70
「ここでの生活はどうですか?」
リーゼロッテとのお茶会が終われば次はアウロとだ。
なかなかにハード。
「まだ慣れずに戸惑うことも多いです。学ぶことも多く、日々充実していますわ」
「テレイシアとは服装も違いますし、向こうでは確か箸なるものを使うとか」
よく知っている。
姉が女王になるまでは閉鎖的で決まった国としか交易していなかった。
帝国とは基本的にやり取りをしていなかった。だから、アウロがテレイシアについて知っているのには驚いた。
「よくご存じですね。外交に関わる者たちはナイフやフォークを使えるのですがそうでない貴族の中には使えない者も多いんです。お箸は二本の細い棒のようなものです。その棒に物を挟んで使います」
「私にはそちらの方が難しく思えますわ。テレイシアの方たちは器用なのね」
確かに。
生まれた時から使っているから分からなかったけどナイフやフォークを使うようになってから、特にこうして他国に行ってみて初めて箸よりもナイフやフォークの方が簡単なような気がしたのだ。
「それにしても、あなたも災難だったわね」
アウロは眉根を寄せる。テーブルの上に乗っている私の手に自分の手を重ね、包み込む。
「ノワールに見初められたせいで、嫁いだ国を滅ぼされ。挙句に帝国に連れ去られるなんて」
成程。第三者から見たらそう見えなくもないのか。
王族や高位の貴族で離縁は珍しい。そこから更に再婚となるともっと珍しいだろう。体裁だってあるし。
「御心配には及びませんわ。私はここに来てとても幸せですもの」
あんな男の嫁でい続ける方が不幸ね。
でも、カルヴァンを知らない人たちには分からないでしょうね。
アウロの先ほどの言葉はカルヴァンを知らないが故の、純粋な心から私を心配しているのか。
それとも悪意により歪められた思想で私を憐れんでいるのか。
ここは共感まではいかなくとも気を遣ってそう言っていると思わせるようにした方が良いかな。
私は幸せだと言った後に苦笑して見せた。
「無理をする必要はないわ。ノワールは先王と同じで自分本位で、欲しいものを手に入れるのに手段を選ばない人だもの」
アウロは私を案じる顔をして、案じる言葉を吐く。けれどその目に隠しきれない憎悪の念が宿っていることを私は見逃さなかった。
ノワールもなかなか大変ね。基盤は安定しているみたいだけど父親の撒いた種はまだ残っている。彼は水やりをしてあげるようなマメな性格はしていない。
雑草というのは水などやらなくとも勝手に育つものだ。さて、どうやって刈ろうかしら。
なんてね。刈るのは私の仕事ではないわ。それをするのはノワールね。ここはカルディアスではないのだから。
「皇太后様もそうやってここへ来たのですか?」
ちょっとストレートすぎたかな。
アウロは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに悲し気に、どこか遠くを見るような目をして「ええ、そうよ」と言った。
彼女の目には今はもうない祖国の情景が見えているのかもしれない。
哀れな亡国の姫君は消えぬ憎悪の炎を持て余しているようにも見えた。




