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「慈悲深いってのは誰に対してなんだろうな。その対象はどこまでだ?貴族までか?貴族のどこまでに当てはまる?貴族全体か?それとも高位貴族のみか?その中でも純血だけなのか?」
「ザガリアさん、私は誰に対しても優しくしようと努めています。だってそれが聖女でありヒロインである私の役目だからです。優しくするのに身分なんて関係ないわ」
堂々と自分の意見を述べているところ申し訳ないけど“ヒロイン”ってどういう意味?
周囲を窺うけど分かっている人はいなさそうね。
それにヒロインという言葉がなくても彼女の言っていることはおかしい。
だって人に優しくすることを役目だなんて。
そんなものは存在しない。もし存在するとしていったい誰がそんなくだらないものを与えたのか。
「あんたよく“ヒロイン”って言葉を使うらしいけど、つまりあんたにとってこの世界は舞台で自分も含めた俺たちは、そこの捕まっている間抜けな王子様はただの役者ってことか?まぁ、面白い考えではあるな。有名な劇作家が言っていたな“この世は舞台、人はみな役者”だと」
ザガリアはから笑いした後、纏っている空気を一変させた。鋭さが増し、息をするのも阻まれるような圧がザガリアから感じられる。
フィリミナは地雷を踏んだんだと理解するのに時間はかからなかった。
「つまり人の死はあんたにとってはシナリオに描かれた予定調和。サーシャの死ですらも。そういうことか」
「ちが、私は、ただ」
がくがくと震え何も言えなくなるフィリミナをザガリアの冷たい視線が射抜く。耐えきれなくなったフィリミナは腰を抜かしたのか冷たい床に座り込んでしまった。
「慈悲深き聖女様。優しさに身分は関係ないのならあんた知っていたか。俺たち半端者が、貧民街に押しやられた後の末路を。なぁ、あんたは何をしていた?俺たちのような半端者が貧民街で腹をすかしている時、あんたは何をしていたっ!」
「ひっ」
びくりと体を震わせ、小さな悲鳴を零しながらフィリミナはザガリアの視線から逃れるように俯く。
「幼い子供が飢えで死んでいく時にあんたは、あんたらはパーティに参加してうまいもんをたらふく食ってたんだろう。なぁ、マナート殿下。あんたが情けなくもそこの聖女様に誑し込まれてつぎ込んだ金額は幾らだ?それだけで、どれだけの子供が救えたと思う?慈悲深き聖女様、あんたに送られて来たものを売った金で救える命は幾らでもあった。でもあんたはそんなものよりもドレスや宝石のほうが大事なんだろう」
ザガリアはフィリミナから視線を逸らし、一か所に固まっている高官たちに目を向けた。
「何もせず、ただ存在するだけのあんたらには約束された明日がある。当たり前のように迎えられる朝がある。俺たちは違う。汗水たらしながら毎日働いていた俺のおふくろは過労と栄養失調で死んだ。俺のおふくろは毎月、欠かさずに税金を納めていたのに国はおふくろを救ってはくれなかった」
ザガリアは妾腹だとマナート殿下が言っていた。
彼が王族であるサーシャと繋がりを持っていたのはもしかして、母親が亡くなり、父親である貴族に引き取られたのだろうか。
「それどころか死んだことにすら気づいてもいない。理不尽だと思わないか?」
ええ、思うわよ。この世界は常に理不尽。公平なことなど何一つない。
国を運営するには莫大な予算がかかる。だから国にとって重要なのは納められる額であって、納めにきた者ではない。気づかないのは当然だ。それが国なのだから。
けれど、そのことを当然のように思い運営を続ければやがて摩擦が生じる。今のように。かつてのカルディアス王国のように。
「国にとっておふくろはただの金を生産する為の部品でしかなかった。それも、一つ失ったところで機能としては何の問題もない、些細な部品だ。でも、それが一つではなかったら?」
「どういう意味だ?」
アルセンの言葉にザガリアはにやりと笑う。
「何百、何千個という機械を形成する部品に欠陥が生じたら?」
まさかと私は思った。
それはノワールも同じようだ。私たちはお互いの目を見て考えが同じであることを確認する。
「それも、あんたらが大した価値なしと判断した俺たち国民という些細な部品ではなく、機械の根幹となる貴族という部品だったら?果たして、それでも国は問題ないと切り捨てられるか?」
「ザガリア、お前が貴族のそれも高位の者たちにアヘンを流出させていたのはその為か?」
ノワールの言葉にようやく重大さを理解した連中が騒ぎ出し、ザガリアはその光景をおかしくてたまらないという様子で見ていた。
「ああ、そうだ。これは復讐だ。俺たち半端者の。今こそ混血が純血を食らう時だ。さぁ、メインディッシュに移ろうか」
ザガリアの高笑いが部屋中に響き渡る。




