第十五話 ルダ・マグラス
「・・・・へ?」
ソラの言ったことが、一瞬分からなかった。
「さっき村長が言っておったろう。『悲劇』を途中で食い止め、黒の妖精と互角に戦った白の妖精の話を」
「うん。でも、白の妖精が本当にいたっていう証拠も見つかってないって言ってたよ?」
「そうじゃ。そうだったんじゃ。・・・・うふ、うふふふふ・・・・ふはははは!」
ソラはこらえようとしてこらえきれず、だんだんと大きい声になって笑い出した。
「え、なに? どうしたの?」
「あっはは! スマン、あまりに滑稽で、うれしくてな。まさか、ワシらが六百年間も見つけられなかった伝説の証しが、こんな形で出てくるとはの! もう、おかしいやらうれしいやら、こりゃー、にょ!」
「にょ」って。
ソラは笑い続ける。こんなシーン前にも見たような気が・・・・。そっか、ミミもこんな笑い方したことあったっけ。僕の頭を爆発させたときだ。また、あのときみたいに待つしかないかも。
ソラは目尻に涙を見せるまで笑って、ようやく落ち着いてきた。
「あー、苦し、あー、笑った」
親戚のオジサンみたい。
「ま、まぁ、座れ」
「もう座ってるよ」
「あ、そっか。あはっ。はっ、プーっ」
「もう、ちゃんと話してよぉ」
「ああ、話す、いま、話す」
ソラは自分の頬をパンッパンッと両手で叩き、三回深呼吸をしてから、言葉に力をこめて今度は真剣に話し始めた。
「おヌシのもう一つのチカラ。それは、白の妖精が後世の人間のために残したという、伝説の剣『ルダ・マグラス』の使い手ということじゃ」
「伝説の剣?」
僕には身体的な能力の変化は何もなかった。そんな僕が、剣なんて使えるの?
「うむ。・・・・ん?」
ソラは急にタヌ耳を忙しくヒョコヒョコ動かして視線を出入り口のほうに向けた。僕の耳元に顔を近づけて小さい声で言う。
「ミミ様が魔力を隠して入り口で聞いておられる。いつからいらしたのかは分からんが・・・・。ミミ様のプライドを傷つけたくない。気付かぬフリをして村長のところに戻るぞ」
ミミってば、盗み聞きなんてしなくても聞いてくれれば後でちゃんと話すのに。でも、今はソラの言うとおりにしよう。
僕は無言で頷いた。
僕たちは、今度はわざとらしいくらい大きい声で、
「ルダ・マグラスについてはコード村の他の連中も聞いといたほうがいいじゃろ! 向こうに戻るとするか」
「うん!」
と言ってゆっくり立ち上がる。
驚いたミミが村長の家に急いで戻るのを想像して、少しおかしくなった。
もしかしたらミミは、村長の話を聞いて心細くなったのかもしれない。自分と同じ妖精たちが殺し合いをしてる、なんて言われたから。
「カイト、向こうに戻っても、心を治すチカラのことは黙っておくんじゃぞ」
「うん。知ってる人には効かなくなっちゃうんだったら、そのほうがいいよね。・・・・ねぇ、ソラ」
「ん?」
「その、心の傷を治すチカラは、妖精にもきくのかな?」
ソラは座布団代わりのケモノの皮を奥にしまいながら、
「それはムリじゃ。ただでさえ呪いのせいで不安定だというのに、魔力の強い妖精を治すことなど出来ん」
と言って振り向く。
「そっか・・・・」
ミミを癒すことが出来ればと思ったんだけど。
村長の家に戻ると、ソラの足元にタヌコが擦り寄ってきた。ソラが村長の横に座ると、タヌコはソラのひざの上に飛び乗って丸くなった。
僕は村長に向き合って一番前にいるフィーの隣に座る。ミミは何事もなかったみたいに、黙ったまま僕の頭の上に乗ってきた。
ソラは村長に、
「実におもしろいことが分かりましたぞ」
と言ってイタズラっぽくニヤリと笑い、
「ふふふ・・・。カイトは『ルダ・マグラス』の使い手じゃ」
村長は一瞬、間をおいて「何っ?」と驚き、僕とソラを交互に見た。
「あの言い伝えか。まさか、あれが事実だと?! しかもこんな子供が、使い手?」
むっ。
「キミは、年はいくつだね?」
「十才です」
僕の不機嫌を感じとったのか、フィーが割って入る。
「村長。人の能力に年は関係ないと思います。私は八つのころからコード村の巫女を務めていますし、ポラリス村の巫女のソラさんもカイトさんと同じくらいの年ではないのですか?」
ソラがフィーに続く。
「そうじゃぞ、村長。十才と言えばワシと同い年じゃ。たとえ子供と言われる年であっても、秀でた才があれば大人以上の働きをしますぞ?」
そう言うとソラはフィーを見て「ニッ」と笑った。
「そうか、うむ、そうだな。ソラはよくやってくれている。しかし、・・・・うーん。あの言い伝えの『ルダ・マグラス』が事実とは」
村長は信じられない、と言いたそうだった。ソラは続けて、
「村長。この六百年間なんの手がかりもなかった白の妖精じゃが、これで本当に『ルダ・マグラス』を見つけることが出来れば、その存在も証明されますぞ。伝説がすべて、事実だったということも」
ソラがうれしくて興奮してるのが見ているだけで伝わってくる。タヌコはひざの上の居心地が悪くなったのか、飛び降りてソラの横に移動した。
「あのぉ・・・」
僕の後ろからタルマさんが遠慮がちに言う。
「私たちにも、その『ルダ・マグラス』というのを教えていただけないでしょうか?」
「ん? ああ・・・・」
村長は思い出したようにコード村から来た僕たちとミミを見て、説明を始めた。
「ルダ・マグラスとは、白の妖精が後世の人間のために残したと言われる、伝説の剣のことです。黒の妖精が再び人間に危害を加えようとするとき、そのときのために白の妖精が残した、と言い伝えにはあります。ソラ、詩を」
「はいっ」
ソラは立ち上がって背筋を伸ばし、暗唱しだした。
白の結晶 全天空を覆い
白の妖精 闇を追い払う
結晶ひとつに集まりて剣となり
後世のため深き海に眠る
そこは雲の生まれる場所
ルダ・マグラス
光と熱と共に
唱え終わると、そのままソラは続けて説明する。
「この『ルダ・マグラス』とは、今は無きマグラダ国の言葉で『白の剣』という意味じゃ。その剣は『深き海に眠る』とある。深海に眠る剣を探すことなどワシらには出来んからの。今まで、この言い伝えが事実だとしても剣を見つけることは不可能ゆえ、あまり重要視してこなかったのじゃ。しかも、正式な記録書には一切この詩は出てこない。このポラリス村の住人でさえ、詩を知っているのはわずかなもんじゃろう。中には『後から誰かが作ったデタラメの詩だ』と言う者までおるくらいじゃ。しかし!」
ソラは「ふんっ」と鼻で息を吐いて、
「ワシのタヌ耳は、カイトがこの剣の使い手じゃと結論を出した。剣の使い手が現れたということは、当然、その剣も実在するということじゃ。問題は」
フィーがつられたように、少し興奮気味に割って入る。
「問題は、その深海にある剣をどうやって探すか、ですね?」
「そうじゃ。手がかりは『雲の生まれる場所』じゃ。舟で当てずっぽうに探し回ったらいくら時間があっても足りぬ。おそらくはマグラダ国のあった西のほうだろうと思うのじゃが・・・・。鳥のように空でも飛べればいいんじゃがなぁ。魔法ではそんなに高く浮き上がれんからの」
ソラのこの言葉を聞いて、僕たちは自然に笑顔になった。フィーが言う。
「鳥のように飛びたいのでしたら、アヒルのようにしっかりと飛ぶ乗り物がありますよ」
「な・・・・、なんじゃと?!」
ソラは飛び上がるほど驚いた。村長の眉毛が少し上に上がる。きっとビックリしたんだ。
それを見て、タルマさんが楽しそうに話し始めた。
「私たちがどうやってコード村から来たと思われますか? まさか、この軽装で六十日以上も歩いては来れません」
「ふむ」
村長とソラは同時に小さく頷いた。タルマさんが続ける。
「私の製作した『オマール号』は見た目もアヒルですが、実際の飛翔能力もアヒルに劣りません。その『雲の生まれる場所』を見つけることもできると思います」
ソラは驚きの溜め息をつきながら、
「コード村には不思議な技術があるんじゃなぁ。驚いたわぃ」
そう言いながら何度も頷いた。フィーがタルマさんに続く。
「あとはどうやって深海に行くか、ですね」
黙って会話を聞いていたミミが僕の頭の上から、
「たぶん、行けると思うわ。カイト一人くらいなら」
「え?! 僕、そんなに深く潜れないよ」
いきなり無茶言うなぁ。
「違うわよ。私がアンタを連れてくの。私は雨に濡れないって話したでしょ? 水の中に潜っても濡れないんだから、その水に濡れない範囲をアンタの分くらい広げればいいだけじゃない」
「そんなこと出来るの?」
「出来るわよ。やったことないけど」
やったことないのにミミは自信満々だ。
ソラが聞く。
「空気はどうされますか?」
「魔力で作った空間に、空気もいっしょに閉じ込めちゃえばいいわ。きっと簡単よ? やったことないけど」
ソラは両手をグーにして体を震わせた。
「くわぁー! 今日はなんという日なのじゃろう。ワシらの求めていたものが、イッキに見えてきましたぞ! こりゃ、村長。今宵は祭りですな!」
村長はソラの満面の笑顔を見て、でも落ち着いて、
「うむ。確かに事実ならばそれも良い。しかしソラよ。疑うわけではないが、まだ村人たちには内密にしておくべきだろう。祭りは実際に『ルダ・マグラス』を発見してからでも遅くない。そのほうが、皆の喜びもひとしおと思うぞ? それに、彼の姉上はまだ黒の妖精のもとにいるのだ。我らだけ祝い一色となるのは、彼に対して礼を失する」
「あ、はぁ。うむ。・・・・そうじゃな、まだ祝い一色には出来んな」
そう言われ、ソラは少し残念そうだった。
その後、タルマさんとジャン、フィーの三人は村長の家に残って村長と話を続けた。こんな遠くの村に来ることは滅多にないから、お互いの村のことを話しておきたいって言ってた。
僕とミミはその間ソラとタヌコにポラリス村を案内してもらった。
ソラが言ってたけど、確かにポラリス村の地面は砂が多い。それでも野菜やお米がちゃんと育つのは茶色の妖精、デルノ・スワン様のおかげなんだって。
ミミに「茶色の妖精に会いたいんじゃない?」って聞いてみたら、
「今はまだ止めたほうがいいわ。六年しか経ってないなら完全じゃないと思うし。それに魔力を感知できるんだから、会いたければ自分から出てくるハズよ」
それを聞いたソラも頷いていた。
ミミはハッキリ言うのを避けてたけど、つまり「生まれ変わってからまだ六年じゃ魔力のコントロールが完全じゃないから、会って刺激を与えないほうがいい」ってことだろう。自分が昔、起こしてしまった『事故』のことをあまり思い出したくなかったのかもしれない。
茶色の妖精以上に人間のことが好きな水色の妖精は、自分のチカラで人間を殺してしまったときどれだけ悲しい思いをしたんだろう。そして、人間たちが自分から逃げていくのを、どんな気持ちで見ていたんだろう。
僕の「心を治すチカラ」ではミミを癒すことができないのが、本当に、くやしくて残念で仕方ない。
その日の夜は、オマール号に戻って自分たちの部屋で眠ることになった。
出発する明日の朝までに、村長とソラが僕たちのことを村の人たちに話すらしい。そして、旅に必要なものをみんなで相談して分けてくれるんだって。
部屋の照明のスイッチを切って、ベッドにもぐる。
あ、そうだ。ひとつミミに聞いておこう。
薄い水色の光を出しながらフワフワと浮いてるミミに話しかけた。
「ねぇ、ミミ。やっぱり僕もミミのこと『ミミ様』って呼んだほうがいいのかな?」
ミミは「ふわぁー」とアクビをして、めんどくさそうに答える。
「そんなの、もういいわ。アンタは特別よ」
「そっか。あはっ。・・・・おやすみ、ミミ」
「おやすみぃ」
やっぱりミミは、友達だよ。




