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黒雪猫の王宮物語  作者: ふみ
~リリア十歳~
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キール殿下の魔樹討伐

さて、自己紹介から始めた方が良いだろうか。

私はキール・スフォルティア・ルオ・クシュリフォール。

クシュリフォール王家に属し、王位継承権は第二位、保安騎士隊の総隊長の任を賜り、王都のみならず王国中の保安に努めている。


本日は王命により、王都より南西にあるフェディア侯爵の領地、オーリスト地方に赴くこととなった。

保安騎士隊のみであれば凡そ5日間も馬を走らせれば着くであろうが、女神アユマよりもたらされた使者を連れていくため、1週間はかかるだろう。


オーリスト地方は三百年程前に真っ先に魔樹が発生した所であり、最も被害の甚大な地域だ。

彼の地の魔樹が今以上に進攻することのないよう、結界で食い止めてはいるが、それもそろそろ限界だという。

私の腕の中でぐっすりと眠っているこの小さな少女が果たしてあの魔樹とどう向き合うのか想像だにしないが、行って見る他ない。

というのも、女神アユマの使者というものは種々様々であり、魔樹や魔獣を癒しの手により調伏してしまう者もいれば、その大いなる力で焼き払ってしまう者もいるという。

それ故、過去の事例をいくら紐解こうとも、我々の代の使者に関しては何一つわからないのが実情だ。


「キール、それよこして。馬車にいれるから。」

視線を下げると、十四歳になったばかりのルシュファが手を伸ばしてきた。

「ルシュファ?!お前も行くのか?!」

私の手からリリアを奪うと、ルシュファは少し眉を顰めて抱えなおす。

彼は普段あまり身体を鍛えていないから小柄なリリアでも抱えるのは難儀なのかもしれない。

「コレがどういう風に魔樹を消すのか興味があるからね。」

いつもはどれ程頼んでもほとんど協力してくれないこの弟が、珍しいこともあるものだと頬がつい緩む。

悪魔と言われていようがやはり弟は可愛いものだ。

ルシュファが馬車に乗り込むのを見た騎士達の間に俄に動揺が広がるが、手でそれを制す。

ルシュファはあまり範囲を絞らずに攻撃魔法を繰り出すところがあるので、何度か巻き込まれそうになった経験があるのだろう。

そうは言ってもこれまで犠牲者が出たことはないから、ただルシュファが面白がってよけられる範囲でわざと騎士達を脅かしている節がある。

そういう少しひねくれた部分も可愛らしいと思うのだが、部下達には理解してもらえない。


隊の準備が整い、一団は比較的ゆっくりとオーリスト地方に向かった。

途中で起きたリリアがルシュファにすがり付いて泣いているというので、時々馬に乗せたり、市場で買い物をしたりとあやしながら進んだ。

男だらけの騎士隊が怖いのかと思ったが、馬車に乗せようとする度に不安そうにするので、どうやら馬車が苦手であるらしい。

結局、リリアを連れての道程は想定以上に時間がかかり、オーリスト地方についたのは十日後だった。


「キール殿下!お待ちしておりました!」

「フェディア侯爵、久しいな。遅くなって申し訳ない。」

オーリスト地方の北東、カリス地方と隣接する境界付近に建てられたフェディア侯爵の別邸に一団が辿り着くと、すぐさまフェディア侯爵が屋敷から飛び出してきた。

「こんなところまでお越し頂き、なんと御礼申し上げればよいか!」

「魔樹の様子はどうだ。」

「は、我々の本邸は完全に飲み込まれたようです。もとはセード大森林から発生したようなのですが、今では田畑も荒らされ、農民達も皆この付近まで移動させております。」

フェディア侯爵の視線を辿り、別邸から少し離れたところに目をやると、小さく簡易な家がいくつも建てられており、住人達が窓や扉から不安げにこちらを伺っているようだった。

「不便をかけてすまないな。」

「何をおっしゃいます。食料が毎週、王都より届いております。ご支援誠に有り難く、落ち着きましたら必ずや直々にお礼を申し上げに参りますと国王陛下にお伝え下さい。」

「なに、国民を守るのは王家当然の責務。そのように恐縮する必要はない。」

王都に居座る侯爵達の中には偉そうに胸をそらしている者も多いが、このフェディア侯爵は本当に腰が低い。

領民達からの信頼も厚いと聞く。

魔樹がこのオーリスト地方で食い止められているのもフェディア家代々の対処が適切だったからであろう。

オーリスト地方以外の大抵の領主は魔樹が発生したと知るや領民を捨て真っ先に一番安全な王都に逃げ込んだという。

それに対しフェディア家は代々、魔樹がこれ以上広がらないよう、この地を守り続けてきた。

本当に頭が下がる思いだ。


「にゃぁぅ。」

振り返るとリリアがルシュファに手を引かれながら馬車から降りてきた。

「リリア。」

手招いて呼ぶと、たっと駆け寄ってきてつま先立ちをし、口をすぼめてくる。

その愛らしい唇に軽く口付けを落とし、フェディア侯爵に彼女を紹介する。

「侯爵、この娘が女神アユマの使者だ。リリア、グレーヴリュー・フェディア侯爵だよ。」

ルシュファの顔を見た瞬間、驚愕の表情を浮かべていたフェディア侯爵は慌ててリリアに向き直り右手を胸に当て深々と礼をとる。

「ちゅぅ?」

「駄目だよ、リリア。」

顔を上げたフェディア侯爵に口付けようとしたリリアをルシュファが後ろから抱き寄せる。

「それはお前の飼い主じゃない。」

「め?」

「そう、駄目。」

「にゃっ。」

こくこくと何度も頷くリリアの髪をルシュファが優しく撫でた。

あっけにとられた様子の侯爵に彼女がどうやら猫に近い種族であることや、こちらの言葉が全くわからないこと等を説明する。


「さて、じゃぁ早速馬で近くまでいってみようか。」

「お休みにはならないのですか?!」

ルシュファは朗らかに笑いながら思わず声を上げてしまったらしい騎士を片手で馬から引きずりおろし、強奪した馬に軽々と騎乗する。

「僕は馬車の中で嫌という程休んだからね。」

有無を言わさない雰囲気のルシュファを見て、馬を奪われた騎士は慌てて予備の馬に鞍をつけに走る。

侯爵の屋敷で一泊してから魔樹の様子を見に行く予定だと早馬で侯爵に伝えていたのだが、ルシュファは一度言い出したら聞かない。

「すまないね、侯爵。弟がこう言っているので、近くまで魔樹の様子を見に行ってくる。」

「お夕食はどうなさいますか?」

「あぁ、そうだった。二週間分程の我々の食材を持ってきているので、料理長に渡しておいて貰えるだろうか。まだ日が高いし夕食までには戻れると思う。」

「畏まりました。どうぞ、よろしくお願いいたします。」

「うん、まだリリアがどういう力が使えるのかも分からない状態だから、魔樹を根絶やしにするまで時間がかかるかもしれない。世話になるがよろしく頼む。」

「はい!」


深々と腰を折る侯爵と、彼に従事する屋敷の者達や領民達に見送られながら、我々は魔樹が広がる一帯を目指し馬を走らせた。

領民達が新しく開拓した田畑を抜けると次第に景色は荒れ果てていく。

黒く蠢く奴らが遠目にぼんやりと映ると、騎士隊の間に緊張が走った。

リリアはまだ何も気付いていないのか、ルシュファの胸に頬をすりよせてご機嫌に鳴いている。


途中から馬のスピードを落としゆっくりと近づいていく。

魔樹は肉食だ。人肉の気配に感付かれれば、昂ぶった魔樹が一斉に結界を破壊しだす恐れもある。

はっきりと視認できる距離まで迫ると、ようやく魔樹に気付いたらしいリリアが怖がって震えだした。

「リリア、大丈夫だよ。」

ルシュファが胸の中にしっかりと抱き寄せるが、リリアはちらちらと魔樹を見ては、消え入りそうな声で鳴く。

「にゃぅ……。」

「本当にリリアにあれを退治できるの?」

訝しがりながらルシュファにそう問われるが、私にもわからない。

「そうでなければ困るのだが……。」

結界を張るためには、かなりの魔力が必要だ。

王国中の魔力を節約してこれまで補ってきたが、出生率の低下に伴い王国全体の魔力量が減少しているため、結界用の魔力をこの地へ送るのも近年では限界になっていた。


ぎりぎりまで近づくと、最も近かった魔樹がこちらに気付き、触手のような蔓を結界に打ち付けては根を大きく蠢かす。

幹の空洞からはこの世のものとは思えないおぞましい轟音が放たれ地面を振るわせる。

「にゃっ……。」

リリアの目にみるみる内に涙が溜まっていくのを見て、少し後ろに下がるように指示する。

「慣らしていかないと、すぐにリリアをあれらの間近まで連れて行くのは無理そうだな。今日はもう引き返そう。」

私がそう言い終わったとほぼ同時だろうか、他の魔樹も一斉にこちらに気付き結界に向かって大きく根を伸ばし始めた。

「まずい、退却するぞ!」

「にゃ……。」

声を張り上げ騎士達に指令を飛ばし馬を引くが、ルシュファが動こうとしない。

「ルシュファ、何をしている!」

「待って、何かリリアの様子が……。」


「……にゃ、にゃっ、にゃぅ、にゃぁああぁああああああああああああぁ!!!」


リリアの叫ぶような泣き声が響きわたった瞬間、私の左右の後頭部から項に向けて生えている二本の角がずくりと鈍く痛み、反響するように震えた。

「えっ……。」

同時に体内の魔力が一気に増幅され角へと向かっていく。

「何がっ……?!」

狼狽するような声を上げたルシュファの方を見れば彼のくるりと巻かれていたはずの角がゆっくりと大きく伸びながら地面に向かって伸びていくではないか。

慌てて自分の角に手をやると、首元近くまでしかなかったはずの角が腰の辺りまでどんどん伸びていく。

私やルシュファ程ではないにしろ、他の騎士の角も同様に変化が現れているようで、一団が騒然となる。

隊長として直ぐにでも隊を整え退却させねばならない場面であるのに、普段の貯蔵量より遥かに膨大な魔力が内から沸きあがり、それを暴走しないように押さえ込むので精一杯だ。


「……最悪!リリア、これ僕達にあれを退治させるつもりだよね。」

弟を見れば顔を顰めながら角の根元を抑えている。

「重いし邪魔だし可愛くないし髪で隠れないし、最悪!」

本来角が立派であることは男にとって誇らしいことであるはずなのだが、この弟にとってはそうではないらしい。

苛立たしげに右掌を天に翳したルシュファの頭上に、突如特大の魔陣が浮かびあがり、私は驚愕に目を見開いた。

魔陣は本来、地面等に描くもので陣そのものを魔力で空に描き出すのは、それがどんなに初歩的な魔陣であっても相当に高等な技だ。

それを、これほどまでに複雑な魔陣を描き出すとは。

「ルシュファ!何を!!」

「魔力を放出しない限りこの角は多分このままだよ。」

イライラした様子の弟は長い魔呪を詠唱しながら魔力を魔陣へと注いでいく。

「さぁ覚悟するといい!!!」

魔陣から太い光の柱が音もなく真っ直ぐと天に放たれる。

その一拍後に光の矢となって魔樹の方へ一斉に降り注ぎ、魔樹達の慟哭が木霊する。

「これで終ると思わないでよ。」

ルシュファの頭上の魔陣が消えたと思ったら、すぐ様新しい魔陣が浮かび上がる。

我に返った私は身体の中で暴走しそうになっている私の魔力もその魔陣へと注ぎ、部下達にも便乗するように指示を出す。


ルシュファが一つ攻撃を行う度に彼の角は少しずつ元に戻っていく。

結局角が戻るまでルシュファの攻撃の手が休まることはなく、気付けば辺り一面が焼け野原になっていた。

「何たる……。」

轟音がようやく収まり、辺りに静けさが戻った時、ぽつりと溢された誰かのつぶやきだけが響いた。

魔樹の気配など最早どこにもない。

根が残っているかもしれないから、数日かけて念入りに見回りを行わなければならないが、まさに一掃という体だ。


「にゃぅっにゃっにゃぅぅ。」

まだひくひくとしゃっくりをあげて泣いているリリアの頭をぽんぽんと叩き、ルシュファが彼女に焼け野原を見せる。

「もう怖いのいないでしょ。いい加減泣きやみなよ。」

「にゃっ……?」

気付けば魔樹がいない、という状況なのだろうか。

リリアは不思議そうに焼け野原とルシュファを交互に見、何度も首をかしげる。

「全く、今回の使者は他力本願だね。」

弟は疲れ果てた様子で大きく息を吐いた。

「ルシュファに来てもらって正解だったな。」

「もう二度とゴメンだからね。」

天使の……というよりはどちらかというと邪悪な笑みを浮かべた弟に、私は曖昧に笑っておいた。

魔樹討伐にしろ、魔獣討伐にしろ、しばらくはルシュファの協力を仰ぐことになるだろう。


私達はルシュファの攻撃で壊れてしまった結界を、念のためにもう一度張りなおしてからフェディア侯爵の元へと戻った。

着いて早々の成果に、侯爵も喜ばれるだろう。

予想を遥かに超える結果に、私達の帰りの足取りは随分軽いものとなった。

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