「やったことなくてもこれくらい出来るわよ。私とアンタと、周りの空気を魔力でいっしょに包むだけなんだから、簡単よ」

 シュッという音と共に水色の球体が僕たちを包んだ。

「じゃ、行くわよ」

 ゆっくりと水の中に入っていく。球体の中にいる僕たちはまったく濡れることなく、頭の上のミミも水中に入った。

「すっごいや、ミミ」

「当然よ。このまま潜っていくわね」

「うん」

 ゆっくりと僕たちは水槽の底へと近づいていく。底が近づくにつれて、周りを包む球体がだんだん小さくなってきた。

「どうしたの? 小さくなってきてるみたいだけど」

「ちょっとなんか、調節が難しいのよ。深くなると、だんだん周りの水が重くなってきて」

 どんどん球体は小さくなる。それを外で見ていたタルマさんが水槽の厚い壁を叩いた。声は聞こえてこないけど、一回外に出るように言ってるみたいだ。僕たちはまたゆっくりと上がっていくことにした。

 外に出て草の上に座る。頭の上のミミが「ふぅー」と溜め息をついた。

 ミミは僕の頭から離れ、

「何かしら、あれ。周り全体から押さえつけてくるみたいに重くなったわ」

 タルマさんに質問した。

「水圧、水の圧力です。水の中に深く潜れば潜るほど、水圧は高くなります。つまり、重くなります」

「スイアツ? そんなの聞いてないわ!」

「いや、でもその・・・、あるんです。森で暮らしていたミミ様には今まで関係なかったのかもしれませんが、海に潜るとなると避けることは出来ません」

「うーん・・・・。じゃ、どうせ小さくなるんだったら始めから大きくして水に入ればいいのかしら」

「いえ、そうなると今度は球体内の気圧が高くなって、ミミ様が大丈夫でもカイトさんの体がもちません」

「なんなのよもう! スイアツとかキアツとか、めんどくさい!」

 タルマさんはちょっと困った顔になって頭をかいた。

「単純に言えば、二人を包む球体の大きさをまったく変えずに潜ることが出来れば、成功です。それには球体を作っている壁をもっと硬くする必要があります」

「分かったわ。大きさを変えずに硬くすればいいのね?」


 ミミは僕の頭の上でタルマさんの言葉を何度かつぶやきながら、もう一度同じように球体で僕ごと包んで水の中に入った。

 でもまた、底が近づくにつれて球体は小さくなってくる。

「ねぇミミ、やっぱり小さくなってきてるみたいだよ?」

 そう頭の上のミミに言いながらなんとなく手を伸ばし、僕は球体の壁に触れた。

 シュッ!

 えっ?

 次の瞬間、僕は球体の外に放り出された。口からゴボッと泡が出て大量に水を飲み込み、何が何だか分からなくなる。手足をバタつかせて暴れた。苦しい!

 上下が分からない。でも早く、上に行かなきゃ、水槽の上まで・・・・。

 泡が昇って行く。あっちだ。水面は遥か遠くに見えて、とてもじゃないけど、もう・・・・。

 次第に体が痺(しび)れて手も足も動かなくなり、だんだんと・・・・・気持ち良くなってきた。

 気を失う瞬間、ミミの水色の光が見えた。

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