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陛下が入ってきて、今すぐにでも私の胸倉を掴もうとした。
慌ててフォンティーヌが陛下を止め、シュヴァリエとディーノが私と陛下の間に立った。キスリングとノルンは私の横で待機して備える。
「騒々しいですね。一体何事ですか、陛下」
「白々しい。俺のユミルをどこへやったぁっ!!」
「陛下、落ち着いてください」
フォンティーヌが何とか陛下を宥めようとしているが、陛下はまるで聞く耳を持たない。
「ユミルは男を作って逃げたのでしょう。私がいったい何をしたと仰るんですか」
「ユミルが俺を捨てるわけがないだろうっ!彼女は俺の運命の番なんだぞ」
その言葉に私は笑ってしまった。
「何がおかしい」
その行為が陛下の燃え広がる憎しみの火に油を注いでしまうと分かっても止めることはできなかった。
ああ、なんて能天気な頭だろう。
「陛下は何か勘違いをしておられる。ユミルは獣人ではありません。人族ですよ。番というものは獣人だけに通じるもの。人族には関係ありません。幾らあなた方獣人が運命を感じようとも、私たち人は本能ではなく、感情で人を選ぶのですから」
くすくすと笑いながら私は陛下を見た。陛下は愕然とした顔をしている。
哀れな男と同情する気はない。私と彼の関係は始めから破綻している。私にとって彼は心を傾けるべき相手ではないのだ。
「ユミルが城を出た後、あなたは何をしていました?何も知らずに寝ていたのでしょう」
「っ。ユミルが、俺を捨てるはずがない。ユミルは、かどわかされたのだ」
最初の頃の勢いは既にない。
それでもフォンティーヌは警戒するように陛下から手を放した。シュヴァリエ、ディーノ、ノルン、キスリングも警戒を解いてはいない。
フォンティーヌの支えを失った陛下は崩れ落ちるように床に膝をついた。
「カルヴァン」
護衛としてついてきたクルトが慌てて陛下を支えるが、彼にはもう立ち上がる力がないようだ。
目の下には隈ができ、頬はこけ、かなり衰弱しているのが分かる。
獣人にとって番は命よりも大事な存在。失えば、狂人になると聞く。
今の彼はまさに狂う一歩手前だ。ここまで来たのなら私の目的まであと一歩のような気がする。
彼にはもう飾りの王も務まらないだろう。
「仮にユミルがかどわかされたとして、あなたは何をしていたのですか?呑気に寝ていたのでしょう」
「っ」
「そんなあなたに私を責める権利があって?責任転嫁は止めていただきたい」
「いい加減にしろ!それでも、あんたは王妃か。番様を失って傷心の夫を追い詰めるなど妻のすることではない」
怒りで目を充血させながら怒鳴りつけるクルトに私はシュヴァリエから剣を借りて、彼に向ける。
「誰にそんな口を利いている?一介の臣下風情が。余程死にたいらしいな」
「妃殿下」
フォンティーヌが私の傍に来た。額には冷や汗が流れ、顔色も悪い。状況を考えれば当然のことだろう。私はただの王妃ではない。他国から貰い受けた王妃なのだから。
「庇い立てする気、フォンティーヌ」
「いいえ。先ほどの発言を聞くに最早庇いだてる気などありません。しかし、一介の臣下如きにあなた様の手を煩わせるわけにはいきません。彼には相応の罰を与えますので、この場は引いていただけないでしょうか」
「フォンティーヌ」
「黙れっ!これ以上、恥を晒すな」
フォンティーヌの一喝に現状を理解していなくともさすがに何かまずいと感じ取ったようで、クルトは黙る。
クルトが大人しくなったのを確認したフォンティーヌが再び私を真っすぐに見つめる。
大した男だ。
戦場を駆けた戦士の威圧、殺気にただの文官が耐えるなど本来できることではない。だがフォンティーヌは耐えている。
この国には惜しい人材だな。
「いいでしょう。フォンティーヌ、あなたに任せます」
「ありがとうございます」
それからフォンティーヌは放心の陛下と頭に?を浮かべている脳筋・・・・クルトを連れて部屋から出て行った。
ノルンとディーノがすかさず塩を撒いてた。
私はため息をついて椅子に深く腰掛ける。借りた剣をシュヴァリエに返して、カルラの淹れてくれたお茶を飲む。
「暫く、警護を強化させていただきます」
シュヴァリエが警戒しているのは公爵の失脚で危機感を感じている貴族が雇った暗殺者と陛下だろう。
「お願いするわ」
シュヴァリエは一礼してキスリングと共に部屋を出て行った。外で私の護衛に専念するのだろう。中はディーノとノルンの二人が護衛する。
カルラはただの侍女で戦闘能力はない。




