88階層
長い階段を降りたどり着いた88階層に俺はその光景に驚いた。
まず目に飛び込んだのは光だった。魔法で作られた疑似太陽だろうか、本物さながらに燦々と輝いている。
86階層は密林地帯、87階層はコロシアムときて88階層は青かった。
一面の青い空、さざめく波、透き通った海、白い砂浜がありここがダンジョンだと言われても信じる者は居ないだろう。
ジリジリと輝く太陽まで再現されている
前世のテレビで見たことあるリゾート地、エーゲ海や高校の修学旅行で行った沖縄の海を連想させた。
「これは…」
「でっけぇ水溜まりだな!おうぇっ…なんじゃこりゃ!しょっぺえ」
「この香りは塩か?」
子供の様にはしゃぐ犬耳おっさんは無視して砂浜に腰を下ろし俺はコクランと会話を始める。
近くに敵性魔物が居ないのはマップで確認済みだ。
「海っていうんだ。これ全部塩が含まれてる。知らないか?」
「知らん。しかし海と言ったか?こんなものがあるとはつくづくダンジョンとは面妖なものだ。ソラトは知ってるようだな?見たこと有るのか?」
「あぁ、昔な。俺は内陸の生まれだし修学旅行…学生の時に学友とここと似たような場所に一度来たことがある。」
俺は今は遠い場所となった過去を思い出し少し感傷に浸った。
俺は宛もなく歩きだし次の階層への階段を探したが陸地…砂浜にはなかった。残るは海の中か遠くにぼんやりと見える海だが…
クロッセアで購入した懐中時計を取り出し時間を確認すると既に昼食前の時間。
敵性魔物も居ないし丁度良い。
たまには会えない連中を呼んで食事でも楽しもうか。
「【召喚ーー配下】」
巨大な光に包まれてブルース達配下やセレナなどが姿を現す。
目線が合うとブルースは俺の足元で跪く。
「悪いなブルース。度々呼び出して」
「いえ、拙者は構いませぬ。ですが皆にこの状況を説明されては?」
「ああ、これからするつもりだ」
俺は辺りを見回す。
エルフの里に置いてきた奴等はもちろん王国、帝国の監視役に送った赤いスライム、サクラと黄色いスライム、モミジに至るまで全員だ。
名を与えていないスライムは居ないがそっちはブルースの管轄だから呼ぶかどうかは任せることにした。
総勢472名が砂浜に集まる。皆困惑した表情ではあるが知っている顔を見付け安堵した表情を浮かべるものも居る。
皆俺の仕業と気付いたのか静寂が包む。
俺は声を上げた。
「皆いきなり呼んですまない。俺のスキルで皆を集めさせて貰った。日頃皆には頑張って貰ってるから俺からバカンスの贈り物だ。海で泳ぐもよし、ビーチバレーもよし、釣りでのんびりするのも良いだろう。思い思い過ごしてくれ!バーベキューも用意しよう。道具は…ブルース頼んだ」
「御意、皆のものここに置いておくゆえ好きに持っていくといい」
ブルースが空間魔法から取り出した釣竿や魔物の革を丸めて作ったボール、ベンチやテーブル、その他様々な道具が目の前に現れた。
これは前以てダンジョンに海の階層が有れば慰安旅行とまでは行かないが皆でゆっくり過ごそうとブルースに相談していたのだ。
その時のブルースは
「流石主殿!配下の者の休息を考えていたとはなん慈悲深いお方でござろうか…」
などと感激していた。
まぁ、俺が遊びたいから呼んだだけなのだが。
俺は火を起こし石で竈を組み上げると網を置いた。
人数が人数なので合計で二十個の竈を作ると俺は一度転移で屋敷に戻り、ギルドに向かう。
太陽は中天に差し掛かった頃、まだ昼時だった。
中に入ると酒を飲んでいた冒険者がちらほら居たが無視し、お目当ての人物を見付けると声を掛けた。
「よう、久しぶりだな」
「あ、ソラトさん!ダンジョンに遠征していたんじゃないんですか?」
優しげな笑みを湛えた受付嬢、シャニアだ。
「あぁ、スキルで転移が生えてな。まぁ、それはどうでもいいや。この後予定は有るか?つっても仕事中か」
「え?えと、今日は早番だったのでそろそろ上がりですけど…まさかデートのお誘い…ですか?」
「いや、違うけど似たようなもんだ。飯の誘いっちゃ誘いなんだがな」
「行きます行きます!やった、ソラトさんとデート…うふふ!」
「お、おう、そうか。んじゃ後で迎えに来るから三十分後に中央広場で待ち合わせな」
「わかりました!急いで準備しなくちゃ…!宿舎に戻って一番良い服を…あ、下着も新しいの買った方が良いかしら…ーー」
既に上の空となったシャニアはこちらの話など聞かずぶつぶつと独り言を呟きカウンターの裏へと向かっていった。
俺は次の目的地へ向かうためにギルドを出ようとしたがそこで少し久しぶりに会う人物を目にした。
「よ…よう…」
「……」
「おい、ソラト。無視は勘弁してくれ。俺もあんな事はしたくなかったんだ…だけどサブマスとしての立場があってだな」
「言いたい事はそれだけか?一方的にガキを押し付けられ、理由を聞こうとすれば門前払い。ガキに手紙を持たせて俺に送りそれで許すと甘い考えが通じると思ってるのか?それが…人に対する態度か?」
「うっ…すまねぇ…」
ガイが言葉尻を小さく呻く。本当に申し訳なさそうに顔をしかめている。
「まぁいい……直接謝罪の言葉を聞けたから今回のことは不問にしよう。だが二度目はないぞ?」
「あぁ……本当にすまない」
ガイはうなだれる。
不快な気分だ、しかし今日は休息日。他の世話になった連中に声を掛けに行こう。
俺はガイを無視し、ギルドを出て次の目的地、ヴァネッサの魔物屋に顔を出した。
「よう、ヴァネッサ!暇か?」
「あら、ソラト。今日はどうしたの?もう用事とは済んだのかしら?」
「いや、まだ終わっちゃ居ないがダンジョン内で配下を集めてバーベキューをしててそれのお誘いだ。希望者は全員連れてくがどうする?」
「あらあら、それは嬉しいわね。魔王さまから直接のお誘いを断る愚か者は私達には居ないわ。そうよね、皆?」
「「「うおぉぉ!」」」
ヴァネッサの後ろから雄叫びの様な声が上がる、どうやら全員着いて来るようだ。
「それに彼らは元より貴方の配下に加わるつもりよ。」
「そういえばそんな事言ってたな。お、アンナ。元気か?」
包帯を目元でグルグル巻きにしている少女アンナ。
メデューサの血が混じっており目を合わせた相手を石にしてしまう魔眼を持つ少女だ。
彼女の先祖を遡るとメデューサクインと呼ばれる魔族がいる。
メデューサは吸血鬼と対をなす伝説の種族。
【災厄】と呼ばれ恐れられていたが現在ではその数も数える程しかいない。
何故俺がその情報を持っているのか、鑑定眼からの情報とセレナやブルースの知識だ。
鑑定眼で見たアンナにはこう書かれている。【先祖返り】という称号があったのだ。
まだ未覚醒状態だが覚醒すれば大事な戦力となるのは間違いないだろう。
「ソラ…あ、魔王さま、お久しぶりです」
「ソラトで良いぞ?ヴァネッサ…子供に無理を強いるもんじゃない。こんなに良い子なんだ、好きなようにさせてやれ。」
俺はアンナの頭に手を乗せ乱暴に撫でる。アンナははにかんだ笑顔を浮かべていた。
「かしこまりました」
ヴァネッサはからかうように傅くと微笑んだ。
「んじゃそろそろ行くか…っとその前にアンナ、包帯を取ってくれないか?」
「え…?でも…」
「良いから良いから」
アンナは戸惑う素振りを見せるも俺の言葉に素直に従った。
包帯が解かれ青い瞳が姿を見せた。いつ見ても神秘的で綺麗な瞳だ。
「少しじっとしてろよ?【アビス・ディファレンス】」
俺が魔法を発動するとアンナの青い瞳が黒く変わる。どうやら成功したようだ。
「俺の魔法で石化の魔眼を封印した。これからは相手の目を見て会話出来るぞ?」
大人になれば魔眼の切り替えは出来るだろうがアンナはまだ幼い。
子供の時分で相手の顔を見れないのは悲しいだろう。
俺はそう思ってアンナのためにこの魔法を開発した。
「ふぇっ…?あ、え?」
「アンナ、私の目を見て?」
アンナは混乱した様子だがヴァネッサがアンナの頬を両手で挟み無理矢理目を合わせる。
すると徐々に混乱が治まったのかヴァネッサを見ていた瞳から一筋の涙が零れる。
「あ…あぁ…」
嬉しいのかその顔は笑顔であった。
俺はそれを見届けると先にヴァネッサとアンナ以外をダンジョンに送るとヴァネッサを連れシャニアを迎えに行った。




