52
「結論から言うと、テレイシア側からお金を貸すことの許可はおりました」
夜中、ハクに確認したらあっさりと姉は許可した。
タダより高いものはない。何か理由があるはずだ。
「返す宛もないのよ。今のところ」
訝しみながら言うとハクは「返す必要はありません」と言った。
「返してもらったところで意味はないでしょう」
意味深に笑みを深めるハクは月を背にしているからか、とても美しい。
ただし、目の奥は冷めていて見ているだけで背筋が寒くなる恐怖がある。
「恨んでいるの?」
「ええ。今回の件に関してはざまぁとしか思えませんね」
「そう」
お姉様も分かっていてハクを遣いに選んだんでしょうね。近くで己の運命を捻じ曲げた一端の最後を見届けさせるために。
◇◇◇
テレイシアからたくさんの助っ人が送られてきた。こんなに送られてきてテレイシア側は大丈夫なのかと逆にカルディアス王国の臣下に心配されたけど問題ありません。
テレイシアは新人教育に力を入れているので多少の問題なら対処できます。それにこれは近いうちに来る未来を見据えた布石。
テレイシアから借りたお金と人材で私の二度目となる王妃お披露目会の準備が進んでいく。テレイシアの人材の優秀さにカルディアス王国の官吏たちは舌を巻くという情けない姿を王宮内で度々目にすることになった。
その度にフォンティーヌは深いため息をついていた。・・・・・可哀そうに。
公爵と陛下のことで精一杯で人材教育をする余裕がなかったのだろう。
「エレミヤ様のドレスに関してですが」
テレイシアから来た、テレイシアの時の私の専属執事セバスチャン。オールバックにした白髪は相変わらず綺麗にワックスで固められ、寸分の乱れもない。きらりんと光るモノクルにも一切の曇りがない。
「やはりエレミヤはこの国の王妃だからな。母上のドレスなんてどうだろうか?母上もきっと喜んでくださる」
ドヤ顔で言う陛下にセバスチャンはにっこりと素晴らしい笑みを浮かべた。
「それはとても光栄なことですね。けれど、ドレスというのは流行があります。一国の王妃ともなれば常に流行の最先端にいなければなりません。エレミヤ様はテレイシアの姫。ならば、テレイシア流のドレスを着るのがよろしいかと。この国ではとても珍しい様式ですので、人目を引きましょう」
「なるほど!確かにそうだな。父上の時代では友好国ではあったが、俺の代でテレイシアと希薄になってしまった。それを取り戻す為にもエレミヤにテレイシアのドレスを着せることでこの国でテレイシアの文化を浸透させ、関係を深めようということだな」
またもやドヤ顔で言う陛下。セバスチャンは何も言わずに笑みを深めるだけだ。後ろに控えているフォンティーヌはセバスチャンの言葉の裏にある意味を理解し、顔を引き攣らせているというのに。
それに陛下は気づいていない。セバスチャンが私を妃殿下と呼ばない本当の理由を。
最初、セバスチャンが私を「エレミヤ様」と呼んだ時陛下は「私の妃の名を気安く呼ぶな」と怒った。それに対してセバスチャンは「エレミヤ様はエレミヤ様ですから」としれっと答えた。
陛下は口でセバスチャンに勝てないし、テレイシアの人間ともめ事を起こしたくないフォンティーヌの仲裁で結局はセバスチャンの意見が通ったのだけど。
その件も含めてセバスチャンは言外に言っているのだ。
「エレミヤ様をカルディアス王国の王妃として扱うなど嫌だ。彼女は今もテレイシアの姫だ」と。だからこそ、ドレスもテレイシアのドレスを着せてお披露目をすると。
フォンティーヌはすぐに気づいたけど、陛下に教える気はないようだ。だって、彼ももうこちら側の人間だから。
王手はすでにかけた。
今更気づいたところでもう手遅れ。
ユミルの件で不満を持っていた臣下や民は少なからずいた。ただ番であることから仕方がないと思われていたし、目をつぶられている部分もあった。でも、ユミルがいなくなり、代償行為に走った彼に幻滅し、更に私に対してお金を湯水のように使いだした陛下に不安を持ち始めている者たちもいたのだ。
そこへやって来たテレイシアの強力な助っ人。これを臣下や民たちはどう思うかは手に取るように分かる。




