19 異能バトル!
人を殺した。しかも、二人も殺した。
部屋にある二つの死体を見て、男はふためく。
「どうやって、証拠を隠滅する?」
喉の渇きを覚えた。だから、お茶を飲んで、落ち着こうと思った。こういうときは冷静になることが大事だ。
男はリビングに戻り、椅子に座った。血が付いた手でグラスを傾け、喉を潤す。幾分か、気持ちが和らぎ、考える余裕ができる。
「思い出せ、ドラマとかでは、どうやって証拠を隠滅している?」
男はグラスに付いた血の指紋を見て舌打ちする。面倒くさいことになった。前に人を殺したときは、自分以外の人間が殺してくれた。だから、後始末とかする必要がなくて、楽だった。
「本当に、杉本は俺の邪魔ばかりするクズだな」
男は、お茶の隣にあったショートケーキが目についた。食べている場合ではないと思いながらも、フォークを掴み、ケーキを切り取る。口に運び、咀嚼する。生クリームはあまり好きではなかったが、クリームの甘さが頭に活力を与えてくれる。
「人を殺して食べるケーキはうまいか?」
男はむせた。突然の人の声。驚いて顔を上げると、対面に少年が座っていた。男はその少年を知っていた。菜穂とよく一緒にいる少年だ。
「何で、お前がここにいる!?」
「何で? 菜穂に助けを求められたからに決まってる」
「はっ、王子様気取りか! だが、残念だったなぁ。お前のお姫様はもう死んだよ!」
「何?」
少年は眉をひそめる。
「そうだ!」そこで男は閃く。「お前が殺したということにしよう。俺は、昔の知人に、会いに来て、偶然その場に居合わせた」
「何を言っているんだ? あんたは?」
「おい、俺の目を見ろ!」
少年と目が合い、男の目が光る。少年の意識を捕らえた感覚がある。少年は今、自分の力から逃れることができない。少年の目が濁り始める。うまく力が使える自信はなかったが、ちゃんと少年には効いたようだ。
「右手を挙げろ」
少年は右手を挙げる。男は確信の笑みを浮かべた。
「よし、いいぞ。なら、立って、俺に着いてこい!」
少年は立ち上がり、男について行った。男が向かったのは菜穂の部屋である。血だまりの中に、死体が二つあって、包丁が落ちていた。
「その包丁を拾って、女の方を刺せ。お前の大好きな女の子だ」
男は下劣な笑みを浮かべる。
少年は包丁を拾い上げる。しかし、刃先を眺めたまま動かなかった。
「おい! 何をしている! 早く女を刺せ!」
少年が男に目を向けた。
怒鳴ろうとした男は胸に違和感を覚える。見ると、包丁が胸に刺さり、血が滲んでいた。
「な、何で……」
驚いて顔を上げると、目の前に少年がいて、顔を殴られた。
男はハッとして目を開ける。悪夢から覚めた気分だ。胸にも包丁はなく、安堵する。しかしそれも束の間のこと。対面に座る少年に気づき、ギョッとする。
「お、お前ぇ!」
男は愕然とした表情で立ち上がった。少年は男を不思議そうに眺める。
「お、俺に何をした!?」
少年は首を傾げる。わかっていない人間の顔だった。男の言っていることが理解できないらしい。
さっきのは夢か?
それにしては胸の痛みにリアリティがあった。
そこで男は気づく。自分の席にあるケーキが食いかけであることに。先ほど、自分が切り取った分だけ、ケーキが欠けている。
「やはり、お前っ! 何かしたな!」男は危機感を募らせ、少年を睨んだ。「俺の目を見ろ!」
少年と見つめ合う。少年の瞳が濁って、力を実感する。
「そのフォークを置け!」少年は言われた通り、フォークを置く。「よし、ならそのフォークを持って、自分の喉に突き刺せ!」
少年はフォークを持ち直し、喉にフォークを当てる。後は押し込むだけというところで止まる。
「早く、さ……」
男は目を見開く。少年の手からフォークが消失し、自分の喉に痛みが走った。視線を下に向けるとフォークの柄が見えた。
「かっ」
男はフォークを引き抜こうとした。が、フォークは、泥にもぐる魚みたいに、喉の奥に突き刺さっていく。
「あっ、かっ」
男は痛みとともに意識が遠のく。少年の不敵な笑みを目に焼き付けながら。
男はハッと目を覚ます。にこにこ顔の少年を見て、慌てて逃げ出した。
あいつはヤバイッ!
頭の中で警鐘が鳴る。藪を突いてヘビを出してしまったようだ。
足が絡まって、転ぶ。立ち上がろうとしたら、体が勝手に浮いて、テレビの隣にあった仏壇に衝突していた。
男は声にならない悲鳴を上げ、起き上がる。背中に激痛が走った。何かが刺さっている。引き抜いて確かめる。仏像だった。
足音。少年がゆっくりとした、余裕のある足どりで迫ってくる。
男は毅然とした態度で少年を睨んだ。力だ。力を使えば。
「無駄だよ」少年は冷笑する。「あんたの力は俺に通用しない」
「な、何で」
「そもそも俺とあんたでは、力の差がありすぎるということも理由の一つだが、一番大きな理由は、あんたが力を発動できるほど俺のことを恨んでいないからさ」
「ど、どういうことだ!」
「そうか。あんたは自分の力についてちゃんと理解していないのか? まぁ、それも仕方のないことかもしれない。いつも使える便利な力ではないからな。経験があるんじゃないか? 使いたいのに、力が使えないという経験が」
男は言葉を失った。少年の言う通りだった。しかしなぜ、少年がそのことを知っているのかはわからなかった。男は動揺する。もしかして少年は、自分と同じ能力者なのか?
「ただ、俺が想像している力とあんたが想像している力は別物かもしれない。だから、確かめさせてもらうよ」
「やめろ! 俺に近づくな! 頼む! 謝るから!」
男は土下座して許しを請う。少年がそばに立つ気配を感じ、顔を上げる。少年の顔を見て絶望した。裁きを下す面構えだ。
「なぁ、あんた。【精神魔法】って知ってるか?」
「し、知りません」
「こいつは相手の記憶や精神を操作するときに利用する魔法のことだ。俺はこの魔法がとても苦手でね。この魔法には相手に対する理解が求められるからだ。【幻覚魔法】みたいに、一方的に相手の思考に干渉すればいいというわけにはいかない。だからこの魔法を使うと、いつも相手が壊れてしまう。でも俺はこの魔法をあんたに対して使う」
少年は薄い笑みを浮かべた。男は、想像できない恐怖に慄き、額を床に擦り付けた。
「や、やめてください!」
少年はしゃがみ、男の頭を挟むように両手を添えた。
「い、いや」
男はこめかみのあたりから、自分の頭の中に何かが流れ込んでくる感覚を覚えた。それは脳の皺をなぞるように動いている。
「ここか?」
「んぎ」
それが脳の中にもぐり込み、ミミズみたいに脳内をゆっくりと這い回る。と同時に、男の左目が不自然に大きく開き、頬が痙攣する。
「んが、あぁ、ぅうぅぅ」
「それじゃ、見せてもらおうか。お前が厄介者たるゆえんを」




