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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第一章 北海道編

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9/13

無防備

 あの後、久世は、意識を失った。


 抱きかかえて、この通路を出ようとはしたんだ。

 ここがいつまで安全かは分からないし、「東京に行く」と言っていたのだから、少しでも進んだほうがいいと思って。


 けど、バックパックのショルダーハーネスは肩に食い込むし、180cmの僕より背が高くて、細身だけど筋肉質な久世の体は、とにかく重かった。


 僕だって、子供の頃から水泳や乗馬で鍛えている。


 だから、力がないわけではない。なんとか床の上を引きずろうとしたんだ。けど、一ミリも動かすことができなかった。

 僕を軽々と抱き上げたその腕は、今はただの重たい石だ。


 結局、管理通路の冷たいコンクリートの上に、僕と、意識を失って荷物に変わっただけの、使えない執事だけが残された。――執事の方は、もう人なのかも分からないけれど。


 背中を壁に預け座った僕は、久世を抱き寄せた。のっしりとした、その重みを肩に感じる。


 久世の髪からは、あの金属質の香りがする。


 一向に起きる気配のない久世に、どうしていいか分からず、僕はその顔を眺めていた。


 無防備な、久世の顔。

 いつも背筋を伸ばし、僕のすべてを先回りして、完璧で、揺るがなくて……。


 正面から、見詰めたことはない。横顔は、たまにじっと見てしまったことはあるけど。でも大概は、目が合って、すぐに視線を逸らした。


 あるじである僕が、執事である久世を、じっと見詰めるなんて、おかしなことだ。


 だから、こんなにまじまじと、久世を見たのは初めてだ。

 長くて黒い睫毛が、微かに震えている。


 その奥にあるはずの瞳孔は、縦に裂けていた。


 ……さっき見た()()()の目とは、違っていたはずだ。

 では、庭師――それも違う。アレは、人の形をした()()()()だった。


 でも。久世は、呼吸をしている。僕の肩を圧迫する額からは、確かな体温が伝わってくる。


 アレとは違う。

 あんな醜いものと、この男は同じじゃない。


 そう思った瞬間、胸の奥に、嫌な感覚が湧いてくる。

 それは、「……違う」と言い聞かせている自分への、浅ましいまでの不信感だ。


 もし、同じだったら?

 もし、これもアレの()()だったら?

 もし、この整った鼻筋や唇が、発症前の存在だったら?


 ――違う。

 そんなことはない。

 きっとあの瞳孔は、パニックを起こした僕が見た、幻だ。

 あんなに美しいものが、現実なはずがない。


 規則正しい呼吸音に、僕は耳を澄ませた。


 もし、今この扉を誰かが破ってきたら、僕は久世を守れるのだろうか。


 僕は、久世の頬にそっと手を伸ばした。

 その指先は、なぜだか少し、震えている。


 肌に触る。熱い。


 ――起きろよ。久世。


 心の中で言ってみた。


 今度は、僕の膝の上に置かれた久世の手に、自分の手を重ねた。

 指の輪郭を、人差し指でそっとなぞる。


 この手に宿る熱が、いつか冷たい結晶に変わってしまうのではないかと、そんな得体の知れない恐怖を、打ち消すように。


 非常灯の、不気味な赤い光の中。

 それは、久世の意識が回復するのを待つだけの、ひどく長くて、ひどく静かな時間だった。

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