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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第一章 北海道編

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 僕はひたすら歩かされた。


 今履いているのは、途中で拾った誰かのトレッキングシューズだ。

 泥に汚れ、サイズも微妙に合っていない。


 エドワードグリーンで特注した僕の靴は、きっともう、異界と化したあの邸の中だろうし、最初は、寝室のスリッパだったんだ。


 東京に向かう――と、久世は言っていた。

 正気じゃない。ここは北海道だ。札幌だ。


「抱っこして差し上げましょうか?」


 にっこりと久世に言われたが、断った。

 僕にだってプライドがある。


 誰が見ているか分からない街中で、不名誉な姿を晒すわけにいくものか。


 道中、人とコンクリートが混ざったみたいな青いのに、何度か襲われた。

 久世が、それらを当然のように排除した。


 変わり果てた終末世界でも、久世がいれば無敵なのは確かだ。


「お腹が空いた」


 瓦礫の山を越え、青い六角柱がアスファルトを食い破る大通りに出たところで、僕はついに足を止めた。

 昨日、あのシャンパンとクッキーを口にして以来、何も食べていない。胃の辺りが気持ち悪いし、足は鉛みたいに重かった。


 周囲には高級ホテルが立ち並んでいるが、どの窓も青い蔦に覆われ、巨大な蜂の巣のように変貌している。


 久世が足を止め、僕を振り返る。

 その顔には、いつもの無機質な執事の微笑が張り付いていた。


「坊ちゃま――」


「なんだよ」


 僕は鼻をふんっと鳴らしてやった。

 どっちが主か、思い出すがいい。


「そもそも、この状況がわかっていたなら、ナイフと一緒にパンとかケーキとか……食べ物も持ってくればよかったのに。――使えない」


 ふふん。

 さすがに久世も、この完璧な論理には言い返せまい。


「あっ。――ほら、あそこのホテルのロビー、中に入れそうじゃないか」


 僕は、入り口のガラスが粉々に砕け散った、五つ星ホテルを指差した。

 ロビーの奥には、豪華なラウンジが見える。運が良ければ、手付かずの備蓄があるかもしれない。


「……あの中には、アレが『詰まって』いる可能性があります」


「いいから行けよ。僕はもう一歩も動かない」


 僕は道端の、青く透き通った六角柱の上にどっかりと座り込んだ。久世は深く、深く、大きなため息を吐いた。わざとらしい。


「……致し方ありませんね。……『掃除』をして参ります。坊ちゃまは、そこから一歩も動かぬように」


 久世が砕けたガラスの破片を踏み鳴らし、ホテルの奥へと消えていく。僕は一人、座って待つことにした。


 ――怖くなんかない。

 だから僕は、久世の裾なんか掴まない。


『ガシャーーーン!!』


「――っ!!?」


 びっくりした。

 店内で、ガラスが砕ける音と、人間のものではない絶叫が響いた。

 なにが起こっているかなんて、想像したくもない。


 数分後。

 久世が戻ってきた。肩についた返り血ではない何かを、何でもないように払った。


「……あいにく、坊ちゃまの口に合うようなものはございませんでした。……これで我慢してください」


 久世が差し出したのは「プチパン」と、「生ぬるい水」だった。


「……なんだよこれ」


 文句の一つも言いたくなる。


 けれどそれを受け取るとき、僕は気づいた。

 久世の手首。白いカフスの隙間から見える肌が、一瞬、青黒く見えた。


「……久世。お前、その腕……」


「……おや」


 久世は、僕の視線に気づき、慌てる風もなく袖口を整えた。

 カフスボタンが、パチン、と冷たい音を立てて嵌め直される。


「……少々、身だしなみが乱れておりましたね。失礼いたしました、坊ちゃま」


 いつも通りだ。


 僕は差し出されたプチパンを一口、齧った。

 パサついて、砂みたいな味がした。


「……久世」


「はい」


「美味しくない。……半分食べろ」


 プチパンを差し出した僕に、久世は一瞬だけ、驚いたように目を見開いた。


「……左様でございますか」


 久世は優雅に、けれどどこか飢えた仕草で、僕の指を巻き込むようにしてパンを頬張った。


「――!?」


 指先にまとわりつく、熱を帯びた異質な柔らかさに、僕の心臓が跳ねた。


 そうじゃない。違う。そうやって食べろとは言っていない。


 けれど、僕を凝視する久世の瞳が、あまりに深く、暗い悦びを湛えて見えたから。

 僕は驚いて、息が詰まって、なにも言えなかった。


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