執事の瞳
メンテナンス用の重い鉄扉を、久世がこじ開けた。
僕たちは、ほとんど転がり込むように、管理通路へと逃げ込んだ。
久世が、扉を閉めた瞬間――
音が、消えた。
さっきまで渦巻いていた怒号も、悲鳴も、足音も。
すべてが、鉄の向こう側に置き去りになった。
残ったのは、埃っぽい冷気と、僕らの呼吸音だけだった。
「……はぁ、……はぁ……っ」
壁に手をつき、息を吐く。
恐怖で心臓が喉まで競り上がっている。
「……あいつら、なんなんだよ……」
声が、震えた。
「僕は……御子柴家の、跡取りだぞ……! あんな――」
「坊ちゃま」
久世の声が、僕の言葉を遮った。
その声が、掠れている。
これまで、久世から一度も聞いたことのない、カサカサと乾いたような声だった。
「……静かに、してください」
そのとき。
久世が壁に片手をつき、荒い息を吐きながら、その場にずるずると崩れ落ちた。
「――久世!?」
駆け寄ろうとして、止まる。
久世の手首。
白いカフスの隙間から覗く肌が、小さく波打っていた。
それは隆起、というより――
内側から何かが押し広げているように思えた。
皮膚のすぐ下で、青い光の筋が狂ったように蠢き、脈打っている。
「……っ……さい」
苦しそうな声。
「怜央、様……」
『坊ちゃま』じゃない。名前で呼ばれた。
「な……なんだ、久世……?」
「離れて」
壁に拳を叩きつけ、久世が僕を見上げる。
その瞳孔は細く、縦に裂けていた。
「――今の私は……」
久世の喉が、言葉を探すように動く。
管理通路に響くのは、久世の呼吸音だけ。
「貴方を、食べてしまいそうです」
僕は息を呑んだ。
黄金色に変色した久世の瞳の奥に、抗いようのない「飢え」に似たものが渦巻いているように――見えたからではない。
人のそれとはまったく別の、その瞳の色が、「とても綺麗だ」――と、思ってしまったからだ。




