80.フィグネリア視点
「フィグネリア様、エレミヤ王女の所に行っていたって本当ですか?」
誰だったかしら、この子。
「本当よ」
「何しに行っていたんですか?」
ああ、思い出した。マロエル男爵の娘だったわね。
虚ろな瞳に上気した頬。完全に参っているわね。
「陛下とのことを聞きに行っていたのよ。先王を弑逆し、ご兄弟すらもその手にかけた恐怖の覇王と呼ばれている陛下だけど、エレミヤ様とは仲がよろしいようだったわ。この分だと早く御子が見られそうね」
私の言葉にマロエル男爵令嬢は不愉快そうに顔を顰めた。
「陛下に相応しいのはフィグネリア様らけれす」
呂律すらも回らなくなって来ている。
この子はもうダメね。
「あら、ありがとう。でも決めるのは陛下よ。そして陛下は既にお心を決められた。そこに私の出る幕はないわ」
私がそう言うとマロエル男爵令嬢は激しく首を左右に振り、手足をバタつかせて近くにあるものを破壊し始めた。
ガシャン、ガシャンと音を立てて床に砕けては消えるポットやカップを私は無感情に見つめる。
「らめなんれすぅ!フィグネリア様らないと」
そう言って暴れるマロエル男爵令嬢は随分と私に心酔しているようだ。迷惑な話ね。
「待っててくださいね。直ぐに私が元に戻して見せます」
そう言ってマロエル男爵令嬢は意気揚々と私の部屋を出て行った。入れ違いになるようにミハエル伯爵令嬢が入って来た。
「一体何事ですか?」
ミハエル伯爵令嬢は私の部屋の惨状を見て驚いていた。それもそうだろう。
テーブルにあったものは全てマロエル男爵令嬢の手によって床に落とされていた。唯一無事なのは私が手に持っていたカップとソーサーのみ。
出て行く前に片付けて欲しかったわ。
「何でもないわ」
私は使用人に片づけとミハエル伯爵令嬢に新しいお茶を淹れるように指示した。
「先ほど出て行かれたのはマロエル男爵令嬢ですよね。随分、慌てている様子でしたが。この部屋の惨状も彼女が?」
何でもないと最初に言っているのに随分と食い下がって来るのね。煩わしい。どうせ何も背負えないのなら何もしなければいいのに。
「彼女、最近おかしいのよ。さっきも私と話して急に興奮し始めて。何だか、怖いわね」
私は自分の体を抱きしめる。怯えた目を彼女に向けてみる。
「最近、王宮内でも良くない噂が流れていますからね。エレミヤ様がアヘンをしているだとか、ジョーンズ子爵令嬢のアヘンの件とか。物騒ですから、フィグネリア様も気を付けてくださいね」
「ありがとう」
私はお茶を飲むミハエル伯爵令嬢に笑顔を向ける。彼女に心からの感謝をした。
マロエル男爵令嬢はもうダメだろう。




