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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第一章 北海道編

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青い調律

 もう、喉の奥が引き攣れて、声にならない。


 なにが起きているのか、理解できない。

 いや、僕は刺された。

 御子柴みこしば家の使用人である、久世に。


 僕は、殺されるんだ。

 そう思った。

 なのに、ぱっくりと開いた傷口に、久世が唇を押し当ててきたのだ。


 僕の頭の中は、もう、真っ白だ。

 久世がしていることのすべてが、僕の理解を越えていた。


 それだけじゃない。

 僕の傷口から溢れ出る血は、赤ではなく、鮮やかな「青」に発光していた。

 信じられるか。


 でも、僕の目には、やっぱり「青」く見える。


「……はっ……はっ……はっ……」


 僕の呼吸は、浅く、引き攣り始めた。


 そして、僕の「青」が、久世の絹のような滑らか肌を、顎を、唇を、汚していく。


 熱い。もう、痛みは感じなかった。

 代わりに、知らない感覚が、右腕の神経の、奥の方に生まれた。


 なんだ……これ。


「……っ、ん、あ……、や、め……」


 抵抗する力が、入らない。

 久世の舌が、何度も僕の肌を撫でる。


 傷口からは、氷のような冷気と、焼けるような熱が交互にやってきて――僕の血管を駆け巡る。


 心臓を直接触られたような感覚と。

 ぞわぞわしたものが、背筋を這い上がった。


 瞬間。視界が青く染まり、脳の奥で幾何学的な模様が、万華鏡のように弾けた。


「……お逃げになってはいけません、怜央れお様」


 久世が、顔を上げた。

 整ったその肌に、僕から吸い出した青い光が、飛沫となって散っている。


「久――世……」


「はい」


 返事をしたその顔は、いつもの冷静な執事のものとは思えないほど、どこか陶酔し、艶めいて見えた――と、思った自分の感覚そのものが、ひどく、気味が悪かった。


 なにかが、急速に冷めていく。

 血は止まり、傷口には、青い瘡蓋のようなものができていた。


 ようやく動くようになった手で、僕は久世の肩を突き飛ばした。


「近い――!」


 だが久世は、微動だにしない。それどころか、久世は僕の混乱を楽しむように、指先で、僕の喉元を優しく撫でた。


「もう、大丈夫です」


「――なにが!?」


 理解が追い付いていない僕に、久世が言う。


「『調律』は済みました」


「……は?」


 なんだか分からないけど、体が少し、重い気がする。


「これで坊ちゃまは、この崩壊した世界でも、『形』を保つことができます」


 そう言って、僕の腕を離した久世の瞳が、一瞬、縦に歪んだ気がした。

 だが、それが錯覚なのかどうか、確かめる余裕など、僕にはなかった。


「……感謝していただきたいものです」


 ひざまずき、僕を見上げる久世は、自分の唇についた青い残滓を、たっぷりと時間をかけて舌で舐めとった。

 その仕草は、獲物の味を確かめるような――理性ではなく本能に基づいた、なにかの儀式のように、僕には見えた。


「理由を知る必要はありません。今は、私の言葉に従っておけばよいのです」


 ……意味が、分からない。


「僕は、お前を――信じていいのか?」


 僕の震える問いに、久世は立ち上がり、いつもの完璧な一礼で答えた。


「ええ。私は坊ちゃまだけの、忠実な下僕です」


 本当だろうか。


 ――パパが雇った、ただの使用人なのに?


「……さあ、お出かけの準備を。この邸も、もうすぐ『孵化』します」


 その言葉と同時に、寝室の床が大きく盛り上がった。壁の隙間からは、意志を持ったかのような「青い蔦」が、蛇のように鎌首をもたげている。


 これは、現実なのか。


 だとしたら――最早ここは、安眠できる場所ではない。

 ここは、僕を飲み込もうとする、異界の入り口に変わり果てたのだ。


 なら……


「……パパは? 他のみんなは、どうなったんだよ!」


 久世はそれには答えず、僕の腰を引き寄せた。守るように、僕の体に腕を回す。


 なぜだろう――その熱が肌越しに伝わったきた瞬間、脳の端で火花を散らしていた混乱が、嘘のように凪いでいった。


 久世の腕の中にいる時だけ、僕という「個」の境界線が、この狂った世界に溶け出さずに済んでいるような……。


 ――僕は、何を言っているんだ。


 そして、地獄のような新世界への最初の「行軍」が、今まさに、始まろうとしていた。

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