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「ふぅ」
陛下は知り合いと話し込んでいる。私は少し疲れたので陛下に許可を貰ってバルコニーにいた。
後ろには陛下が私につけた女性の護衛騎士が二人いる。尤も、あまり信用してはいない。私が選んだ専属護衛とはあれ以来会えてはいない。
カルラとノルンは私の元に残っているので陛下の目を盗んで情報交換はしているみたいだけど。彼らの話によるとディーノがいつキレてもおかしくはないようだ。早いところどうにかしないといけないわね。
「随分、お疲れのようね」
「お姉様、お久しぶりです」
バルコニーで寛いでいると、フードを目深に被った体型からして男だろうか?を、連れて姉がやって来た。
そのフードの人、よく社交場に入れたわね。まぁ、私の姉ということで身元は確かだし、それにこの国はかなり緩いからね。
「彼はノワール。私の知人よ」
「はぁ」
名字がないのは平民だから?それとも名乗れない事情があるからかしら。
「上手くやっているようで安心したわ」
いつの間にか私の護衛二人はいなくなっていた。おそらく姉が下がらせたのだろうけど、私の許可も得ずに下がるなんて本当にできの悪い護衛だ。
きっと陛下は女ってだけで選んだのでしょうね。それで私が死んだら化けて出てやろう。
「お姉様ほどスマートではありませんが」
「謙遜ね。手段は問わないわ。最終的に手に入ればいいのだから」
そう言って姉はにっこりと笑った。
「エレミヤ」
私の帰りが遅かったせいで陛下が気にして見に来た。すると、陛下は怪訝な顔をしながら私の姉とフードの男を見る。
「お久しぶりね。妹がお世話になってはいないけど、気に入っていただけたのなら嬉しいわ」
「・・・・・スーリヤ女王」
陛下、私の姉のこと忘れてたでしょう。そもそも、見て直ぐに誰か分からないの?
婚姻の手続きは全て使者がしていたから殆ど初対面のようなものだけど、それでも姉は招待客なんだから顔と名前を瞬時に一致させないとダメ。これは最低限のマナーだ。
まぁ、そんなものを陛下に求めるのは酷なのかもしれないけど。心なしか、隣のフード男が呆れているように見える。
「この度は私とエレミヤの為にご尽力いただき、ありがとうございます」
にこりと笑って礼を言う陛下に姉はとても美しい笑みを浮かべた。
「可愛い妹の為ですもの。当然だわ」
決して、あなたの為なんかじゃないと姉は暗に言っているのだが当然陛下は気づかない。今まで公爵の庇護下でぬくぬくと育ったのでしょう。王侯貴族の腹黒さとは無縁。ある意味で純粋無垢に育ったのだなと思う。
「それだけではなく、テレイシアの優秀な人材まで貸していただいて。何から何まで」
「当然のことよ。身内が困っているんだもの。手を貸さないわけがないわ」
ぞくりと背筋に嫌な汗が流れる。
友好的な笑みを浮かべているけど、姉の目は笑ってはいない。それに『身内』と姉は言ったけど、これは決して私のことを指しているわけでも、婚姻により義弟になった陛下のことを指しているわけでもない。
カルディアス王国そのものを指しているのだ。
私は姉が知人と呼んだ男に視線を向ける。
彼は姉の駒には見えない。けれど、重要な人なんだろう。従者ではない。知人と呼んだ存在。
この国がどうなろうが知ったことではないけど、この国に嫁いで、出会ってしまった大切な人たちが悲しまないような結末になればいいのにと、私は自分がしようとしていることを棚に上げて身勝手にも思ってしまった。




