7 未完の未来
時刻は昼過ぎ。
いつもと同じ喫茶店は、ほどよい静寂を湛えている。
幸一はタブレットをテーブルに置いた。
「新作です」
向かいの佐伯は軽く頷き、画面をスクロールし始める。
読む速度は相変わらず速い。
だが前回と違い、止まる場所がはっきりしていた。
最後のページ。
指が止まり、戻る。もう一度見る。
(やっぱ弱いかな)
幸一はコーヒーに口をつける。
ページの中。
それは以前のものとは、全く違う内容である。
むしろ意識的に遠ざけた、ヒロインのイメージ。
最初の数ページだけは、ペン入れもしてある。
今回は外見のイメージも必要であったからだ。
舞台はただ、光園のベンチで終わる。
カップルの男女による、会話劇である。
テーマが凡百であれば、何が言いたいのか分からない。
だがあえて解釈が出来る余地は残した。
しかし幸一の中では、テーマはしっかりとしている。
ソラとは程遠い、アンニュイな感じの女性。
対する男の方は、没個性になっている。
以前とは真逆の女性像。
オチがあるのではなく、静寂を感じさせる作品だ。
結論を出さず、男女が公園を去っていく。
余韻で勝負、というつもりであったのだが。
佐伯が顔を上げた。
「……変えましたね」
「ええ」
「なんというかこれは……女性への解像度が上がっている」
そんなつもりはなかったが、元ネタがあるからであろう。
ただ宇宙人をモデルにして、解像度が上がるのは不思議な話だ。
ネームを軽く叩く。
「前は“困る”で終わってたのが、今回はあえて困らせる余韻がある」
「前とはまるで違いますけどね」
「それがいいですね」
佐伯は短く言った。
「オチではなく余韻に残ってます」
幸一は小さく息を吐いた。
「ただ」
(来るな)
「方向性が変わってしまったのがなんなのか」
「試行錯誤してます」
「悪い意味ではないんですよ」
佐伯はふむ、と腕を組む。
少し考えるように言う。
「どっちもアリですけど、こっちの方が強い」
タブレットを戻す。
「このまま仕上げましょう」
それは完成させるということで、つまり。
「これ、賞に出せます」
そこから先には賞金よりは、むしろ公開の可能性が出てくる。
「一皮むけましたね。いい出会いがありましたか?」
どこか凄みのある佐伯の笑みに、少しはにかむ幸一であった。
前回と同じように、評価はされた。
さらに良い評価で、道が少し開けたと言える。
賞レースに出すということ。
(連載とか……いや、読み切り掲載でも……)
間違いなく前に進んでいる。
帰り道、幸一の歩みは軽い。
(出会い、か)
自分で描いたネームを思い返す。
閉じた関係に、外から何かが入る。
あるいは二人の関係性で、物語が完結する。
変わったことなど、一つだけではないか。
(……あいつだな)
ソラ。
それ以外には何もない。
刺激を受けた、というのはちょっと違うと思う。
(視点が変わった、かな?)
ソラを見ていると、改めて世界が見えるのだ。
そして部屋へ帰還。
「おかえりなさい」
エプロンを付けたソラはいつも通りだった。
……いや、少しずつ所帯じみてきているか?
「ああ、ただいま」
幸一はタブレットをちゃぶ台に置く。
「通った」
「評価されましたか」
「前よりはな」
ソラは頷く。
「改善が確認できたということですね」
「まあ、な。それで賞に出すから、原稿として完成させることになった」
ソラは少しだけ首を傾げた。
「それはデビューということですか?」
「デビューの席を争う、ってことだ」
とりあえずスタートラインには立てた。
「では鯛の尾頭付きを準備します」
「気が早い」
これからが本当の勝負なのだ。
ソラにタブレットを渡す。
「まあ、読んでみて」
「はい」
ページを開く。
スクロール。止まる。
最後のページ。
「……」
「どうだ」
「内容が変更されています」
「そうだな」
「オチがありません」
「これはそういうのじゃないから」
「しかしこれは公園での話が元になっています」
「この物語に必要なのは、余韻なんだ」
「余韻」
「オチじゃなく、これから二人は未来を探す、というのを示している」
「未来の可能性の示唆ですか」
「そう、つまり……」
幸一は言語化する。
「二人の未来を、読者に委ねるんだ」
「それでは作品として完成しません」
「うん、二人がどうなるのか、俺にも分からない。でも、それでいいんだ」
「……」
ソラはしばらく考える。
マザーには接続せず、自分の人工脳で。
(分かるかなあ)
ここで必要なのは、変化という希望の予兆を見せること。
断じてオチではない……はずだ。
「分からないことなので保留します」
やはりソラはまだ、人間を知らない。
それでもおそらくは、少しずつ歩み寄っている。
これからは少し忙しくなる。
幸一はさほど、ペン入れが早い方ではない。
「そういうわけで色々、頼むことが多くなる」
「分かりました。専門知識が必要になります」
そこからソラは、しばし動きを止める。
「接続終了。マンガ家のアシスタント機能を追加しました」
「え、そこまでやってくれるの? 便利だけど」
「マザーの力です」
こちらはそれほど、胸を張ることはなかった。
作品を作る。
既にネームとしては完成している。
全くソラに似ていないのに、なぜか似ている部分があるキャラ。
彼女の疑問に対して、男は反応していくのだ。
全くキャラは違うが、二人の関係には似ていた。
女は分からない生き物だ、という。
ならば宇宙人はもっと、分からないものであろう。
そしてソラは効率的に、幸一の生活を整えていく。
原稿のわずかな作画ミスなどは、瞬時に修正していった。
彼女の手の動き。視線。反応。
無駄がない。
だが完全ではない。
やがて完全に近づくのだろうか。
(俺、観察してるな)
ネームに戻る。
(そしてこいつも)
元々そのために、存在しているものなのだから。
「幸一さん」
「ん?」
「この処理はどちらが効率的ですか」
画面を見せてくる。
完全に作業モードだ。
「……こっちだな」
「了解しました」
即座に処理が進む。
今のソラは明らかに、マザーに接続している。
能力の最適化、を行っているからだろう。
そうするとやはり、人間っぽくは見えない。
あのネームと同じだ。
自分の生活に入り込んできた存在。
予測不能で、非合理で、しかし。
(……動くんだよな)
自分で動くだけではなく、幸一をも動かせてしまう。
ペンを走らせる。
ソラを観察。
ネームの微調整。
現実の進行。
どちらも、少しずつ形になっていく。
ソラを理解していくのと共に。




