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R15 終末世界で、執事は僕を調律する。~人外執事×傲慢坊ちゃま~  作者: 島田まかろん三世
第一章 北海道編

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2/15

違和感

 その日の前日、僕はほぼ丸一日を、飛行機の中で過ごしていた。

 留学先のイギリスから、夏休みの一時帰国。


 パパ……父のプライベートジェット。

 高度一万メートルの静寂の中で、僕は淡い金色のシャンパンを喉に流し込んだ。クリスタルの泡が、今日は妙に騒がしく弾ける。

 フィンガーフードの、クリームチーズとレーズンを挟んだクッキーを摘まむ。


 窓の外は暗い。


 僕は酒に強い方ではない。シャンパングラスのたった一杯で、既に視界は揺れ、Tシャツから見える腕は、真っ赤になっていた。


 顔もたぶん赤いのだろう。

 火照っているのが自分でも分かる。


「坊ちゃま。二杯目はやめておきましょう」


 執事の、久世奏多くぜ・かなとだ。父が、ある日連れてきた使用人で、僕より六歳上。

 留学先でも僕の影のように貼り付き、身の回りの世話をしている。

 有能なのは認めるが、とにかく――いちいちうるさい。


「いいから注げ」


 僕は、からのグラスを突き出した。

 久世は表情を一つも変えず、僕の真っ赤になった腕をじっと見つめている。その瞳が、機内の照明の加減か、一瞬だけ、異様に冷たく、淡い色に見えた。


「……本日の坊ちゃまは、少々血の巡りが良すぎるようです。これ以上は、『毒』になりかねません」


 執事とはいえ、たかが使用人のくせに、何様だろう。

 僕に指図するのが、許せない。


「お前が僕の体調を決めるな。早く――」


 言いかけた言葉は、機体が大きく揺れたことで遮られた。 乱気流か。それは直ぐに収まった。


「……お怪我はございませんか、怜央れお様」


 久世の腕が、いつの間にか、逃げ場を塞ぐように、僕の体をシートに留めていた。端正なその顔が近すぎて、アルコールで火照りきった僕の肌さえも、その体温に灼かれるのだと思った。


 久世が纏う香水――わずかに混じる、鋭利な金属を思わせる品のいい香りが、僕の鼻腔を満たした。


 御子柴怜央みこしば・れお――それが僕の名前だ。

 久世は、たまに僕を「坊ちゃま」ではなく、「怜央様」と呼ぶ。

 坊ちゃまと呼ばれる時、僕はいつも、「大人しくしていろ」と、言われている気がした。


「離せ。……ベルトはしている」


 僕が身をよじると、久世は素直に腕を引いた。

 その視線は窓の外、乱気流の去った後の暗闇に固定されている。


「驚きましたね。今の揺れで、機内の時計がすべて止まってしまったようです」


 久世が、左手の腕時計を見せる。高級な機械式時計の針が、狂ったように高速で逆回転していた。


「――壊れたのか?」


 眉を顰めて訊いた僕に、久世はにっこりと微笑んだ。


「いいえ坊ちゃま。世界の方が、少し急ぎ始めただけですよ」


 なにを言っているのか分からない。けど、久世はまた、僕を子供扱いする呼び方に戻った。


「ふぅ~ん」


 僕はそれ以上、もう久世を見たくなくて、窓に目をやった。

 肘掛けに腕を置いて、頬杖をついて。


 けど、逆回転する針の音――ありもしないその音が、僕の鼓膜を内側から叩いている。そんな気がして、酔いが加速したのか、ひどく気分が悪くなった。


「……もう寝る。日本に着いたら起こせ」


「承知いたしました」


 久世が差し出した温かい毛布に、僕は包まった。


「……良い夢を」


 久世が囁く。

 毛布に顔をうずめた瞬間、僕の意識は急速に……遠退いていった。


 次に目覚めた時、僕は、自分の部屋のベッドで、横になっていた。


 飛行機が着陸したとき、久世は僕を起こさなかったのだろうか。

 僕は、みっともなく酔い潰れて、意識のないまま車に乗せられ、ここまで運ばれたのか。


 寝返りを打つと、どこからか微かに、あの男の香水の匂いがした。


 ……あいつ、僕をここに寝かせた後、しばらく僕を眺めていたんじゃないか?

 無防備に眠る僕を、どこまで――。


 そう思ったら、恥ずかしさと怒りが込み上げてきた。


「久世! 久世――!!」


 僕の声は、広すぎる寝室に虚しく響いた。いつもなら、僕がベルを鳴らす前に「お呼びですか」と、現れるはずの久世が――来ない。

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